鉛の五月雨(3)
しばらく叩いていると、戦闘の音に紛れて車両の近づく音が聞こえて来た。それは恐らく近くで停止した後、複数人の足音が代わりに近づいてくるのが聞こえた。
「おい!ここだーっ!!出れないんだー!」
より強く内扉を叩きながら大きく声を上げ叫ぶリンドの声を聞き、足音が早まる。近づいて来た者達の内一人が倒れたサイオスのコックピットハッチの前で叫んだ。
「四〇四回収部隊です!ハッチの強制排除はできませんか!」
若い男の声が聞こえて来た。回収部隊を名乗る男は、隙間から見える限りではシェーゲンツァート陸軍の作業用ツナギを着ており、その背後を通る人影も同じような出で立ちをしているように見えた。リンドはその装置も壊れて動かないと伝える。
「ダメなんだ!おまけにこいつ初期型の緊急用ハッチもないと来た!出れない!いつ火が付くかもわからん!」
「わかりました!ハッチを引っ張ってこじ開けますので離れていてください!」
引っ張ってこじ開けるとはどういうことだろう。少なくとも人間の腕力でこじ開けられるほど、ALのフレームは柔じゃない。彼らがハッチをこじ開ける方法を考えていると、車両が動き出す音が聞こえた。そのあとすぐに停止し、ガチャガチャと何かを弄っている音の後に、機体に生じた隙間から何かが差し込まれたではないか。
回収部隊の兵士の言葉を思い出してコックピットの奥に背中を押し付けるように距離をハッチからとると、別の男の声が聞こえて来た。
「引っ張るぞー!!」
どうやら乗って来た車両に装備している牽引ワイヤーで、ハッチに先ほど引っ掛けたフックで引っ張りこじ開けるつもりらしい。なんともまあ力業だが、彼の懸念はその程度の力で強固なALのハッチをこじ開けることが出来るのか、ということであった。
エンジン音からしてもおそらく彼らが乗って来たのは、非装甲のよくあるバルンザ(※1)と呼ばれる陸海空問わずシェーゲンツァート軍で使用されている四人乗りの軍用小型車両だろう。あのエンジンじゃ馬力はたかが知れている。それで頑丈なALのコックピットハッチ開閉アームを歪ませることなど出来るのだろうか。
そんな疑いを抱いている彼の前で、引っ張られているハッチは嫌な音を立てて少しずつ開いていく。存外やるものだなと感心してみたが、外から聞こえるエンジン音もかなり精一杯の様子だ。
内側から押して手伝いたいところだが、そうするともしフレームの強度に限界がきてはじけた時が非常に危険だ。超高速で吹っ飛んだ金属片やボルト、フレーム材のビンタを食らえば人体なぞ簡単に穴をあけられてしまう。せっかく助かったのに助長により死ぬなんて冗談でも笑えない。同じ理由で外側から回収部隊が人力も付け加えてこじ開けようとしないのである。
そんな作業をしている中でも、敵の攻撃は容赦なく飛んでくる。コックピット内にいるリンドは一応安全ではあるが、生身でむき出しのまま救助作業に当たってくれている外の彼等は違う。戦闘中の勇敢な回収作業によって命を落とす兵士も、決して少なくはない。
一際大きな金属の断裂音が聞こえた後、コックピットにより大きな光が飛び込んできた。完全にハッチが外されたわけではないが、アームの片側がひん曲がったことで人一人が十分に通れるだけの隙間が生じたようだ。
「大丈夫だ!行けそうだ!」
リンドも一応合図はしたが、救助のプロフェッショナルである彼らも既に十分な隙間が開いたことは分かっているので、彼が報告するとほぼ同時に車を止めていた。
荷物を手に彼は機体を脱出すると、フックを外していた作業員の肩をポンポンと叩く。
「よし、よし……助かったありがとう!恩に着る!」
「ご無事で何より!中尉殿!さあずらかりますよ乗って乗って!」
「おうよ!」
彼らは定員オーバーのバルンザに乗り込んで走り出す。
「助かった!皆ありがとう!」
揺れる車内で改めて四人に礼を述べる。彼らがすぐに来てくれていなかったら流れ弾でやられていたかもしれない。サイオスを振り返ると、彼が懸念していた火災こそ生じていなかったが、流れ弾が命中した瞬間も目撃していたため、やはりあの場に閉じ込められたままなのは危険だったようだ。
「我々の任務ですからね!振り落とされないようにしっかり捕まっててくだせえ!」
せっかく助かったのにこんなところで死んでたまるものか、絶対に振り落とされないと右手で座席のグリップをしっかり握って体を屈める。
格納庫へと向かう彼らを乗せた車両は、敵の砲撃に晒されながらもギリギリのところで生き延び続けている。
「うわあっ!!」
突然、右前方で敵の砲撃の直撃を受けた戦車が吹き飛び、大きな砲塔が爆風によって彼らに向かって回転しながら飛来する。五人全員が、もう駄目だと思っただろう、いやそう思う隙すらなかったかもしれない。
それほどに一瞬の出来事で、砲塔は大きな音を立てながら転がり、彼等の頭上ギリギリを超えていった。
「なんてこった……」
「肝冷やしましたね」
「全くだ……」
彼らは何ガトンもある鉄の塊によって押し花にされそうになった恐怖に震えながらも、どうにか誰一人傷つかずに建物内へと飛び込むことに成功した。そのまま車両通路を走り抜けると、第八格納庫前で停止した。
「ありがとう、助かったよ」
さっと後部座席から飛び降りた彼に、ドライバーの伍長が冗談を飛ばす。
「料金の支払いは後払いでも結構ですよ!」
「ハハハッ!障害者割引で頼むよ!」
そういって左手を振ると、彼等は煤塗れ土塗れの顔で大笑いする。
「ウワッハハハ!それじゃあ!!また!」
「またなんて御免だ!」
リンドは去り行く彼等の背中を見送った。彼らはすぐにまた別の兵士の救助に向かうのだろう。彼らがいなければまだきっとサイオスの中に囚われの身になっていたかもしれない。
さて、凡そ二時間は経過したことを祈り、彼は自機の足元へと駆け寄る。だが期待外れで、まだ整備士達が彼の機体に取り付いて弾薬の補給を進めているのが見て取れる。
彼は階段を駆け上がり、作業員たちと狭い通路をすれ違いながらコックピットへと延びる空中通路を進んだ。
「オーセス中尉だ。あとどれくらいで終わる」
背後から声を掛けられた整備士は、軽い敬礼を返すと作業の手を止めずにおおよその時間を答えた。
「あーあと……五分ってとこですね。ガトリングシステムの給弾が時間かかるんですよ。何分弾数が多いですからね」
「わかった、入っても?」
「どうぞ、そっちはもう済んでます」
コックピットに乗り込むと、恋人の写真がそのままであることに安堵しつつ、通信装置のスイッチを入れた。
※1 バルンザ:キラロル語でコバシリコガネという地面をちょこまかと走り回る甲虫のこと。小回りの利く輸送の為に小型化された車両で、ハンドリングが良好でバルンザのようにすばしっこく地面を走り回るため、そう呼ばれている。




