表裏の左腕(3)
それぞれ貧相な夕食をトレーに盛り、食堂でも一番端の方のテーブルにお互い向かい合って席に着いた。この基地に来てすぐなら六人掛けのテーブルチェアを二人で占拠することなどできなかっただろう、到底。それくらいにはここには始め人がいた。ALパイロット、歩兵、AA装着者、整備士、工兵、戦車兵、主計科、輸送部隊、医療チーム、義勇兵etc……。多種多様な方言が飛び交い時に外国語も聞こえてきていて、人いきれを色濃く感じていたものだ。
だが、今はもうそのような活気や密度というものを感じることが出来なくなっていた。彼らはどこに行ってしまったのだろうか、きっと今頃大地と一体化したか、兵器の中で灰と化してしまっているのだろう。彼の率いる第一中隊ももう殆どが死んでしまった。
セレーンの所属する第三〇二補給大隊も、大隊と呼ぶには不相応で大袈裟といえるほどの規模にまで減少しており、護衛として随伴していた装甲車と一機のALは殆ど失われていた。
「うちにもね、護衛のALパイロットがいたの」
「へえ」
席に着くなり急にそんな話をしてきたので、驚きつつも彼女の語りに耳を傾けるリンド。
「私たちより一回り上くらいの人でね、マルッケンル伍長……マレッケラーだったかな。とにかくそういう人が古いALに乗って護衛してくれてたんだ」
「一機だけ?」
「装甲車もいたけどALは一つだけ」
「ふうん……」
たった一機で輸送大隊の護衛をしなければならなかったマレッケラー伍長とやらのプレッシャーに思いを馳せ、同情を抱いてしまう。名前も顔も知らないのに。
「なんでこんな話をしたかって言うとね、その人死んだのはもう二週間くらい前なんだけど、その人は右足が義足だったの」
話が読めた、彼女はリンドが片腕が義手故にその兵士のことを思い出したのだろう。
「直接話したことは二回くらいしか無かった、事務的な奴くらい。でもその彼のことを見る度にリニィのことを思い出した」
「だと思ったよ」
「そお?フフ……でね、その人は……」
そこで彼女は口をつぐんだ。何か言いづらい、言い淀んでしまうようなことを話そうとしているのかもしれない。彼は彼女の胸につかえる慟哭を察して、急かすのではなく、待った。静かに。
セレーンも一息ついてこみあげるものを落ち着かせることが出来たようで、一つささやかなため息をつくと、水を一口含んで話を再開する。
「……ごめん。でね、彼、どういう死に方をしたと思う?」
「えっ……爆撃?」
どういう死に方なんで聞かれても正直困った。彼は戦場で多種多様な死に方を見て来たので、一口にどうとは言うことが出来ない。陸戦ALのパイロットの死因で考えうるとすれば、砲爆撃に巻き込まれたり、敵陸上戦力の砲撃によって、地雷を踏んで、多くはないが少ないわけでもないケースを挙げるならば転倒した際の衝撃で首の骨が折れたり、なんてこともある。ナパームで焼かれて鋼鉄の装甲の中で包み焼きもよくある話だ。
「砲撃」
「まあ、よくあるっちゃある話だな。俺の部下もそれでやられた奴はいる」
「そうじゃなくって、私が言いたいのはね、乗り込もうとしたところで死んだんだ」
「マレッケラー伍長が?」
うん、とうなずく彼女。
「映画とかだと死ぬ時大体さ、劇的な死に方でしょ。仲間の腕の中で死にたくないって言ったり、お母さんって言ったり。でもあの人はそんな誰かに何か言葉を残せないまま死んだんだよ。誰かを庇ってみたいな感動的な死に方でもない。ALに乗り込む途中で上半身が吹き飛んだ……」
「ふうん……所詮はフィクションだし、ま、誰しもが英雄的な死に方や感動的な最後を迎えられるってわけでもないしな」
戦場で最後に言葉を残して死ねた兵士なんて、数えるほどしかいないだろう。大概が撃たれて即死かそんな戯言口にしている余裕すらない程に苦しみ、苦しみ、そして野垂れ死ぬ。かつての上官ボルトラロールが辛うじてリンドに言葉を残してくれたが、それでも感動的なセリフというわけではなく、逃げろと言いかけて力尽きて機体と運命を共にした。
そういう沢山の現実の死を目の当たりにしてきたからこそ、彼女の口にしている言葉がバカバカしく非現実的に思えてしまう。だが、ここはそういうことを口にしたい気持ちをグッと抑え、彼女の話に耳を傾ける。
せっかく彼女に会えたのに苛立ちを覚えてしまう彼だったが、食事に落としていた視線を再び彼女に合わせた時、決してその言葉がふわふわした若い女性特有の現実の見えていない言葉ではなかったことを、彼は彼女の涙で知る。
「セレーン、どうした」
「わ、私ね、リニィに死んで、ほしくっ、ない……」
「あ、ああ」
彼女はいくつもの死をここで目にしてきた。軍に入隊してからというもの、恋人であるリンドよりも死体のほうが目にする数がずっと多く、故郷とも友人とも連絡はなかなか取れず、それどころか一緒に志願した友人は皆とうに死んでいることを知り、彼女の心をずっと蝕んで来ていたのだ。それが今回彼とゆっくり話せる機会を得たことで、感情がどっと堰を切ってしまったのだろう。
そうとは知らず、気丈な彼女の振る舞いから彼女は強く軍人としてあり続けているのだと、彼はずっと思いこんでいたが、実際には違ったらしい。
リンドは席を立ってすすり泣く彼女の横に座り直すと、優しく肩を抱いた。
「死んでたまるかよ、俺は殺しはしても殺されはしない。何度だって死にかけて腕すら取られても生き残って来たし、二回も捕虜になった。でもこうして生きてる。例えこの国が負けたって死にはしないよ」
「絶対、絶対死なないでっ……」
「君もだ」
うん、うん、としきりに頷く彼女を慰めるために、冷め行く夕食を眺めながら彼はしばらくの間こうして彼女の肩を抱き続けていた。そしてその夜、誰も来ることのない崩落地点付近の倉庫で彼女を抱いた。




