鋼鉄の兵士達
連合軍の攻撃の時は近い。レットルーレ線の前には膨大な数の兵力が並び、号令の時を今か今かと待ちわびている。彼らはこの防衛線を突破し、一番近い都市ウグラウニ・ラル・ロルに乗り込むために、ここで大量の兵力を損耗しておきながら、まるで同盟軍の犠牲をあざ笑うかのように戦力を揃えてしまったのだから、潰しても潰してもキリがない。
それに対するシェーゲンツァート軍とわずかな同盟軍は、補充されることのない戦力と尽きかけた物資の中で、傷ついた体に鞭打って銃を支えに立ち上がろうと試みているものの、最早先は見えない。
「俺の機体これなんですかあ?」
抗議混じりの情けない声を上げたのはコイリ二等兵である。彼がそう口にしたのは無理もないだろう、何せ彼に宛がわれたのは鹵獲したバビレンティというALで、頭が胴体に埋め込まれているタイプの機体だ。しかもその上あちこちを修理してつかっているので継ぎ接ぎで、両腕なんてそれぞれ別の機体のモノを無理矢理繋いでいるような状態なのだから、信頼性だってあったものではない。
「動くんですよね」
「当たり前だ!」
整備班のおっさんにどやされ委縮した彼は、言いたいことは山ほどあるものの、これ以上怒られたくはなかったので渋々機体に乗り込む。
「わあ……」
ハッチから中を覗き込んで目に入った見慣れぬコックピットのインテリアに、彼はため息をついた。まるでわからない言語で注意書きやコーションサインが貼られているため、何が何をどう示しているのかさっぱりわからない。
嫌な予感がしたので機体をスリープ状態から起こしてみると、モニタに表示された文字は予想通り読めない。
「これキラロル語に出来ないんですか!」
彼はコックピットから顔を出して先ほどの整備士に尋ねるが、彼は既にキャットウォークを降りて隣のフーフラーファ機に移っており、
「ねえ!」
とだけ答えただけだった。
「嘘だろ……」
コイリ二等兵がまるで理解できないコックピットに難儀している一方で、フーフラーファ曹長はオーバーホールした左腕の無いザザルェイファで、左腕の代わりに装甲板をいくつも溶接でつなぎ合わせてL字にした継ぎ接ぎシールドを固定している。機体左側を前に出して守りつつ右腕の銃で守れということだ。
「まあなんとかなるでしょう。この短い期間でここまでしてくれましたね。ありがとうございます、大尉殿」
「元々修理中だったからな、乗れるパイロットがいなくて丁度曹長が来たってだけよ」
がんばれよ、と肩を力強くはたかれたフーフラーファは、機体に乗り込んだ。レーアルツァスより内装がシンプルになり、どことなく広く感じるが、悪く言えば安っぽくなったともいえる。あちらこちらに生産性を上げるための簡素化と、コストダウンの為の機能廃止を感じられた。
(アルグヴァルならもっとごちゃごちゃしてたが……もっとロボを操縦しているって感じでよかったな)
などと面倒な古いオタクみたいなことを考えながら、初めての機種ながらもおおよそレーアルツァスと同じシステムであったため慣れた手つきで調整を始める。
さて、リンドはというと、彼は油に汚れた上等兵の階級章を付けた整備士に支えられながらキャットウォークを上がっていた。
「足元気を付けてください」
「ああ……」
どうにか上がった彼の目の前には、いまだ死なぬ重装型レーアルツァスの姿があった。何度この機は死にかけてその度に修復を受けてまた彼を乗せて来ただろうか。これが最後の出撃となるのだろうと、リンドは感じていたが、レーアルツァス自身はまだ死なないような佇まいである。
「ご要望通りガトリングシステムは二門載せています」
「助かるよ、ふう……」
ガトリングシステムは片方がAWによって破壊されてしまっており、在庫も尽きていたので交換できずにいたが、偶然にも倉庫の奥に間違ってしまいこまれていたのを発見され、こうして彼の機体に載せられていた。また、それだけでなく、ガトリングの両脇外側に突撃銃を改造して作った簡易的な速射砲が装備されている。四連対空砲程はいかないが、ガトリングの火力を底上げしてくれるだろう。
また、左腕は適合するものが無く、代わりに肘から先は連装バトルライフルが接続されており、配線が剥き出しながらもどうにかコックピットからも射撃できるように設定されている。ロケットポッドも二門装備しており、弾が足りていないため九連装のポッドにはそれぞれ四発と三発しか装填されていない。
対空対地機銃の類は全て取り払われている。これらももう予備が無いためだ。無事な右手で突撃銃なり武装を持つしかない。
「システムチェック……よかねえ……よな、はあ」
この状況下ではシステムオールグリーンといくわけもなく、あちらこちらでエラーが起きてモニタに表示されており、どうにか機体は動かせているが、これ以上良くなることは無いだろう。
「ご武運を」
「ああ」
リンドはおぼつかない腕で敬礼すると、コックピットハッチを閉じる。そして操縦桿を握ると先ほどの震えはどこへやら、力強く確固たる意志を持って操縦桿を握っている。
「……そうだ」
ふとあることを思い出した彼はポケットを探ると、注射器を取り出した。ゴットルードラの満たされた注射器だった。カバーを外して義手で右腕をまくると、静脈に注射する。義手はもう既に調整してくれる者がいないため、動きもぎこちなく関節からは軋む音が聞こえてくるが、迷いなく刺せるのは、既に数回刺した痕がナビゲートしてくれるからだ。
「ふううー……すぅー、はぁああ……」
体中に薬が回っていくことを感じながら空になった注射器を無造作に放ると、暫く目を瞑る。これで守り切らねば残った家族が惨たらしく殺される。レイプもされるだろう。そんなことがあってはいけない、だからここで一匹でも多くのオースノーツの害虫共を駆除しなければならないのだ。いざという時は自爆すら辞さない。その覚悟を示すように、彼はマニュアルの自爆の項目を何度も読み直していた。
〈司令部より基地内全兵員に告ぐ。敵が動き出しつつある、戦闘用意せよ〉
「オーセス中尉より各機へ、聞いての、ごほっ、通りだ……行こうか」
〈了解です〉
〈了解であります〉
三機のALは動き出す。瓦礫だらけのスロープを上りながら、彼等は死地へと向かった。
外に出た彼らはまだどちらも発砲していないことを確認すると、静かな間に前進し、固まって展開する。最早三機では陣形を組めないので、密集して火力を集中させてるつもりだった。だが、彼らがモニタに映った敵を視認した時、そう思った通りに事が運ばないことを知る。
「これはまた、多いな」
〈ええ。俺たちが倒してきたのは何だったんでしょうね〉
〈酷えや……〉
彼らが見たのは百機はいるように見えるALの大群と戦車や装甲車、AWにAA、無数の歩兵たち。レットルーレ線での防衛線開始の時よりも多いのではないかと思われる敵の大戦力に、彼等はただただ俯くしかなかった。




