シュート・スラッグ(2)
「来い!こっちだ!!お前ら気を付けて狙え!援護開始!!」
大きく手ぶりで四班に合図を送る。二機のAAがこちらに気づいて走りながらも手を振り返してきた。残りの二機は時折振り返りつつ後方に射撃を行っている。
〈SATR使います!〉
フィップのAAの左腕に装着されている小型対戦車ロケットは、パルコームなら正面装甲でもぶち抜ける。フィップは息を止め狙いをよく定める。決して味方に直撃させてはならない、AAの装甲などSATRでも簡単に吹き飛ばす威力を持つ。クーラーが効いているはずのAA内ではあるが、彼の額を幾筋もの汗が流れ落ちる。そして彼はスイッチを押した。目にも止まらぬ速さでまっすぐ放たれたそれは、細い一筋の白煙を残し四機のAAの隙間を抜けると、後方三十mほどにいたパルコーム中戦車砲塔の銃眼に直撃、突き刺さった弾頭は一瞬にして戦車の内部にアークジェットを注入し内部を超高温で焼き尽した。ハッチや薬莢排出口、ありとあらゆる穴から勢いよく火炎が噴き出した。動きを止めた戦車は力尽きたように砲身を垂れると、数秒の後に激しい爆発を起こして吹き飛んだ。吹きとばされた砲塔が数十mも高く飛び、ビルの上に大きな音を立てて天井を破壊し落着した。
(誘爆したか)
爆発は周りにいた随伴歩兵五人をコンクリートの壁にしこたま叩きつけて潰した。
〈よし!〉
チューリングが喜びに拳を上げると、丁度弾が腕に命中し彼は情けない声を上げて腕をひっこめた。
〈ドウワッ!……ビビらせやがって……クソッ〉
彼の叫び声を思い出して二人は小さく笑う。
やがて四人と合流し、今度は七人で追ってくる敵を迎え撃った。戦車の護衛もない生身の歩兵たちはたまらず引き返していく。引き返していく敵を見て各々罵ったり歓声を上げて喜んだ七人であったが、それも束の間、すぐに残りの小隊と合流するために行動しはじめた。
〈隊長、二班は?〉
四班班長であり第一小隊所属のクラメンスが、二班のことを尋ねる。ビットーは一瞬回答に迷ったが、少し声のトーンを落として全滅したと伝えた。するとクラメンスは今にも消え入りそうな声で嘘だ、と呟きよろめく。無理もあるまい、二班には彼の弟のベルがいたのだ。男四人兄弟の長男であるクラメンスは既に二人の弟を戦争で亡くしており、末っ子のベルが最後の兄弟であった。それがたった今、死んだと聞かされた彼の心は、戦闘を継続できるほどの強さは持ち合わせてはいなかった。声を押し殺して泣くクラメンスを、仲間たちは黙って慰めるほかなかった。同じく四班のサイコルストもまた同様に補給部隊にいた姉を昨年亡くしていたため、その気持ちは痛いほどわかった。彼らだけではない、国土の三分の一が戦場となっているケイマンスでは、家族を失いながらも戦い続けている兵士たちが大勢いたのである。
「行こう……」
こういう時隊長である自分は非情な判断を下さねばならないことを辛く感じていた。今個人の事情で立ち止まるわけにはいかない。進んで味方と合流し敵を撃滅、一刻も早く失われた国土の回復を果たさねばならない。それが軍人としての使命なのであるから。彼らは進む、クラメンスもサイコルストに支えられながら、後ろに続いている。重苦しい雰囲気が隊を包み、士気は非常に低下している。
「八、九小隊、状況を報告せよ」
思い出したように、二小隊に現状を尋ねる。
〈ハ、今のところ戦闘はありません。どうします〉
「よし、今から指定する場所に移動しろ。合流するぞ」
そういうと、音声認識でマップ上のある地点にポイントすると、二個小隊に転送する。これで彼らが無傷で合流できれば二十三機のAAの集まりができる。更に彼は機動部隊にもその地点を転送、装甲車のモニターに転送された情報はすぐさま全員に伝えられ移動が始まった。
その後残りの部隊に現状を尋ねると、戦闘を行っていない部隊については北上を命じ、戦闘中の部隊にはそのまま継続するように伝えた。
七機のAAが、通りを進んでいく。途中、探査機器を積んだミョストンが何かが一瞬反応したと報告してきた。
〈恐らく……恐らくですがAAの可能性がありますね。前方十mの角を右です〉
というと、見えるのは以前はブティックだったと思わしき建物だろうか。剥がれたステンレスの窓枠が、時折鈍く日光を反射している。大きなショーケースは瓦礫で埋まっており、向こう側は確認できなかった。
彼は隊員に指示をすると、四班のメンバーが途中の角で分かれた。二方向から挟み撃ちにする算段である。すぐに四班が位置についたことを確認すると、そっと角から顔を覗かせる。AAのカメラが捉えたのは、敵のAA。ボークスⅡ型が三機、ビルから出てくるところであった。中に何かあったのだろうか、とにかくAAが少しビルから反対に向かって離れたところで攻撃を命じる。
「撃て!」
二方向からの十字砲火が、三機のボークスに浴びせられる。 ボークスは汎用性と装着時に手足の可動域の広さが利点であるが、その分装甲が狭いため防御性能が低い。10mm弾を大量に至近距離で浴びたボークスは瞬く間に穴だらけになり、地に臥した。それで全機倒したと思っていたのだが、もう一機まだ中にいたらしい。それは突如一班の後ろの壁を突き破って現れた。死角からの奇襲を受けたビットー達は反応に遅れ、その隙にボークスの持つ42mm無反動砲がフィップの背中を撃った。背面に至近距離で大口径弾を受けたのではトリオンもひとたまりもない。フィップは体を真っ二つに引き裂かれ二人の頭上を飛んだ。オイルと血が表面に飛び散り黒く汚す。
〈てめええ!!〉
チューリングのタックルが敵を押し倒し、敵は銃を取り落としてしまう。
〈死ねこん畜生死ね!!〉
鋼鉄の腕を組んで何度も相手の顔面目掛けて振り下ろす。カメラが割れ、殴られるたびにひしゃげていくボークスの頭部、そこにビットーがライフルを差し込み、一発、引き金を引いた。排出された薬莢が地面に転がり、高い金属音を立てて何処かに消えた。
〈はあ、はあ、はあー……〉
殴るのをやめたチューリングは、呼吸を整えながら後ろに倒れこむ。やられた場所は見当たらない。
「よくやった」
〈……はい……〉
彼はビットーに助け起こされると、もう一度畜生と言った。若い命をまた消した。




