鉛の五月雨(2)
一機撃破しても、二機が補充される。連合軍の戦力の底無しさにシェーゲンツァート帝国軍の兵士たちは呆れるばかりだったが、そのラインナップにも違いが見え隠れしていることに一部の者は気づいていた。
例えば今リンドが歯を食いしばって照準を合わせようと躍起になっている敵機は、オースノーツ製のALによくみられる曲面を主体とした装甲ではなく、シェーゲンツァート製のように直線的なデザインが為されたALで、カメラ方式も頭部を走る線でラインカメラ方式だった。これはオースノーツでもシェーゲンツァートでもあまり見られない珍しいタイプだった。
機種はバルイムザッカスBB6型といい、オースノーツの衛星国家であるマウゼン・ナッカ首長国という小国のALで、性能はまあまあといったところだ。対して先ほどリンドが撃破したのは紛れもなくオースノーツ製、つまりオースノーツ連合も損耗が激しくオースノーツ軍ではなく他の連合軍を構成している国の部隊を前面に押し出して来るようになったのだ。
オースノーツのALは性能は世界一、しかしその金魚の糞ともいえる小国たちもそうというわけでもない。敵は弱くなっているため、より戦いやすくなっているはずだ。ただ、シェーゲンツァート軍兵士もかなり疲弊しているため、押し返せるほどの余裕はなかった……
サイオスのコックピット内に煙が噴き出し、リンドの視界を覆い隠す。
「うわーっ!んだぁこん畜生!クソポンコツがよぉ!!」
恐らくコックピット内を通る冷却材のホースが被弾の衝撃で外れたのだろう。フリーな右手で癇癪を起こした子供の様に暴れまわるホースを掴もうとするが、これがなかなか元気がよすぎて捕まえられない。死に体の機体で今までで最もいい動きをしていた気がする。
どうにかホースを捕まえた彼は、腰を浮かせて手を伸ばしホースを再連結しようとしたが遠くてはまらない。更に腰を浮かせてホースの先が連結部に当たったところで、何度当ててもはまらない。おかしいと思い外れたところを見てみると、部品が外れたのではなくホース自体が千切れてしまっていることに気が付き、悪態をつくとホースを離して根元のバルブハンドルを捻って冷却材自体を止めた。これによって胸部の温度が3℃上昇したが、コックピット内は今のところ冷却材のお陰で鳥肌が立つ程度にはひんやり涼しくて居心地も最高と来た。
〈隊長何か言いましたか!〉
フーフラーファ曹長はリンドから聞こえて来たノイズまみれの通信に、音声が混じっていたように聞こえたため聞き直した。それに対しリンドは
「いえ!大丈夫です!ちょっと冬気分を味わっていただけですよ!」
〈はあ?冬が……なんですって!?どういう意味です!?〉
「何でもないです!大丈夫!」
ジョークというものは上手く相手に聞き取られずに聞き返されると、顔が熱くなる程度には恥ずかしいものだと知った彼は、無理矢理通信を終えると機体を屈めて飛んできた大きなバズーカ弾を紙一重で躱した。
(近接だったら死んでたぞ)
近接信管が弾頭になかったことにホッとするリンドだったが、実際には弾頭には近接信管が搭載されていたのだが、故障で作動しなかっただけだった。もしきちんと作動していたらサイオスの背中の薄い装甲を突き破られて今頃カリカリにこんがり焼かれていただろう。
そうとも知らず、頭部に被弾を受けながらより近くに見える敵に照準を合わせるリンド。
〈ぎゃあっ!!〉
通信機から誰かの叫びが聞こえた、すぐに誰がやられたのかと見回すと、右手二百m先に展開しているンジャル二等兵の乗るザザルェイファが両腕を失い仰向けに倒れながら炎に包まれているのが見えた。
「ンジャル二等兵返事をしろ!」
だが返答はない。彼の位置からは見えないが、ンジャルの機は既にコックピットを撃ち抜かれており、ンジャルの体は下半身がミンチになっていた。叫びは彼の最期の言葉であった。
「来たばかりじゃないか!」
先日来たばかりの十五歳の少年が、もう死んでしまったという事実が彼の目に涙を滲ませる。ああ、自分がレーアルツァスに乗れていればこんなことにはならなかったはずなのに、そう自分を責めてしまう。
(まだか、まだかよ俺のレーアルツァスは!)
