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武装鉄鋼アームドローダー  作者: 戦艦ちくわぶ
第三章 移りゆく戦局
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虜囚故に(2)

「怪我をしている君を痛めつけるような真似はしない……それに彼に男を痛めつけて喜ぶ変態性はない、だそうだ」

 そう言葉を発したのは、尋問官の言葉を通訳しているトルトーであった。尋問は他の捕虜もいる病室ではなく、れっきとした尋問室で執り行われていた。冷たいコンクリート造の狭い部屋は照明も少なく非常に雰囲気の出ている環境で、リンドは疑心暗鬼を生じていた。

 尋問官は一見どこにでもいそうなオースノーツ人の男だが、きっと今まで多くの尋問を行ってきたのだろう。本当に暴力的でないとはにわかには信じがたいが、捕まっている状況のためリンチを受けたっておかしくはないのが、実際のところだ。

「えー、君の所属は調べてある……第2機械化空挺旅団第4遊撃小隊所属だな」

 違う、正しくは第2機械化混成空挺師団第4遊撃小隊だ。調査ミスか、翻訳ミスか、それともトルトーの通訳ミスか。

「……ああ」

 とりあえずは不機嫌そうに肯定しておく。しかしどうやって自分の素性を調べたのだろうかと冷や汗をかいていたが、すぐにその理由も話され彼は心臓をバクバクさせながら聞いていた。

「機体のコンピュータから取り出したそうだ。破壊の直前で君はコックピット内で気を失ったようだね」

 そう言われて、気を失う直前のことをじんわりと思い出してきた。自爆の手順が終わるいくらか前というところで隣にいた隊長と共にものすごい攻撃を受けてそのまま真っ暗になったのだ。そして気づけば虜囚となっていた。

「リンド君、君は机はあ、違う、任務はビスクスム国の支援以外にあったかい」

「随分と直球ですね」

 もう少し回り道をして聞いてくるものと思っていたが、真っ先にそういうことを尋ねてくるとは思っていなかったため、少し拍子抜けしてしまった。だが、それはリンドが若いゆえの認識の甘さであった。

「そうだな。彼は……とにかくないかね?何か」

「敵に話す口なんて持たない」

「まあ、そういうだろうと思ったさ」

 ため息をつくと、トルトーは尋問官と会話を始めた。その話はしばらく続いたかと思うと、唐突にすっぱりと終わってしまった。不審に思うリンドであったが、彼らは何もなかったかのようにまた尋問と通訳を始めてしまった。

「君が答えないことはわかっていた。捕まった兵士というものはそういうものさ。君は正しい。実にね」

 いちいち気にくわない男だ、トルトーという者は。こんな人間が同じシェーゲンツァート軍だったということが実に不愉快なリンドは、憎しみを込めて彼を睨みつけるが、当の本人はその自分より若い青年の眼を見ても眉一つ動かさずに少しも動じていない様子であった。一体この男の余裕はなんだというのか、いやそもこれは余裕なのだろうか……

「次を聞かせてもらおう……君は何か……シェーゲンツァート軍ないし同盟軍での新型兵器や特殊な作戦について見聞きしたことはあるかい?」

 知るわけがない、最近戦場に出てきたばかりの下っ端の若造がそんなことを。本当に知らないし、今まで自分が見てきた友軍の兵器はどれも通常量産兵器ばかりで、作戦も直前にならなければ隊長から教えてもらうこともできない。そういうものだろう、軍というものは。それにそういうことを聞くならここにいる隊長に聞けば手っ取り早いだろうに。

「下っ端だよ、俺は……対して学もない貧しい家の出のガキだぞ」

 これも本当だ。

「そうか……君の家はどこだい?ブラウマッヒャーかい?シラウスかな?」

 不意に故郷のことを口に出され、リンドはピクリと眉を動かす。そういう手を使うのか、次は。

「私はゼムペルラの出でね。知ってるかい、クァース川が真ん中を通る田舎町さ。川魚が旨くてね、私は子供のころから祖父が釣ってきた魚を焼いたのを食べていたんだよ」

「だから……」

 なんだ、とは続けなかった。これ以上喋れば、口を滑らしそうに思えたからだ。故郷のことを話すのはあまりにも卑怯に思えて仕方がなかった。ブラウマッヒャーも、シラウスも知っている地名だ。ゼムペルラは知らないが、小さな田舎の村なら知らなくてもおかしくはない。彼が動揺しているのを、尋問官が見逃すはずもなく、トルトーに耳打ちをするとトルトーは更に話をつづけた。

「もうすぐ大漁感謝祭じゃないかな。海がない村だったが川で独自の感謝祭を開いていたんだよ。いつもはこじんまりとした村が、その期間ばかりは活気にあふれてね……若かったころの私には、それがとてもキラキラして見えたんだ……母さんは元気にしているだろうか」

 大漁感謝祭とは、十月にシェーゲンツァート全国で二週間にわたって行われる一年で最大の祭日だ。川と海の神に日ごろの漁の感謝と、これからの漁のために盛大に祝い楽しむ祭りなのだ。この時ばかりは軍も参加して国全体がお祭り騒ぎとなって賑やかになることで、世界的にも観光で知られていた。だが、戦争が始まってからは幾分かやむを得ず規模が縮小しており、軍もほぼ参加しなくなってしまっていた。故郷で貧しくも家族で感謝祭を楽しんでいたことを思い出し、リンドは歯を強く噛み締めた。

「やめろ……」

 声を振り絞る。今感情的になっては相手の思うつぼだが、今の彼にはそれに気づくほどの理性はなかった。

「バギ(※1)やチポラ(※2)が食べたいなあ」

「やめろっつってんだろうが!!」

 まだ体は治っていないにも関わらず、リンドは勢いよく立ち上がると、無事な左手でトルトーの襟元を掴み襲い掛かる。それをトルトーは決して身じろぎもせず黙っていた。

「クソッ……恥さらしめ……非国民、売国奴め……」

 その罵倒が、トルトーの心に刺さったのかは誰にも分らなかった。

※1 バギ:ニ十センチほどの青魚の半身と玉ねぎを専用ソースと共に、小麦の生地で包んで焼いた伝統的なシェーゲンツァートのファストフード。大人も子供も大好き。若かりし頃の思い出の味。


※2 チポラ:麦や雑穀を砂糖や甘い香りのハーブ、ミルクで炊いたライスプディングのような西部の伝統的デザート。常温でも、冷やしても。風味が独特であまり外国人は好まない。東部でも似たようなものがある。

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