死の泉
遠心力で機体がコースを外れて飛んでいきそうになるほどの速度と旋回半径を描きながら、重装型の周囲を旋回し、側面や背面に銃弾を撃ち込むヴィエイナ。だがやはり今のライフルでは二百mの距離にまで接近してもなお有効弾は確認できず、装甲表面を抉ったりちょっとした出っ張りを弾き飛ばす程度の効果しかなかった。
〈ヴィエイナ様、有効な武装への変更のために一度帰艦することをお勧めします〉
「……そうね」
AIの言うことを聞くのは癪であるが、やはりこのまま撃ち続けても無駄弾を使うだけ。ならば一度帰還して整備と補給を受けた後に武装を変更し、もう一度来るしかないだろう。損傷した右翼の修理も行いたい。
「こちらヴァレーツ1より各員、一度後退する。三分後に各自帰艦するように」
〈わかりました。ヴァレーツ2了解〉
〈ヴァレーツ3了解〉
〈ヴァレーツ4了解です〉
〈ヴァレーツ5了解〉
既にヴィエイナの残弾は胴体の機銃と腕のプラズマサーベルを除けばライフルの残弾が合わせて6に過ぎず、継戦は不可能に近い。部下たちも既に多くの弾を使ってしまっており、ザーレはヴィエイナとほぼ変わらないありさまだった。
「退くぞ、私とヴァレーツ5で殿を務める。ヴァレーツ4は残りを率いて高度を上げて」
〈わかりました。お願いします〉
三機が後退を始め、その支援の為に最も優れた腕を持つ一番機と五番機がその援護に回る。ただ三機も逃げるわけではなく、彼らの助けになるように去り際に残った爆弾を投下したり、バックモニタ越しに銃撃を行っていった。
「しつこい」
ヴィエイナは、リンド機による追撃を受けていた。残弾と燃料のこともあるためあまり構ってはいられないのだが、地上と連携して彼女ばかりを狙っているため、鬱陶しいことこの上なかった。それでも、彼女の腕ならその間を傷ついた機体でもすり抜け、躱し、後退していくことが可能だった。
射程圏内だが、当たらないことをわかっているのか意外にも早々に射撃を切り上げたリンド機の、まるで恨めし気ににらんでいるかのような姿を背にしながら、五機のリジェースは北の方角へと去っていった。
視点はリンドに戻る。
襲来した飛行型ALたった五機によって基地を蹂躙された同盟軍は、勢いづいた敵地上軍の攻撃を浴びながらも、何とか形勢を立て直そうと躍起になっている。リンド達は、また一人仲間を失った悲しみに暮れる暇すら与えられないまま、補給と修理を受け再び敵を迎撃しなければならないが、それは他の部隊でも同じだった。
先ほどの攻撃によって、リンドの隊が受けた損害は大きかった。まず第一小隊のルー兵長が戦死、死体はひとかけらすら残らなかった。純朴でかわいらしい田舎娘の彼女は、砲撃のセンスから将来が期待できたというのに、あんまりな最期に彼はヴィエイナ・ヴァルソーを憎んだ。
第二小隊はタウケン伍長が戦死して残りがポパ一等兵ただ一人、第三小隊は無事だが残り三名、最早この部隊は戦えるような状態ではなかった。当初は四十名いたパイロットたちも九名プラス補充の四名という有様、ここで彼は全ての小隊をひとまとめにして第一小隊のみの編成に再編し、それを司令部に届けた。
次に彼はやることがあった、戦いはまだ続いているがまず義手の調整をしなければもう満足に左手は操縦桿を握る握力も残っていなかった。先ほどまではあまり動かさずに正面の敵に対応していればよかったため、義手の消耗は抑えられていたが、ヴィエイナに対抗する際に機体を激しく稼働させる必要があり、そのために義手の消耗が著しく加速してしまったようで、今はペンを握るのが精いっぱいという有様であった。あそこで彼女が一旦退いたのは、実は彼にとっても都合がよかったのだ。もしそのまま戦闘が続いていれば、彼は左を使えずに戦わなければならなかっただろう。
機体の整備をしてもらっている間、彼は義手をモルガン軍曹という兵士に見てもらうことになった。いかつい年上の男を想像していたが、座って待っていた彼の前に現れたのは女性であった。歳は一回りは上だったが。
