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武装鉄鋼アームドローダー  作者: 戦艦ちくわぶ
第三章 移りゆく戦局
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オレンジピール(2)

 よく空中での高機動をサーカスに例えるが、その例を最初に用いたものは素晴らしく頭の冴えた人物であったのだろう。この星にもそういったものは存在しており、ヴィエイナの空中の重力と空気抵抗を無視したような異常な機動を見た者たちは、やはりそれをサーカスのように例えた。

 四基のジェットエンジンが、コックピット内で繰り出される豪快な操縦に正直に応え、燃料を大量に燃焼して八十ガトンもの重量物を空で躍らせていた。目まぐるしく動く視界にも、彼女は高い適正能力を持って対応し上下の感覚を失うことなく鮮明に冴えわたらせている。

〈右脚部接続基部に歪みを確認、百十二番シリンダ破損。オイル漏れを確認、飛行には影響なし〉

 チューフによって機体の状況が常にパイロットに知らされる。それに応答することなく彼女は口をきつく結んでひたすらに手足を動かし続けていた。

〈中尉、それではこれより低空高速飛行試験を行う。高度百五十ミラスまで降下し南東に向けて飛行してくれ〉

 技術試験科のガルバニック技術大尉がそう伝えると、彼女はアクロバット飛行を緩やかに戻していき、やがて地上と平行に飛行を始めた。

「……了解した。チューフ」

 細かいことを伝えるまでも無く、機体制御用AIは機体の設定を巡航用に調節しグライフは機動から直線的な巡航を効率よく行うためのものに変更された。ヴィエイナは速度を落とし、徐々に地上へと降下していく。指定の高度になると機体を平行に戻し百五十ミラス前後を維持するように飛ばす。地表にはジェットエンジンの騒音が荒れ狂う。

「機体状況、チェック」

 コンソールに機体の状況を現す表示があり、機体が万全であれば全て青く表示されるが、あれだけの高機動を行ったもので無事なはずもなく、あちらこちらにオレンジのコーションサインが出ていた。

〈ああ、特務中尉。これでは機体が可哀そうだとお思いにならないので?ALとて生きているのです〉

「黙れクソAI」

〈承知しました〉

 あきれ気味に返事をすると、チューフは自動修復システムで、出来る範囲での修復を始めた。各所の異常のサインが僅かばかりだが減少していくのがコンソールをみていればわかる。ただ一つ訂正しておきたいのが、名前こそ修復システムとはいうもののその実は応急処置システムで、例えば折れたパイプをまっすぐ繋いだり、外れたチューブをハメ直すといったことはできない。ならば何が出来るのかというと、オイル漏れがあればその周辺に凝固剤を噴射しオイルが漏れている場所ごと固めてしまうだとか、これ以上機体内に冷却材が漏れ出さないように所定のブロックで遮断してしまうだとかそういうものであった。が、それでもこのようなシステムを組み込んだALなど、今のところ存在はしていない。出来ても供給停止くらいで、凝固剤や消火剤噴射などもってのほかであった。もっとも、そのシステムが必要となる状態に彼女がそう陥るかと言うと、まずあり得ないのだが。いや、あり得なかったが正しいか。

 地上から横に引くと、百五十ミラスという距離は長い。だがそれを空に向けてみるとどうだろうか。途端にかなり短くなるというのが、不思議なところだ。こんな低空でなおかつ高速巡航を行うなど自殺行為に他ならないが、ヴィエイナ自身が承諾した試験科目であった。彼女の生き急ぐような行動に、不安を覚える者も少なくなかった。

 グライフは、速度を上げ始め高速で巡航する。

「機体安定、二番エンジンの出力が少し追いついていない……。燃料供給は安定しているようだ」

〈素晴らしい。あれだけの無茶なアクロバットに晒されながらもT96は問題なく出力を出しています。心配されていたタービンブレードの脱落も無し……いいですよ〉

 ベレ少尉は満足そうで、通信機越しに頷いている様子がありありと思い浮かべられた。

 眼科では地表の景色が目で追いきれないほどに早く通り過ぎていく。この国は特に見どころがある珍しい景色があるわけでもないが、早朝に森を散歩すると澄んだ空気と湿気が肌にまとわりつく感覚が気持ちいのだ。オースノーツで住んでいた場所は、一年を通して少し乾燥気味な場所であったため乾燥肌になるのが気にくわなかった。しかしここならばそんなお肌の悩みとも無縁である。

「ちょっとしかいれないのが残念だけれど」

〈そうですか〉

 と、チューフ。

 AIに女の悩みなどわからないだろうな、と彼女はちょっと蹴り飛ばしたくなったが、視界の端に映った光景に意識を引き寄せられた。

「捕虜か」

 一瞬の内に通り過ぎてしまったため詳しくはわからなかったが、収容所の端で建設中の滑走路の作業が行われているのを認めた。あれには捕虜が動員されていると聞いていたが。

〈現在第二十二国外収容所には千八百五十一人が収容されており、その構成は十カ国に渡ります〉

「そうか……」

 そこで会話を終えようとしたヴィエイナだったが、ふと思い立ちあることを尋ねてみた。

「その中に……シェリーグ人(※1)はいたか」

〈ハイ、二十一人のシェリーグ帝国軍人が収容されています〉

 心臓が、鼓動が早まる。

「AL乗りは」

〈三人です〉

「へ、ヘビーデセルのパイロットは……」

〈一人、います〉

 その瞬間、彼女は得も言われぬ感情にとらわれた。あんな重装型のALパイロットはそうはいまい。それの内一人が捕まっている。だとすると、あのパイロットの可能性は十分にありうるというもの。

「なら!」

 そう言いかけたところで、機体が大きく横に殴りつけられるように動き、急速にコントロールを失った。

〈第二エンジン異常発生!機体制御!〉

〈中尉!第二エンジンの反応が途絶えた!どうなっている!〉 

 チューフやらガルバニック大尉やらなんやらの声が一気に飛んでくるが、そんなことに返答している暇はない。彼女は死に物狂いで機体の制御を行う。主翼の右翼を司る第二エンジンを失った機体は、黒煙を吐きながら大きく右に逸れていく。激しいGが、彼女を左に押し付け制御させまいと邪魔をしてくる。

 それでも彼女は死ぬものかと、ペダルと操縦桿を決して離そうとはしなかった。

 その頃地上では、作業中の捕虜たちも空で起きた事故に上を見上げていた……

※1 シェリーグ人:オースノーツの言葉でシェーゲンツァート人のこと。

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