決死の防衛戦線(3)
「ハイッ」
損傷して直せていない部分があるせいで、もうずっと警告の表示がコンソールに表示され続けている。アラートはもう何日も前に切った。歩行もやはり万全の状態と比べると着地時にいつもより大きな揺れを感じる。それにどこから鳴っているのかわからない軋みがリンドを不安にさせる。そのうちに一度だけ甲高い音が聞こえたかと思うと、軋みは聞こえなくなった。
(あっ)
恐らくこれは完全に何かが折れた音だ。歩行の度に想定外の方向からの力が加わり、フレームだかパイプだか知らないが、遂に耐え切れずへし折れて外れたのだろう。それなら寧ろ軋んでいる方がまだ安心できていた。
「勘弁してくれよ……」
一旦ALを立ち止まらせると、狙いを定め突撃銃を三発撃った。敵の機関銃陣地に二発飛び込み、陣地ごと敵兵を吹き飛ばした。腕一本すらまともに残るまい。60㎜の炸薬入りの巨大弾丸を生身で喰らえばそうなるのは当然であった。
〈おいリンド、お前は右だ〉
「わかりました」
キリルムの指示で、右の畑だった地帯へとALを進める。かつてはそこも畑で作物が豊富に栽培されていたが、戦地となったことでやわらかな大地は砲撃によって抉り取られ、あちらこちらには種のかわりに砲弾や破片、不発弾が埋め込まれている。血とオイルと燃料とが染み込んだこの地を元の農耕地に戻すのには、一体どれだけの年月と手間とがかかるのだろうか。しかしそんなことを考える者はここにはいなかった。ここは戦場であり、そしてそんな精神的は誰にも余裕はない。攻める側も守る側も少しずつ疲労し始めていた。何せ開戦からここ一カ月戦線は微動だにしておらず、ようやくここ一週間そこらで動き始めたのだ。故に、攻める側は勢いづき、守る側は士気を失いつつあったのである。
重ヴァルは走る。オースノーツ製の重戦車ディバルゴ三両が、こちらを狙って砲撃を始める。初撃はどれも外れたが、二射目は一発を肩に食らい、左肩の装甲を少しばかり持っていかれてしまった。振動でコックピットが揺れ、一瞬目を瞑ってしまう。再びリンドは立ち止まると、なけなしの108㎜砲の狙いを定め、ボタンを押す。轟という砲音、ディバルゴの正面装甲は十分に破れる距離と威力を持っていたが、ALの利点であり欠点である高さを利用して砲弾を天面に撃ち込んだのだ。戦車は正面は非常に分厚くそう簡単には抜けない。しかし側面や背面、それに底面と天面は正面と比べると薄く貧弱な火器でもそれなりに抜きやすい。それをまったくもって貧弱ではない火器をぶち込んだものだから、ディバルゴの砲塔は大爆発と共に飛び上がり、荒れた農地に墜落する。車体の方も三つに裂けて炎上しており、乗員は一人も生存してはいまい。
もう一両は爆発の衝撃で履帯が外れたようで、立ち往生したために突撃銃で止めを刺され沈黙した。残る一両も素早く仕留めてしまおうと試みたが、敵の援護射撃に晒されリンドは後退を余儀なくされる。
「このままALさえ出てこなければいいんだが……」
この状況でALまで持ち出されると、生きて戻れる自信がなくなる。特にあの時の白いALのような。
「こんなこと考えるもんじゃないな」
この星には似たような言葉があるが、言霊みたいなもので言うと本当にそのことが起きるというものだ。考えて本当に出てこられたら撤退戦は完全に終わりである。
〈第三陣出ました!援護します〉
スライの報告に二人は安堵した。これでスライたちが援護に回ってくれる。
〈一旦合流だ、リンド〉
「わかりました」
返事をすると、足元の装甲車を踏み潰し元来た道を戻る。敵はこの二機のALの動きに疑問を持ち始めたようで、ヘリが向こうから陣地に向かって離れた場所を飛んでいるのをレーダーが捉えた。
「敵も気づき始めたみたいです。ヘリを飛ばしました。撃墜します」
〈わかった、やれ〉
また立ち止まると、下半身はそのまま上半身を百八十度反転させ108㎜砲の照準を合わせる。対空砲としての正しい使い方だ、へりなどこの口径の弾に狙われればひとたまりもないだろう、予測修正をしてよく狙う。リンドとしては落ち着いて狙いたいところだが、ここは敵中真っただ中、足を止めたALは格好の的であった。次々と攻撃を浴び揺れが収まらない。機体も更に傷ついていく。
「ああっ、クソ!」
やけくそだ、思い切って撃ってみた。放たれる砲弾、排出される巨大な薬莢。回転しながらまっすぐヘリに向かって飛翔する砲弾は、ヘリのテールローターを抉り取りバランスを崩したヘリは回転しながら墜落し、地面で小爆発を起こした。
「マジかよ」
自分でも撃墜できるとは思っていなかったので唖然としたが、砲撃が胸部に直撃した衝撃で我に返ると、上半身を反転、走り出した。




