エンドライン(2)
リンド達第一中隊は、今までと異なり分散せず一か所にまとまって配備された。配備されたのは中央西寄りのH区画で、防御壁と塹壕がありその各所に中口径以下の砲台が設置されている。
〈中尉、これ以上の好き勝手は許さんぞ、ここを絶対防衛線として死守せよ。断固として撤退は認めん〉
「ん了解でありまぁす」
クソみたいな司令部からの命令を大人の態度で受け流したリンドは、手にマクチャールというケバブのような生地で具を包んだ糧食を持ち、いざという時にどうやって敵の攻撃に見せかけた誤射で司令部を吹き飛ばすかばかり考えていたが、フーフラーファ曹長からの通信で一旦その考えを止めた。
〈隊長、よろしいですか?〉
「どうしました曹長」
マクチャールを股の間に置く。カメラに映る曹長は思い悩んでいるようだった。
〈こういうことを頼むのもなんですが……その、もし自分が死んだら……故郷にいる両親に私の遺品を届けてもらえないでしょうか〉
そういって彼は小さな手のひらサイズの包みを取り出してカメラにかざす。堤の中には恐らく手紙と、爪なり髪の毛なりが入っているのだろう。まさかそんなお願いをされると思っていなかった彼は、困惑してなんと返せばいいのかわからず狼狽えてしまう。
「えっ……遺品を?えっと……」
〈ああ、すみません。場所はダンガイド州のクーリントッロ……ああ、書いてました〉
とフーフラーファは笑って包みを見せると、詳しい住所が書いてあった。
「いえ、そうじゃなくてですね、自分にどうして託そうとするのか、と」
〈あ、ああーそっちかハハハ!いや、すみません。ですが託すなら多分隊長が生き残れるんじゃないかと思いまして〉
「それは……何故?」
〈まあ客観的に見て、ですかね。まず隊長は重装型に乗ってるので単純に被弾しても生き残る確率が高い、普通の重装型なら前面に押し出されますが今の隊長は指揮官、それに攻撃じゃなく防御ですから以前のように一人だけ矢面に立って敵の攻撃を一身に受けるわけじゃない。次に隊長が今まで生き残って来たからですね。かなりの熾烈な戦線で生き残ってきましたよね、二度も捕虜になっても。そういうわけで、隊長が一番生き残れそうな気がするんです〉
確かに彼の言う通り、リンドの生存率は異常だ。そもそも死傷率が他の兵科やALと比べると高い重装型乗りが、二年以上も生き残っている時点で非常に珍しい上に、二度捕虜になって二度帰還し尚生き残っているということもおかしい。おまけに片腕を失っているのにずっと前線に立ち続けている。普通の人間ではありえない。
「ううん……曹長にそう言われると自分でもそんな気がしてきましたねハハハ」
彼とて死ぬつもりで戦ってなどいない、この戦いに勝って退役してセレーンと結婚して温かい家庭を作るつもりだった。散々稼いだ金で商売をするのもいいかもしれないなどと思っていた、どうせ金を稼ぐ目的はもうない。
〈でしょう、死んだらお願いします。この箱に入れておくので〉
そういって彼がカメラにかざしたのは小さな難燃性の軍の物資を入れる箱だった。重要機密書類を入れる箱で、そこらの兵士が持っているような代物ではないのだが、彼が持っているのは少し古いものだ。恐らく拾って来たか古いのをもらったかしたのだろう。あれならもし機体が焼かれても中身が無事である可能性が高い。ただし、もしコックピットが丸焼きになった場合、遺品を取るためにリンドは無残な姿に変わり果てた彼の姿を否が応でも目にしなければならないのだが。
「わかりました、死なないでくださいよ」
〈ええ!勿論ですよ〉
戦いはまず定石通り空爆から始まった。敵は制圧した沿岸部のシェーゲンツァート軍基地滑走路を修復すると、途中途中の島を経由して飛ばしてきた陸軍や空軍の大型爆撃機の群れで、濃密な爆撃を行った。
多くの兵士が死に傷つき、第一中隊からも復帰した直後のタウケン伍長が戦死した。ああ、せっかく怪我が治って復帰できたというのに……。新兵二人が戦場では劇的な死に方などないのだと思い知らされながらも戦いは続く。
勿論、シェーゲンツァート側も一方的にやられていたわけではない。当然迎撃をしている。ここは要塞というだけあって大量の対空設備が備わっているだけでなく、本来重装型に装備される四連装対空砲を二連装或いは単装にして他のALに無理矢理載せたり、地上砲台に戻したりするなど現地改修が行われたALが多数配備されており、それだけでなく対空型ALも五機も配備されていた。その為、敵の密度が高かったこともあり多数の敵機を撃墜することに成功した。この戦果はシェーゲンツァート本土決戦において最も戦果の挙げられた対空戦闘になった。
対空砲火の硝煙と爆撃による黒煙で空の視界は不良になり、また同時に空からも地上の視認は困難となったことで、爆撃は打ち切りとなり地上戦でレットルーレ線を攻略することを同盟軍は選択する。
「第一機甲大隊前進!!」
オースノーツ所属のAL大隊が我先に武勲を挙げんと前進する。少し古めかしい趣味を持つ大隊長はALに自ら乗り込み、また隊長の印として人間よりも大きなサイズの部隊旗を頭部のすぐ横に挿し、旗を風にはためかせながら前進していた。
「見ろよ、あれ」
「ん?……オー目立つなありゃ。司令部に連絡」
「やってる」
その様子を望遠レンズで眺めていたシェーゲンツァートの観測班は、オースノーツのバロンコス大佐が出て来たことを打電する。彼はちょっとしたエースパイロットとして両軍に知られていた。彼を仕留めれば、シェーゲンツァート軍の士気は大きく上がり、同時にオースノーツ軍の士気を下げることにつながるはずだ。
観測班より打電を受けた司令部は、すぐに座標を砲兵隊に送り座標を受け取った砲兵隊は、列車砲バゥランガーの主砲を流用した巨大砲塔を旋回させる。八十五㎝の口径を誇るこの主砲は、その重量の為に左右の射角や仰俯角が数度しかない非常に狭い砲だが、その口径のために最強の威力と射程を誇る。
目標であるバロンコス大佐との彼我の距離は僅か十㎞しかないものの、それでもこの砲を用いれば大佐はおろか、周囲のALをまとめて吹き飛ばせるはずだ。
列車砲の巨大徹甲榴弾とこれまた巨大な装薬を装填されると、ゆっくりとした動きで狙いを定め、水平射にて砲弾が撃ちだされた。
発射された瞬間、周囲の人間はこれまで聞いたことのない爆音に晒され、主砲の前方にある草木は全てなぎ倒され根から引き抜かれ舞い上がり、巨大な岩が地面から抜け出て転がった。
ほんの一瞬で弾頭は目標へと到達、直撃こそしなかったものの着弾地点より僅か五十mの距離にいた大佐のALは木端微塵に吹き飛び、同時に展開していた十五機のALが巻き込まれ十機大破、二機中破というとんでもない事態に陥る。三機もモニタ・センサの損傷などが発生し後退を余儀なくされる。
部隊はまだ三十二機のAL他残っていたものの、指揮官である大佐や随伴歩兵及び車両の三分の一を失ったことで一度後退を余儀なくされた。そして連合軍はこの列車砲を最大優先破壊目標に設定する。




