大勢の中の孤独
リンドが捕虜となってから十日が経過した。怪我も幾分かよくなり歩けるようになり始めたため病室から移され通常の捕虜収容所へと送られることとなったのだった。彼が一室に乱暴に押し込まれると、広くはない空間に三十人以上の捕虜が詰め込まれており、衛生状態は酷くはないものの病室と比べると雲泥の差で入った瞬間にムッとする臭いが鼻を突いた。
新しく放り込まれた住人を目にしても、誰も彼に話しかけることはなく一度振り返るだけですぐにまた向き直ってしまった。この部屋の人間はあちこちから連れてこられた捕虜らしく、様々な人種の男たちが一様に囚人服を着ているのに気づいた。彼は同じミレース人はいないかと目を凝らしたが、似たような人種はいたものの、話している言葉と雰囲気の違いから彼は落胆し肩を落とした。リンドはシェーゲンツァートの公用語であるキラロル語以外まったく話せない。故にこの他の国の言語であふれるこの空間では彼は一切他者との会話出来ないのである。キラロル語を話すのはシェーゲンツァート人だけではないものの、キラロル語話者がいるようにはとても見えなかった。
リンドが突っ立っていると、急に腕を引っ張られて部屋の隅のベッドに連れていかれた。
「や、やめろ!」
振り払おうとするも思いのほかその力は強く腕をほどくことができない。引っ張っているのは金髪で中背の中年だった。顔はこちらに後頭部を向けているため見えないものの、仏頂面なのが容易に想像できた。
男は立ち止まると振り返り、一つ空いているベッドを指さした。
「ん」
「ここが俺のところか……」
そのベッドは恐らく一番ぼろくてみすぼらしいだろう。枕はないしシーツは黒く汚れ、穴や破れなど数えるだけ無駄な状態というありさまだ。他の者のはそれほどでもないためリンドは押し付けられたと思っているが、本当はこのベッドの前の借主がいなくなった途端に周りの者たちが自分たちのと交換してしまったためであった。
「汚えなあ……」
とても座りたくないが、仕方がない。リンドは軽く手でシーツの表面を払ってそれが無駄だとすぐに理解すると、そっと腰を下ろした。
これから自分はどうなるのだろうか。戦争映画だと大体捕虜というものは朝から晩まで重労働を課されてこき使われ、捨てられていくのを見たことがあった。もし本当にそれがあるのなら、今病み上がりで完治したわけではない自分は真っ先に泥に埋もれて端に転がっているのではないかと不安に駆られ、うつむいていた。
現在時間はわからないが、外は暗く月明りもない。
静かな夜の帳に、銃声が数発響いた。驚いたリンドは立ち上がって小さな窓から外の様子を眺めるが窓ガラスは汚くてよく見えない。他の人間は誰一人としてその様子を知ろうともせずただ自分たちの世界に入ってしまっていた。
「何だろうか」
結局その銃声の正体はわからなかったが、少なくとも良いことでないのは彼も予想ができていた。
ベッドに横たわって天井を見上げながら彼は思う、今の自分は人間の中にいながら孤独だと。これほどの外国人に囲まれるのは人生において初めてで、非常に落ち着かず恐ろしくもある。シェーゲンツァートは島国のためあまり外国と馴染みがない。軍属になって海外遠征をすることでようやく多くの外国人を目にする機会が増えはしたが、それは多くがALのモニタを通してであった。
どこかもわからない収容所で、弱冠十八歳の少年は一人孤独と不安に震えていた。
(隊長、スライ曹長……助けてください、俺を)
翌朝、リンドは収容所のオースノーツ軍人に皆と一緒に一斉にたたき起こされると、寝ぼけ眼で目覚め切っていないままに外に整列させられていた。順番に囚人たちの点呼が行われる。ここでは彼はリンドではない、3354番だ。彼は服の胸に記された番号を呼ばれ返事をする。
全員の点呼が終わるや彼らは徒歩で作業場に向かう。一キエル(※1)ぞろぞろと千人程の人間が同じ方向に向かって歩き出す。途中で一部が別れたものの、それでもなお六百人がまっすぐ進み、やがて彼らは建設中の滑走路に辿りついた。ここでは彼らは人力で朝から晩まで連合軍が使用する滑走路の建設をさせられるのだ。怠ければ当然痛みを伴う罰が待っている。リンドは他の人を見てついていき、真似をして道具を取った。が、彼が鍬を取った瞬間、乱暴にそれは大柄の男に奪われてしまった。
「か、返せよ!」
リンドは掴みかかるが、体格が違いすぎた。強烈な拳で殴られると彼は吹っ飛ばされ地面に転がった。それに手を貸す者も、男を窘める者も一人もいない。寧ろ暗黙のルールを破っているのはリンドの方だという扱いであった。
「そういうことかよクソッ」
新入りは手で掘れということか、リンドは周りの全員に憎しみの眼を向けながら立ち上がる。本来は同じ敵に戦ったはずの彼らを見下し、憎むリンドであった。
※1 キエル(ミラス):キロメートル(km)のこと。




