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武装鉄鋼アームドローダー  作者: 戦艦ちくわぶ
第三章 移りゆく戦局
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クウィール(2)

 基地のハンガーから一機のALがおもむろに歩いて外に出ている。一見この大脱走の騒動を鎮圧するために出動したと考えれば至って問題のない光景だ。しかしこのシュリーフェンに乗っているのはその脱走を企てている捕虜の内の一人であったことが、問題であった。その捕虜は他の捕虜の脱走計画に便乗し、兵士を二人殺したうえでALまで盗み出したのだから、即刻銃殺は免れない。それでも、この夜の収容所を騒がす騒動のために基地内は大慌てで対応に追われていたため、それがまさか捕虜が乗っているなどという考えにわざわざ割かなかったのであった。それも、このハンガーが炎上する収容施設から遠く離れていたことに起因していた。

 無線には、オースノーツ語やらコリューション語やらが飛び交って緊迫した様子を如実に呈していたが、コックピットに座るリンドは、こちら側に返答を求めるような通信が来ないことを祈るばかりであった。幸いにも、何か言ってきたことはあったものの、一方的にこちら側に何かを伝えるや向こうからすぐ切ってしまったため返答に困ることはなかったのである。

 幾筋ものサーチライトがあちらこちらを照らし、脱走した捕虜が他にいないか探している。兵士たちの乗った軍用車両が、火事のあった方へと何台もシュリーフェンの横を通り過ぎていくが、こちらを訝しむ者は誰一人としていなかった。

 リンドは、更に怪しまれないために驚きの行動に出る。操縦桿を動かしてライフルを構えると照準を収容小屋に向けたのだ。そこにはまだ友軍らの兵士たちが沢山残っている。彼は歩調を遅めにすると、ライフルを構えたまま機をある歩かせ続けた。まだ撃ちはしない。撃つのは逃げている捕虜だけだ。それにここから撃つと場合によっては味方もとい連合国軍の兵士に当たりかねない。

 シュリーフェンのモニターには、あちこちで捕虜たちと兵士の戦闘の様子を捉えており、捕虜たちは壊れた小屋の建て材や、兵士から奪った銃を持って抵抗をしていた。然れども、完全に武装した兵士たちにかなうわけもなく、次から次へと向かって言っては機関銃の前になぎ倒されていた。中には落ち着いて隠れながら戦う者もおり、そうした極一部の者は、何人もの兵士を殺傷しては敵弾から逃れていた。

「戦える奴もまだいんだな」

 ここにいるのは腑抜けばかりだと考えていたが、考えを改めるとしよう。そんな彼らをも、彼は帰るために利用しなければならないことに胸を痛めることはなかった。当初の恨みや自分が生きて帰ることだけに囚われていたためだった。

 彼は、ライフルを構え直し基地の外に眼を向ける。外では、脱走した捕虜たちに向かって司令塔や監視塔からサーチライトが伸びており、その光の中に走り続ける人間たちがいくらか、精度の良いシュリーフェンのカメラが捉え、モニターに映し出している。

「悪いね」

 そう口では言うものの、先述の通り彼の心中にはそんな感情毛頭なかったために、彼らに躊躇なくALの武器を向けた。この銃の口径は知らないが、AL用の武器に変わりはない。生身の人間に使えば至近弾でも十分に殺すに余りある威力を持っていた。立ち止まって撃てば確実に命中するであろう。だが、すぐに死んでもらっては困るのだ。リンドはほくそ笑むと、歩みを止めず寧ろ少し速度を上げ、尚且つわざと銃口をずらしてトリガーを引いた。目の前ではほんの一ミラスほどのずれでも、距離が開くにつれそれは何ミラスも何十ミラスものずれを生む。三点射、巨大な銃弾が五人の脱走者の上を通り過ぎ前方十ミラスほどに着弾した。大慌てで方向を変える彼らに、リンドはほくそ笑む。更に別の方向にも銃口を向け同様にずらして撃つ。

