オレンジピール(3)
コリューションの朝空に、ジェット機特有の飛行音に続いて一聞きでわかる正常ではない爆発音が揺れた。軍人も、捕虜も動物たちも、その周辺にいた者たちは皆空を見上げその音の主を見ていた。
先ほどまで見ている方が恐怖すら覚えるほどの高速での低空飛行をしていた一機の飛行型ALが、一瞬の内に背中から黒煙を吐いてあらぬ方向へと飛んでいくのを、リンドは作業の手を止めて眺めていた。それを見とがめる見張りはいない。何故なら見張りたちもまた同様にそのALに注意を引かれていたからだった。ALは傾いたままぐんぐん右に曲がっていき、はじめは明後日の方向に飛んで行っていたそれも、やがてこちらに向かっているように見えた。それでようやく危険が迫っていると気づいた捕虜たちは大わらわでその場から逃げ出し始めた。
見張りたちはそれを大声で基地の内側へと逃げるように怒鳴りつけていたものの、一部がこの隙に乗じて森へと逃げ出そうとしているのをみて容赦なく発砲する。しかし彼らも人間、目の前に迫る恐怖に居ても立っても居られず、同じように逃げ出してしまった。あの速度で地面に激突すれば、機体はもちろん落着現場から進行方向数百メートル以上は落着の衝撃と散乱する破片により被害を受けるだろう。それだけならまだいいが、ALには核動力で動いているものがほぼである。当然あの機体も積んでいるはずだ。動力炉はいかなるALでも一番頑丈に作られておりそう簡単には爆発も放射能漏れもおこさない。だが、あの勢いで激突して果たして無事であろうか。もしそれが爆発でもしたのなら……
リンドも当然、他の者たちと同じように必死で逃げていた。だがALは進行方向と同じ向きに曲がっている気がする。頭ではわかっているのだが、体は必死で言うことを聞かない。その間にもALは迫っており、遂にリンドとALは交差した。
数十ミラスのところを、見覚えのある白いALが通り過ぎた。その瞬間は、まるでスローモーション。例えようのないジェットエンジンの騒音に、あたりは無音と化す。リンドの眼が、ALのメインカメラと合う。彼が自らの網膜と水晶体とを介して見ていたように、そのパイロットもまたカメラとモニターを通して彼の深緑の瞳を見つめていた。
彼は断定した、これがあの時の白いALだと。
彼女は断言した、彼があの時のALだと。
轟音で耳はしばらく使い物にならなくなり、爆風で十ミラスいじょうも飛ばされさらに十ミラス転がされたリンドは、あちこちを傷と血とに覆われ僅か二日で病院へと舞い戻ることとなった。数日の間耳の聞こえなかった彼は、あの忌まわしきトルトーと筆談をする羽目になったのであった。
ALはその後高度を下げることなく回復しながら元来た方角へと帰って行き、あれには誰が乗っているのかと尋ねたリンドであったが、トルトーは黙ってノートに「君の字は下手すぎて読めない」とだけ書いて去ってしまった。
速度を落とすことに成功したヴィエイナは、チューフの絶え間ないアシストのおかげでどうにかこうにか基地へと帰投することが出来た。滑走路では四台もの消防車と救急車が既に待機しており、化学防護服を着こんだ係員たちがエンジン消火用の特殊消火剤の詰まった消火器を手に待ち構えていた。
彼女はエンジンの損傷にも関わらず極めて自然に着陸を行うと、消火しやすいように膝立ちで少し体勢を後ろに逸らした状態で停止した。つもりであったが、動力系も炎上したのか、途端にパワーゲインが落ち前のめりになったと思ったらそのまま倒れてうつぶせに臥してしまった。衝撃が彼女の体を揺らしシートベルトに食い込ませる。グライフの機体が硬いアスファルトの路面に激突し、尖った先端をひしゃげさせた。
コックピットハッチが開きかけたが、倒れているために地面が干渉して出られない。作業員がカッターを持ってこようとしたが、その前にエマージェンシーハッチが爆発ボルトで吹き飛び、中からヴィエイナが現れた。すぐに医療班が担架を転がしてやってきたが、彼女は黙ったまま手で制すると、医療班に促されるまま救急車の開け放たれた後部に腰かけた。酸素吸入マスクやブランケットなど差し出されるものすべてを拒否した彼女は、酷く思いつめた表情で、皆は恐怖に言葉を失ったのだろうとか、自分の操縦技術に自信を無くしたのだろうだとか、そういう風に受け取ったが、彼女の内心を知るものは彼女以外にいなかった。
あの男に一度会ってみたい、その気持ちが強く彼女の心を支配していた。
会ってどうするのだろうか、殺すか?握手するか?それとも。自分でも何をしたいのかは考えちゃいない。しかし、どうしてもあの男が気になって仕方がないのだ。あいつがあのヘビーデセルのパイロットだという確証なんて全くないのに。




