鯨狩り(2)
出力を十五パーセント上げ、一気にペダルを踏みこんで肉薄する。最早敵は目と鼻の先で相手もそのまま逃げ切ることはできないと踏んだのか、反転こちらを向いてアームを展開する。
「ヒッ」
不気味な四連のカメラがこちらをまっすぐ見つめている。思わず怖気づくが、恐怖を振り切って白兵戦を仕掛ける。
「やああああ!」
ビッグブレードが振動を開始し、超高速で振動するブレードは接する海水を湯に変えていく。何本もの電筋ワイヤー(※1)が詰まったカーボンチューブが、機体から伸びていく。普段は機体とブレード基部にワイヤーは巻いて、チューブは蛇腹状のため畳んで格納してあるが、使用時は任意の長さに操縦桿の専用トリガーを用いて引き出されるため思いのほかコンパクトに済むのだ。海水の抵抗を極力抑えるためブレードは平たく、チューブは細くなっている。それでも抵抗は激しいためこういった全速航行中は、攻撃対象よりも幾分か前に出る必要があるのだ。
まるで二匹の巨大イカが鯨に襲い掛かるような光景が、水面下で繰り広げられる。一番機のブレードが巨大ALの強固な外殻を切り裂かんと突き出される。それを姿勢制御でうまく躱すと、思い切り右のアームを突き出してヨッターを捕まえようとするが、空しく海中を掴むだけに終わる。やはり小型な分、機動性ではヨッターに分があるようだ。その隙をついて、回り込んだ一番機が背後から両ブレードをまっすぐ突き出した。金属の切り裂かれる音がコックピット内に反響し、ヒットしたことが分かった。一発は外したようだが、もう一発は相手の左のアームを酷く損傷させたようだ。抵抗に激しく揺らぐ損傷した左のアームが、ガンガンと機体に連続でぶつかりやがて抵抗には勝てず、千切れて夜の海に消える。これで相手の武器を片方もいだ。もう一つ潰せば、格闘兵装は無くなる。そうすればあとは簡単に切り裂いてしまえるのだ。そう思ったヨッターのパイロットたちは更に機体を近づけ攻撃を確実にする。その油断が命取りとなった。突き出されたアームを躱した二番機がその懐に飛び込み、勝利を確信したその時であった。激しい振動が機体に走りパイロットを揺らす。
「な、なんだ!」
最初は勢い余って衝突したのかと思ったが、そうではない。モニターは何かがカメラを覆っているのか殆どALの姿は見えず遮られていた。
「甘いんだよなあ。水中用だからってサブアームを持っていないと思ったのかあ?」
巨大ALの操縦士がほくそ笑む。そう、今二番機を掴んでいるのはサブアームである。通常サブアームは陸戦用ALに付けられ、基本的にちょっとした作業や弾倉の交換に用いられる。一応水中用ALも持っていないこともないがそれはほとんどが作業用の水陸両用ALで、非戦闘用に過ぎない。陸戦用の者は機体の可動の邪魔にならないよう小型で畳んであるが、水中用のは脚部や背部、胸部などに装備された装甲兼用の巨大なものである。理由は水中で重たいものを持ち上げるためや、水圧に耐えるため、またしっかりと物をw掴むためなどいくつかの理由がある。
この巨大ALの場合も作業用のものではあるが、戦闘にも使え、このようにクローアームの懐に飛び込まれた時の自衛用である。二本のサブアームでがっちりと捕縛された二番機は、サブアームの強力なシザーアームが食い込んでいき、切れ目から浸水を始める。アラートと水が滝のように機内に流入する音がする。
「ま、わあああああ隊長!!!」
助けを求める二番機に一番機もブレードを振りかざして救出しようと試みる。今敵はこちらに背中を向けている。
「流石に背中にはあるまい!!」
見たところ背中にサブアームらしきものは無い。確かにアームは無かった。だが魚雷があった。
「馬鹿め!」
機長がつまみを両手で二つ、捻る。直後、ALの背中から二本の短魚雷が発射され、一番機は避ける間もなく直撃を受けてしまう。
「な、そんなああ!!」
思わぬ反撃を受けた一番機は、前部の外殻を破壊された上に内殻もひどく食い破られたために動力を完全に失い、海中に吸い込まれていく。そのまま一番機は二度と浮上することはなく、水圧によってペーパークラフトのようにぺしゃんこに潰されてしまった。
そんなことは知らない二番機は、既にコックピットの半分まで浸水を受けている。一応密閉式のパイロットスーツを着用しているため溺れることはないが、冷たい海水が体を冷やし、指先をかじかませる。
「たいちょおお!誰か!!助けてくれえええーー!」
絶叫が轟き、無我夢中で操縦桿を動かす。それが功を奏したのか、偶然にもブレードがサブアームを切り裂き勢い余って敵の外殻に深く食い込んだのだ。
「C8ブロックに進水!コンバータとアクチュエータ損傷!」
機関士が機体の状況を機長と操縦士に伝える。
「まずいな、そいつを捨てて退避だ!ずらかるしかねえ!」
「クソッ、あと少しで船団をやれたのによ!」
機長の命令に、操縦士は舌打ちをするともう一本のサブアームでヨッターに刺さっているアームを引きちぎるとヨッターごと捨て全速力で現海域を離脱する。
「た、助かったのか……?」
機体の緊急自動浮上装置が働き、ヨッターは急速浮上する。海中に上がったヨッターの姿は見るも無残で、正面は原型をとどめていなかった。よくこれで生き残れたものだと、引き上げた母艦の整備士は語る。船団から急速に離れていく敵を駆逐艦が追いすがるが、やがて深度を取り始めソナーからは消えてしまった。
「逃がしてしまったが、とりあえず奴はもう来まい」
司令は巨大ALが消えた方角を、遠い眼で眺めながらつぶやく。だが決して、そのあとに続く言葉は口には出さないようにしていた。
一機だけでなければ
酷くやられた船団は、その後一本の雷撃も受けることなく無事四日後にビスクスム民主主義共和国の主要港、セイテンター港に到着する。一人も欠けることなく無事揚陸できたことに安心した四小隊の面々であったが、この後今までで最も熾烈な戦闘に参加することとなるとは誰も知らない。
※1 電筋ワイヤー:電気を信号にして動かすことの出来る特殊ワイヤー。自由に動かすためにフレームを使用できない機械に用いられる。一本では細かな動きができないため何本も必要になる。




