シナイの森の喧騒(2)
リンドは歩行中に火器やシステムの再チェックを始めた。落下の衝撃で不具合が出ていてもおかしくはない。いざというときに撃てなければ困るのは自分だけではなく、自分の支援を受けられなかった味方にも及ぶ。万が一銃身が曲がっているというようなことがあれば一大事だ。
この重アルグヴァルには通常ALが必要とする火力の3、4倍は武器が詰め込まれている。まず両腕に突撃銃を2丁とそのマガジンを10本、両肩の外側に12連装のロケット砲。グレネードが10発とハンドガン1丁。両腕と胴に計3門の25㎜小型機関銃。また対人地空兵器として3~14㎜の機銃を計6門と跳躍地雷発射口を複数。しかしなんといっても特徴的なのが巨大なバックパックから頭を越えてそびえる2本の50㎜ガトリング砲である。そこから放たれる無数の銃弾には少量の炸薬が詰め込まれており、一度浴びれば瞬きする間に対象は、文字通り粉微塵と化し血の一滴すら残さない。シェーゲンツァートが誇る最高の重火器なのだ。これさえあればいかに強固な要塞も、戦車も脅威とはならない。戦艦ですら艦橋を狙われればひとたまりもないだろう。
ところでこのガトリングは通常は引っ込んでいるが、パラシュートパックの装着の関係上露出させねばならず、切り離した後は自動的に格納されるはずなのだが、どうやら墜落の衝撃で格納機構が損傷し露出したままになってしまったようだ。しかし不幸中の幸い、使用はできるようで試しに銃身を回転させてみたが、出撃前と同様スムーズにガラガラと音を立てて回転していた。
レーダー左翼に敵集団の反応があった。数は10を超す。人間だけではこのレーダーには反応しないから、おそらく何らかの車両かALのたぐいだと思われた。
「何だろうか」
〈ALにしちゃ小さいな。戦車を使うにはこの森じゃあ不便だ〉
つまりあれかあれである。
「装甲車の速度でもなさそうだ。やはりあれしかないみたいだぞ」
〈あれかあ〉
2人の意見はおおよそ合致した。二人の言うあれとは、いったい何なのか。それはすぐに判明することとなる。
2人は会敵前にカタをつけておきたかったが、森の中では木が射線の邪魔をしておりまた視界を混乱させてしまいかねないために、迂闊に引き金を引くことができなかった。
「敵別れた」
敵の集団は3手に分かれて、正面と左右から2人を包囲するように迫ってきた。これではマズイ。
「俺が正面と左、マオールが右をやってくれ!」
〈任された!〉
敵が視界に入る瞬間、2人は一斉に引き金を引いた。木から飛び出したあれは、2、3がよけきれずに撃破されたものの、残りはすぐに射線上から離れ、攻撃を仕掛けてきた。
〈やっぱりAWだ!〉
2人の目には、3ミラス程度の大きさのロボットが映っていた。
Armed Walker(AW)と呼ばれる兵器は、基本的に2~5ミラスの搭乗型兵器で、そのほとんどを脚部が占めており、その上に上部が露出したコックピットが直接乗っている特徴を持つ兵器である。その両サイドにマシンガンやロケットなどの兵器を搭載する。だいたいこういった森や山岳地域、市街地のような狭く密集した場所での戦闘に用いられ、ALが入り込めないような場所でも戦闘を行える優秀な兵器である。ALと比べると非常に安価で、機構はシンプルであるために整備がしやすく、専用の装備でなくともマウントできなおかつシステムにつなぐことさえできれば使用できるため各国で用いられている装備である。現地改修もしやすく、よく簡易的に密閉型コックピットにされたり、鉄板などを張り巡らせ欠点である無防備なコックピットを守るように改造がなされているのを見かけることができる。防御力こそ大きく劣るものの、機動性や取り回しのしやすさではALではかなわない、そういった兵器なのだ。
今回二人の目の前に現れたのも開放型コックピットのAWで、それぞれ見たところ機関銃やロケット砲を搭載しているようである。一つ一つは何ということはないが、ここのような地形と、数が合わさればたちまち撃破されてしまいかねない。AWを舐めてかかるなという教官の言葉を思い出し、2人は一層気を引き締めてかかった。
マシンガンで薙ぎ払おうと試みるが、銃口が向くのを察知されすぐに回避行動に移られてしまう。ちょこまかと走り回り狙いが定まらず、いざ捉えてもすぐに木々の裏側に隠れられてしまう。
「なんて鬱陶しいんだ!」
そう叫んでいるうちにロケットが脚部に撃ち込まれる。直撃を受け、コックピットにやかましいまでのアラートが鳴り響くが、この程度の火力では重ヴァルの正面装甲は破れない。ましてやAWに積める程度の機関銃ではなおさらだ。そうしているうちにも次々とAWから放たれたマシンガンの弾が装甲版に跳ね返り、コックピット内に軽い金属音がなり続けた。
〈囲まれちまってる!完全に!〉
マオールが悲痛な叫びをあげる。囲まれるという単語に、リンドはふとひらめく。囲まれてるなら、囲み返せばいい。
「マオール!機銃だ!機銃も使うんだ!」
〈あ?ああ!〉
すぐに合点がいったようで、少し余裕のでた喜びの混じった声が通信機を通して聞こえてきた。2人はスイッチを跳ね上げ、対地機銃をオンにした。同時に機銃をオートから機体が狙っている対象を追うように設定した。するとAWの後を機銃が追いかける。そしてリンドたちはマシンガンをその前方から挟み込むように撃った。AWは前後の動きは得意だが、左右は苦手とする。前後から銃弾に挟まれたAWはそのまま前方に降るマシンガンの銃弾に飛び込んでしまった。
「やった!」
〈ざまあねえぜ!〉
この戦法でさらに5機のAWを倒すと、流石に不利と悟ったか、残りのAWは踵を返して瞬く間に木々の合間へと逃げ去ってしまった。