 これには時間稼ぎのために死なせないという理由だけではなくもう一つの理由があった。このALで味方の元に戻れば、当然このALは向こうで調査されるだろう。そうすれば必ずこの戦闘記録の映像も解析されるはずだ。その映像に同じ捕虜を次々と射殺していく様子が映し出されるはずで、それを見られるのは非常にまずい。この至近弾ですら本当はマズイ。それでもこれは最大の譲歩なのであった。こうせざるを得ないと考えたのが、彼の頭の限界であった。

「そろそろかな」

 頃合いを適当に見計らったリンドは、ALを立ち止まらせてコックピット内で何かを探すようにあちこち見ている。何をしていうのだろうか、答えはこのALの能力にあった。

「ここか?」

 リンドがそれっぽいスイッチを押してみる。すると畳まれていた主翼と副翼が持ち上がり地面と水平にまでなると、こんどは翼が開かれる。あっていた。なら次はどうか。もう一つスイッチを押してみた。すると頭部に搭載されているライトが点灯する。これではない、とすぐに消すと反対のスイッチを押す。途端にモニターがびしょぬれになり少しだけ白く曇ったため、驚いたリンドは手を引っ込めて黙ってその様子を見つめていた。彼が押したのはメインカメラが汚れた際に使用する清掃システムであった。ウォッシャー液とワイパーによってカメラを覆うガラスの表面が磨かれるが、整備中であったためまったく汚れておらず掃除は意味がなかった。

 幸い、この唐突におかしな行動をとり始めたALの異常に気付く者はおらず、彼は改めて飛行用エンジンの始動スイッチを探す。彼はこのシュリーフェンの飛行能力を利用して飛んで逃げるつもりだったのだ。当然だが、彼が飛行用のALに乗った経験は皆無であり、ぶっつけ本番である。この行動を彼はさきほど思いついたというわけではなく、一応既にプランの一つとして考えてあり、見られる範囲で対空ミサイルシステムの場所を作業中に確認していた。見ることが出来たのはわずかに一基の対空ミサイルと、四基の対空機銃陣地。これならあとは他のミサイルを探して破壊するだけだ。

 あちこち探しているうちにリンドはそれっぽいつまみを側面に見つけた。赤いつまみに、注意書きが三行に渡ったコーションマークとともに記してある。これだろう。このつまみが機体自体のエンジンのスイッチでないことを祈り、捻った。

 初めて感じるタイプの重低音と振動に、思わず手を合わせて喜ぶリンド。外から見ると、シュリーフェンは四基の飛行用ジェットエンジンを起動させていつでも飛行可能な状態になっていた。

「よーし……」

 手をすり合わせると、改めて操縦桿を掴む。恐らく、飛行用のペダルは足元の歩行用ペダルの斜め前についているものだろう。思い切って両方を踏み込んだ。振動と共に、重たい機体が徐々に持ち上がっていく。周囲に激しく気流を吹きすさばせて、シュリーフェンは飛行を始めた。そこにきて始めて様子がおかしいことに気づく連合軍であったが、時すでに遅し。五十ミラスは上昇をしているシュリーフェンは、危なっかし気に機体を反転させ基地の方に正面を向けると、地上に向かってライフルを向けた。目標は対空ミサイル。

 優秀な照準アシストが狂いなくミサイルを狙い、破壊した。爆発が周囲を巻き込むほど大きい。

「あれに乗っているのは誰だ!ふざけやがって撃ち落とせ!」

 誰かが怒鳴る。対空ミサイルが飛行中のシュリーフェンを狙うが、プログラムによって味方のサインが出ている機体に照準を決めることが出来ない。そこでアナログな対空機銃で撃墜することとしたが、弾道修正をする前に上から降り注ぐ機銃によって陣地はハチの巣となる。

「あばよクソども!!」

 リンドは次々とライフル、ロケット、機銃をぶちまけまくるとしこたま基地のハンガーやらなんやらを破壊して飛び去る。その動きは実に危ういものであったが、初めてにしては上出来であろう。ゆっくりと一機の奪われたシュリーフェンが炎を背に基地を飛び去った。

 シュリーフェンが離陸して十分後、ようやく追撃のシュリーフェンが三機緊急離陸した。

 五月五日 第51部分「虜囚故に」の頁にリンドの怪我についての内容を増記しました。

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