シナイの森の喧騒
㎜はモルミラスです。例のごとくミリメートルと同規格です。
2機のアルグヴァルがシナイの森を進む。クルイテ共和国の領土の3分の1を占めなお隣接する3国にまたがるこの森は、古来より多くのものを飲み込み、隠し、また育んできた。程よい気候であるこの森は観光地としても人気であり、戦時中でなければ多くの観光客で賑わっていただろう。マオールもまた、いつか来てみたいと思っていた一人であった。それが今、自分はその美しい森の木々を踏み倒し、あろうことか戦火で焼き払わんとしているのだ。彼はこの複雑な状況に心を悩ませた。だが、オースノーツに加担したクルイテが悪いのだという気持ちのほうが勝っていた。いや、そう言い聞かせたかったのかもしれない。
2機の右前方160ミラスの地点で激しい爆発と銃火が飛び交ったのをALのカメラがとらえた。識別には友軍のALが単機で敵と砲火を交えているようである。すぐさま救援に駆け付けようと2人はフットペダルを踏みこんだ。先ほどまでゆっくりと歩いていたALが、猛然とその巨体を傾け走り出した。一層高まった駆動音が森中に響き渡り、地面に足跡を深く刻み込む。
ALは基本的に2つの動力を持つ。原子力エンジンと、化石燃料エンジンだ。ほぼすべての動作を、燃料補給のいらない核エンジンで動かし、このようなダッシュや瞬発的な力を必要とするときだけ重油を用いた化石燃料エンジンを動かす。ハイブリッドなのだ。
軽い分先に追いついたマオールが、戦闘の様子を捉える。味方のALと戦闘を行っているのはどうやらクルイテの小型ALプロップトンのようだ。森林や市街地のような入り組んだ場所では、小回りの利く小さい体のほうが身も隠せて有利だ。3機のプロップトンがアルグヴァルに猛烈な十字砲火を浴びせている。防御に定評のあるシェーゲンツァート製ALも、ありったけの弾丸を撃ち込まれればひとたまりもない。味方のアルグヴァルの正面装甲は見る影もなくえぐられ、腕も破壊されていった。
マオールが左腕から無誘導ロケットを敵の中心に打ち込む。ロケット弾頭は狙いを外れ手前の木に直撃してしまった。それで彼の接近に気づいた敵は、歩兵を差し向けてくる。携行対戦車ロケットを抱えた歩兵たちをカメラの端に捉えた彼は、今度はパネルにあるスイッチを跳ね上げた。すると、機体に配された対地空機銃が、自動的に敵を捉え掃射を始めた。土煙を挙げて6㎜の弾丸が10人の兵士を打ち砕く。
ALは最強の兵器ではない。ALの敵は歩兵、戦車、爆撃機、そしてALだ。どれも皆ALを破壊しうるだけの火力を持っている。そのためALにはそういったもの、とりわけ対人用兵装が基本的に装備されているのだ。
歩兵を薙ぎ払ったマオールは、すぐさま敵ALを片付けに入った。
「くそったれ!畜生!怖くなんかないぞお!!」
恐怖の紛らわしに罵声を浴びせながら、彼はトリガーを引いた。すぐに60㎜の銃口が火を噴き、プロップトン達に襲い掛かる。小型ALであるプロップトンは軽量でそれなりに機動性に優れる分、装甲は小型ALの中ではあるほうだがそれでも戦車程度にしかなく、中装型アルグヴァルでも耐えられる攻撃に耐えることができない。
まず1機がまともに直撃をもらい、ちぎれ飛ぶ。ついで2機目が下がろうとしたところで、倒れている木に躓き倒れたところに、3点バースト。これは先ほどのロケットによって倒された木のようだ。思わぬところで役に立ったのである。残る1機を始末しようとしたが、そいつは煙幕を炊くと素早くその向こう側へと姿を消してしまった。どうやら中々の手練れのようだ。もしそいつがそれなりのALに乗っていたならば、マオールが返り討ちになっていたかもしれない。だが彼にそんなことを思っていられる余裕などまだなかったのであった。握りしめた操縦桿から手を放すことさえ、できなかったのであった。
〈すまない、追いついた。対ALの歩兵にまとわりつかれて……〉
ようやく追いついたリンドは、戦闘が終わっていることに気づき、プロップトンの残骸、転がっている味方、歩兵の死体、そしてマオールのALと順番に見つめ、状況把握に努めた。どうやら同僚はたった一人で複数の敵と交戦したらしい。
「凄いじゃないか……」
〈いや、もう必死だった〉
リンドは味方のALを調べる。見る影もなく破壊されたALは、完全にコックピット周辺が破壊されいている。どうやらロケットとALのマシンガンをしこたま浴びたようだ。生死確認など不要なのは明らかだった。
〈なんてこった、助けられなかったっていうのかよ〉
あれだけ無我夢中で突っ込んで戦ったというのに、当の味方は死んでいた。このやりきれなさに、マオールは拳を叩きつけた。
「行くぞ。立ち止まってたらいつやられるかわからない」
〈ああ、わかってるさ。わかってる……〉
マオールは味方の横に転がっている突撃銃と弾倉を拾うと、再び進軍を開始した。