脅威襲来(3)
「行くぞ、こっちからやる!!」
高所からの攻撃を諦めやむを得ず地面から攻撃を仕掛けることにしたビットーは部下を引き連れ、ALの真後ろを駆け抜ける。巨大な物体が地面に影を落とし、間近で見るとその威圧感は一層強まるばかりである。
四人は物陰に隠れ攻撃のチャンスを窺っていた。敵はこちらには気づいておらず、他の隊員たちへの攻撃に気を取られており今がその機会のようだったことを彼は逃さなかった。彼はポルスキからバズーカランチャーを受け取ると全速力でALの股下目がけて走り出した。
「くたばれ!!!」
頭から飛び込み仰向けでバズーカを構える。スコープにはALの無防備な股関節が捉えられている。そして彼は引き金を引いた。引き金を引くとほぼ同時に発射されたHEAT弾はまっすぐ目標に命中し、重要な関節を破壊されたALヴァルフラッハは立つことができなくなり、右足が付け根からもげバランスを崩し地面に倒れてしまった。地響きが粉塵を舞い上げ視界を奪う。止まったビットーが立ち上がると同時に、もげた右足が彼に向かって倒れてくる。
「うおおお!!?」
すぐさま脱出しようと試みるも、ここにきて損傷していたスタビライザーサーボがダメになったらしく、思いっきり地面に激突してしまった。迫る影、彼は目を瞑り覚悟した。もう一つの地響きの後、彼の元に興奮冷めやらない隊員たちが駆け付ける。
〈大丈夫だ、生きてる!〉
チューリングの声に彼は目を恐る恐る開けた。生きているようだが、もしかすると下半身が潰されてしまっているのかもしれないという恐怖のためであったが、そんな事態には陥ってはいなかった。実際彼はALの足に巻き込まれてはいたものの、端の方が少し彼の膝から下に覆いかぶさっているだけで、AAのフレームを押しつぶすほどの圧ではなかったようだ。それに破壊されていたアスファルトの窪みのおかげでサンドイッチにもならずに済んでいるのだから、彼はかなりの強運の持ち主かもしれない。
〈おい、てこだ、あのパイプ持ってこい!!〉
チューリングの指示に、ポルスキが急いで鉄パイプを瓦礫から二本引き抜いて投げ渡した。受け取ったチューリングとクレメンスは地面と脚部の間にパイプを差し込んでAAのパワーで存分に持ち上げる。何とか隙間の出来たビットーはチューリングによってすぐに引き抜かれ救出された。
〈何て無茶を。しかしよくご無事で〉
「自分でも馬鹿だと思う、それより最後の一機だ!」
そう、これで終わりではない。もう一機損傷した機が残っているのだ。例え損傷していてもAL、人間に対しては恐ろしい強さを発揮する。
「SATR!!」
ビットーが叫ぶも、他の三人はもう誰も予備の弾頭は残していなかった。それは残りの小隊も一緒だったようで、バズーカは先ほどの一発で品切れ、ATRも全て破壊されていた。グレネードは投げる前に撃破されてしまうだろう。この間にも第八小隊の隊員が、ヴァルフラッハに搭載の対人機銃の餌食となっていた。AAとてALの機銃を喰らえば至近距離であればやられてしまう。
第九小隊の隊員がこの隙にグレネードを投げ込むも、通り過ぎたあたりで爆発してしまい有効ではなかった。万事休す、最早これまでか。さしものビットーもそう覚悟したその時であった。
〈来ました!!〉
誰かが声を上げた。一体何が来たというのだろうか。彼はつい振り返る。彼のモニターに映ったのはこちらに向かって前進してくるAPCとそれを取り囲む歩兵部隊であった。機動部隊がようやく到着したのだ。
二両のAPCに搭載されている30㎜機関砲が勇敢にALに向けて発射される。ALの装甲はその程度ではビクともしないが、パイロットには通じたようだ。ただでさえ味方が全滅しており自分は動けない。数で負けているというのにその上さらに増援と来たものだから、彼はパニックに陥ってしまっていた。火器管制装置の支援があるというのにマシンガンは大きく機動部隊から離れた場所に着弾し、空しくビルを破壊していく。そこに歩兵が放ったバズーカが三発、立て続けにALに撃ち込まれていく。頭部を完全に破壊され、また装甲を剥ぎ取られたALは、部品やオイルなどを飛び散らせながらなおのこと体勢を崩していく。
「よく………」
感動に涙がこみ上げる。このタイミングで来てくれるとは思わなかったために、彼はもう立ち上がることはできたはずだが、その光景に動けなかったのであった。
〈遅かったか、まあいい攻撃だ!!〉
聞き覚えのある声、これはそう、
「デッジ?デッジお前か!!」
デッジ率いる第三、四小隊もようやく到着したのである。途中散発的に交戦していたために思いのほか遅れてしまったことを、彼は隊長に詫びた。
〈すみません〉
「いいさ、よく来てくれた……」
二つの小隊から放たれる対戦車兵器が、ALに止めを刺す。コックピットハッチにSATRの直撃を受けたヴァルフラッハは、装甲の隙間から真っ黒い煙と炎を噴出させると、力なく地面に臥した。倒れながらも引いた引き金は、空しく空を撃つに終わった。
そしてやっと沈黙が訪れた。機動部隊を除いて生き残ったAA部隊は半分に満たない。合流した部隊は広場に集まると、その少なさに言葉を失った。ビットーは静かに声を押し殺して泣いた。泣くしかなかった、一日もたたずに部下の半数を失ってしまったことに、とりわけその多くが新兵であったことも彼の心を抉る要因であった。
「空が、青いなあ」
誰かが見上げて、呟いた。
あまりにも多くの犠牲を出してしまったビットー中隊は、二日の後スラッグを去った。あまりにも意味のない戦いという事実を、隊員の誰も認めようとはしない。認めれば、死んだ仲間たちの命を侮辱しているようにしか思えなかったためだ。
彼らにとって巨大だったこの戦闘も、日々戦闘が行われていたスラッグの日常からしてみれば、特別なものでもない一日に過ぎないのである。彼らの戦いで変わったことと言えば、せいぜい街にAAや戦車の残骸が増え、そして新たにALの残骸が置かれたということくらいだろうか。戦争の中で起きる局所的戦闘は、決して歴史には残らない。後世の人間は、誰も彼らの名を知らない…………




