決死の防衛戦線(2)
二十二時、決死の撤退作戦は闇夜に乗じて決行された。
内容を簡単に説明するとこうだ。まず比較的無事なキリルム機がライトを点灯させて敵の前線へと走る。敵がキリルムに注目している間にまず第一陣が出発、続いてリンド機も同様に敵の注意を集めつつ第二陣、ジュードル達のALもあまり突出しないように注意しつつ惹きつけキリルムとリンドの負担を軽くする。一気に撤退すると戦線の縮小を見破られ攻勢に出られかねない。だが、それでもやはり百人単位での移動のため、すぐに気づかれてしまうだろう。だがしないよりはましだ。
〈作戦開始〉
キリルムの合図で、部隊は動き出す。四両の戦車と二両のトラックに負傷兵を満載してゆっくりと発信する。
「お気を付けて」
〈死なないでくださいよ〉
〈あんまし派手に動きすぎないように注意してくださいよ〉
隊員たちの励ましに、少しばかり自信を取り戻したキリルムは、アルグヴァルを起動させる。幸運にも未だ好調なジェネレータが、静かな低音を奏でこの巨大機械が目覚めたことを感じさせる。オイルを軋ませ立ち上がり、周りを見渡して状況の確認を行う。すると後方を映す小さなモニターに、こちらにむかって敬礼をする兵士たちの姿を見た。
皆傷ついた痛ましい姿だが、口をキッと横一文字に結んで見上げていた。その姿に彼は思わず胸の奥に熱いものがこみ上げてくるのを感じ目頭を押さえた。
「いけねえな、歳食うと涙もろくなるんだな、本当に……」
軽く指で目に光るものを拭い去ると、足元に誰もいないかを確認しペダルを踏みこんだ。アルグヴァル指揮官型が、夜の荒れ地を走る。三つのスイッチを跳ね上げると、それぞれ頭部、胸部、腰部の生き残っているライトが点灯し、周囲をまぶしく照らし出した。しかし、それは敵に自分の位置を大声で主張するのと同じことで、すぐさまコリューション軍の視線は彼のALに集められた。今彼は一心に敵の攻撃を浴びることになる、次のリンドが加勢するまではあとニ十分もありそれまでに一人で生き残らねばならない。味方には注意を引かないよう支援攻撃は厳禁にしておいてある。
「さて、と」
キリルムは崩壊しかけている教会の影に機を潜め、手持ちの武器を確かめる。標準の突撃銃の予備弾倉は一つ、グレネード一発に、54㎜小型マシンガンが一丁、その予備弾倉は二つである。一番弾数の多い小型マシンガンはその口径のため、軽装甲の戦車くらいしか撃破できないものの兵器の質そのものは大したことないコリューション相手なら十分である。この三十日で敵にALを見たのはただの一度もなかった。それでもここまで苦戦しているのはやはり数と、巧みな攻撃戦略によるものだった。
「おっと……」
敵の砲撃が建物に直撃し更に崩落させていく。身を隠しているとはいえその瞬間を見られているし、なによりライトをつけっぱなしで、頭隠して尻隠さずであった。すぐさま立ち上がると、時速約六十キロで村を駆ける。周囲は一面穴だらけの畑で、ALのような重量物には非常に歩きにくい場所であった。その周りも荒れ地で凸凹しており、やはりALには歩きにくい。
「嫌になるクソ田舎だぜ!!オラ!!」
一瞬だけ立ち止まって狙いを素早く定め、引き金を引く。その直後に素早く移動を開始する。銃弾は野砲の一つに命中し、土を巻き上げながら人肉と砲の残骸とが辺りに四散する。出来ることなら走行間射撃でばら撒いてやりたいところだが、生憎と今は弾薬貧乏でそんなもったいないことは出来ないのだ。故に仕方なく一瞬だけ立ち止まってはこうして狙いを定めて攻撃せざるを得ない。
彼は更に動き続けた。迫撃砲弾があちらこちらに降り注いでも、敵自走砲の射撃を受けても止まらずにひたすらに走り続ける。幸い脚部への損傷は少なかったため、絶えず動き続けても少しも問題は見られない。が、無理は禁物である。機械である以上限界を超えると壊れてしまう。駆動部をやられればALは一巻の終わりである。動き回り続けながらも無茶をさせないように気を付けねばならないという非常に面倒な作戦ではあるが、数百の将兵と自分たちの命が懸かっているのだ、嫌でも成し遂げなければならない。
そうこうしているうちに、第二陣が出発それに伴いリンドが陽動に加わった。後方で新たにライトが点灯したので、それが恐らく彼であろう。
〈第二陣が出ました!〉
「よし、早く来いそろそろまずそうだ」
レーダーとモニタには、大量の敵が映っており皆の銃口が自分に向けられているのだ。気が気ではない。