彼女は背負って来た大きな軍のボックスをドスンと降ろすと、敬礼する。
「モルガン軍曹であります。早速ですが義手を外します」
「オーセス中尉です、よろしくお願いします。どうぞ」
上着を脱いだ彼は、袖をまくって左腕の義手との接合部を差し出した。周辺をさっと見てしまうと、彼女はあっという間に義手を外してしまい、手際よくばらしていく。その手際の良さに見とれていると、軍曹はもってきた大きな箱を開く。中に入っていたのは予想通り義肢のパーツだった。
リンドが使っているような軍用の義肢は、複数のメーカーで規格が統一されているため、義肢のタイプにもよるが製造したメーカーが違っても、どれも互換性があった。
「キサナデア製だからね……正規品はもう国内には入って来なくなって暫くですからね」
ごそごそと箱の中を探りながら彼女がそう口にするものだから、彼は背筋に冷たいものを感じ思わず尋ねる。
「じゃあ、義手は駄目に?」
「え?いいえ、入ってこないってだけでまだありますよ。ただね、そもそもそこの義肢選ぶ人がそんないないもんでですね、そんなにパーツのストック無いんです。えっと……あ、これかな」
彼女が取りだしたのは手首や指の関節ジョイントパーツの入ったプラスチックのケースで、交換が必要な関節部をリンドの義手から外していくと、軽くウェスで拭ってボトルを開け、別のウェスをその中の液体でぬらす。そしてそれで関節部の汚れを拭きとっていった。
「それは?」
「パーツクリーナーですよ、油汚れとかを落とします。その後にグリスを挿します」
「へえ……」
ここで彼は左手に顎を載せようとして腕がないことに気づかず、もぞもぞして何故左手の上に置けないのかと真剣に悩んだが、数秒後に気づいて赤面した。幸いというべきか、彼女は彼には目もくれずにまっすぐに義手を見つめて清掃作業を進めていた。
「キサナデアの義手は全体的にレベルが高いです、このレン社のはなおのことですね。細かさとかで言えば他所のがいいんですけど、軍用特化ですから頑丈性や整備せずにどれだけもつかという点では、軍配が上がります。ほら、整備性もいいからもう手首は終わりです」
既にグリスアップまで済ませられた彼の義手は、掌と手首関節がはめ込まれていた。今度は上腕の聖槍と整備を行い新しい肘が組み込まれ、続けて下腕に移る。
こちらは隠し銃の機構があるためそちらの整備が必要となるが、彼女は箱からまた一つ大きなボックスを引っ張り出した。中を開けると下腕が丸ごと出て来た。
「ユニットを丸ごと交換します」
「丸ごと……」
「銃の機構を整備してる時間ないでしょう?」
確かに一刻でも早く前線に戻らなければならない、猶予の無いのは彼女の言う通りだった。整備してる時間がないなら丸ごと交換すればいい、なるほど合理的だった。
「サイズもあってるはずです、うんよし……」
グリスを挿して腕が完成し、最後に指を整備する。簡易モデルではなく生の手のように指関節は全部動く高級モデルのため、指の整備は時間がかかるがこれも関節は丸ごと交換してしまうので、指自体の整備と注油を終えるとてきぱきと組み立てられ、あっという間に義手は元に戻った。
「最後に少し調整します。腕を」
促された彼は左の袖をまくって義手を嵌めてもらうと、モルガンの調整に任せる。
「ありがとうございます」
「役目ですから」
十分ほどで調整も終わり、以前のようにスムーズに言うことを聞くようになった左腕に感動を覚えつつ、彼はもう一度礼を述べた。
「軍曹、ありがとうございます」
「いえ、それでは戻らなきゃいけないので!ご武運を!」
「勿論!」
彼は左腕を誇らしげに掲げると、手を振って格納庫へと走っていった。さあ、殺そう、敵を。新品同様のこの腕で操縦桿を握り、整備してくれた彼女の想いも胸に、パイロットブーツがコンクリートの床に高鳴った。