待てど暮らせどレーアルツァスの整備完了報告は上がってこない。このままではレットルーレ線は押し切られてしまう。焦燥感に駆られながらも、彼はマガジンを交換して、一機ずつ確実に敵機を仕留めていこうと努力する。だが、やはりこの屑鉄のマニュアル照準では、一機ずつやるにはあまりにも効率が悪すぎたためやり方を切り替えて弾薬をばらまくことにした。敵は何もALだけじゃない、戦車や随伴するA兵器、歩兵に装甲車両だってある。そいつらは戦車以外なら一発でもALの携行火器サイズの弾が命中すれば仕留められる。たった一発で大概即死だ。
弾薬を次々とばら撒いていくリンド、敵集団の密集しているところには狙いをよく定めて銃口の下に取り付けてあるグレネードランチャーを撃ち込むと、狙いは大きく外れたものの、着弾地点に展開していた別の敵APCが一両とその後方から追従していたAA二機が爆発に飲み込まれ吹っ飛んだ。車両の方は直撃に近い形であったために車体が引き裂かれたが、AAの方は倒れたまま動かなくなってしまったようだが、中身までやられたのかまではわからない。
「ザマミロ!死ね!死ね!」
子供のような暴言を吐きつつ引き続き弾をばら撒いていると、不意に十一時方向から光が見えた。
「あっ」
直後、巨大な槍のような物体がリンドの乗るサイオスの頭部を貫いた。その勢い凄まじく、頭部を貫いて尚勢い余ってサイオスはもんどりうって転倒、残っていた左腕も肩の軸が断裂する形でもげ、フレームが歪み立て続けに彼の耳には金属が引きちぎれる音が響く。
〈たっ隊長!?隊長!返答をうおっ!畜生今はっザザザザ……〉
衝撃の瞬間を目にしていたフーフラーファは声を上げてリンドに応答を求めるが、敵がそれを許さず戦闘に引き戻される羽目になる。
「あ……つつ……んだ、なにが起きやがった……いってえよぉ」
彼は生きていた、世界が真っ白くなったと思ったら今度は目まぐるしく回転して目が回されるわ、あちこちぶつけて痛いわで、何が自分の身に起きたのか理解できていなかった。やけに戦場の音がよく聞こえてくると思ったら、光が差し込んでいるのが見え、宙ぶらりんになっている手足が左モニタに向かっていることから、どうやら機体は左を下にして横倒しになっているらしい。光の正体はコックピットハッチの隙間から射し込んでいる日光のようだ。
激しい衝撃によって吹っ飛ばされたサイオスは、あちこちぶつけた際にコックピットハッチに強い負荷がかかってハッチの可動アームが折れ、外れてしまったようだ。モニタは殆ど割れてノイズが走り、いくつかの装置が脱落して左側に落ち、配線がだらりと何十本も垂れ下がっている。
全身が痛む中、シートベルトを外してモニタの上に落ちると、彼はハッチを押しのけて出ようとしたが、出られない。人の力でALのハッチを押し開けられるわけが無かった。
「マジかよ……」
今度は脱出口を探したが、無かった。どうやらこのサイオスは脱出ハッチがまだ設置されていなかった頃の型らしい。つまり相当古い型だ。
「……マジかよ」
このままでは機体が炎上なんてしかねない。リンドは脱出すべく、何らかの部品を手に取るとハッチをガンガン叩いて外に合図を送り始めた。




