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武装鉄鋼アームドローダー  作者: 戦艦ちくわぶ
第九章 帝国
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双頭の巨人(2)

 全てが、目に映るモノ全てが燃えていた。モニタの向こうには燃える戦車、燃えるAL、燃える兵士、皆どれも味方の。


 フーフラーファ曹長!状況は!


 叫ぶが返答がなく、もう一度叫ぶがやはり何も返ってこない。


 ビテールン伍長!


 彼からも返答がない。ならば、と今度はリットール上等兵を呼び出すが彼もまた応答がなく、あたりを見回すとリンドの機体以外に立っている味方はなく、小隊員全員のALが無残に破壊され燃えているではないか。

 自分は一人なのか、その意識が芽生えると彼の手は震え涙が溢れ出す。炎の向こうに動く影を見て操縦桿を持ち上げて銃を構えると、敵のALがゆっくりと残骸を踏み越えながら接近してくる。それに向かって銃を向け引き金を引くと弾が出てきたが、命中したのに怯む様子すらなくそのまま静かに進んでくるではないか。


 新型!新型か!


 黒いシルエットしかわからない見たことあるような無いような、謎のALは一機、また一機と増え視界の届く範囲にまんべんなく並んで近づいてくる。


 来るな、来るな!……一斉射をブチこんでやる!


 リンドは一斉射のシステムを起動し、トリガーを引いた。一斉に発射された弾丸とロケット弾はその多くが敵に命中し爆炎を上げる。よし、彼は冷や汗をかきつつもほくそ笑むも、煙が晴れ始めるとその表情は硬く固まってしまう。

 敵は健在だった、少しも欠けることもなく少しも傷つくこともなく相変わらず接近し続け、彼はひたすらにトリガーを引き続けるがやはり敵は効いていない。やがて彼の機体は囲まれると、敵機は一斉に銃口を向け、銃弾を発射する。おびただしい量の銃弾を四方八方から撃ち込まれ、彼は炎上する機体の中で身動きが取れずにいた。


 助けてくれ!誰か!誰かーっ!!



「うわああーーーっ!!」

 叫び声を上げながら、彼はベッドから落下するとしばらくそのままの姿勢で硬直してしまうものの、すぐにベッド下から銃を取り出しまっすぐ、ベッドで上半身を起こしたまま向ける。そこは地下壕の兵舎寝室内であるため、コックピットなどではなく当然敵がいるわけもない。だが、彼には敵が見えていた、敵がいるのだ。

「なんだぁ?」

「うるせえぞ!」

 彼の叫びに、兵舎内で寝ていた他の八人も目を覚ます。

「隊長……?」

 一番に声をかけてきたのはモトルリル一等兵であった。彼だけでなく、他の小隊員のうち一名も同じ場所で休息をとっている。通常ならば士官であるリンドは下士官以下とは異なる部屋をあてがわれるが、この情勢では佐クラスでなければ分けられることもなく一緒くたにされていた。男女くらいは分かれているものの、それすらもごったになっていることも現状では少なくはない。

 彼はおびえた様子で身構えつつも、リンドをどうにか宥めようと試みているようで、恐怖に震えた掌をリンドは目にする。

「……一等兵、敵が……敵がいるぞ」

「い、いません……隊長……ここはしんっ、兵舎で、す……」

 塹壕、と更に付け加える。銃を構えたままリンドは固まっていたが、乱れていた呼吸が整っていくにつれ、自分の置かれている状況を把握し始める。

「俺は……すまん、疲れているみたいだ……」

 その場をこれで収めるため、彼はそう口にしたが確かに彼は目の前に敵を見ていた。オースノーツ陸軍の装いに身を包んだ兵士が、ライフルを抱えて三人、目の前に立っているのを見たのだ。

「今……夜中の三時です」

 モトルリルはオースノーツ陸軍の兵士の死体からかっぱらった腕時計にぼやけた目を凝らし、時間を確認する。

「もう少し休まれたほうが……いいんじゃないかって」

 周りの者は、状況が収まりそうであることが伺えると、ブツクサとこんな夜中に起こされた文句を言いながら寝床に戻り、彼も軽く頭を下げると隣のベッドに戻ったが、暫く眠れないだろう。

 自分の精神が異常をきたし始めていることを認めたくなくて、リンドは左手に握った銃をじっと見つめる。どこかで砲撃があっているのか、細やかな揺れによって埃や土がぱらぱらと落ちてくる。

(母さん、セレーン……俺は……そうだ、写真)

 リンドは横に掛けていたパイロットスーツの胸ポケットを探って写真を探そうとしたが、コックピットに置いてきたままだということに気が付いて、手を止める。彼女の写真が三枚と、家族写真が二枚。一枚は父も弟も、家族皆が欠けることなく映っている五年前の写真。もう一枚は父が出征する直前に撮った写真で、父は陸軍歩兵の服を纏っていた。その時は姉が仕事の都合で帰ってこれなかったため、姉だけがいない。

 セレーンの写真は、彼女とデートした時のものが二枚と、下着姿のが一枚。よりにもよってその下着姿のモノはコックピットのモニタ横に張り付けたままであったことを思い出す。

(あークソ……)

 おいてきてしまってもし紛失したりしたら、という懸念もあるが、どちらかというと彼が気にしていたのは、セレーンが他の男たちに見られるということの方で、彼女は自分だけのものだという独占欲が、ふつふつと湧いて来ていた。

 そのまま、リンドは眠れないままに朝を迎えてしまったが、こんなことがあってはそう簡単に眠りにつけるはずもない。もう一度眠ると、また同じ悪夢を見てしまいそうだったからだ。いや、そもあれは悪夢と片付けていいのだろうか……



 翌朝、具の殆どないスープと固焼きパン、ビタミン剤を摂ると、モトルリル一等兵を伴い隊の布陣している塹壕へと戻る。塹壕内では相変わらず忙しなく味方が東奔西走しており、彼らの邪魔にならないように自機のロテールに戻ると、機体を起動する。

〈隊長、昨晩は眠れましたか〉

 ケレッテ一等兵が疲れ切った声でそう尋ねると、リンドは少し間をおいて肯定する。

「お前も疲れてるな。よく眠れよ。眠る前に考え事はするな余計眠れなくなっちまう」

「心にとめておきます」

 疲れは兵士の最大の敵、睡眠不足に加え疲れが溜まると人間とにかくミスを重ねる。デスクワークならば、それで上司の皮肉は貰っても死ぬことはないが、戦場ではそれで簡単に死んでしまう。その睡眠をしっかり取れていない彼が言えた義理ではないが、部下には生き延びてもらいたいのが上官としての当然の思い、特に自分よりも年下ともなれば尚のことである。

 この防衛線では本格的な戦闘はまだ再開していないが、他の戦線では戦いは続いているようで、レーダーの端には敵機の群れが映っている。これがただの渡り鳥が映っているだけならばどれだけよかっただろうか。

 リンドはこの機体のことをもう少し理解する必要があったため、この時間を利用してマニュアルを読み進めようとしたのだが、指揮官という立場はそれすらも許してはくれないらしい。

〈司令部よりオーセス中尉、作戦会議を行うため出頭せよ〉

 クソ司令部は残念ながら未だ健在であり、オンラインですればいいものをどうしてわざわざ呼びつけるのかと、口にしそうになりながらもやっぱり口にしてしまう。

「はあ?何故司令部で行うのでありますか?ここで……ビデオ通話で済むのでは」

〈直接話した方がお互いの意志が通じやすいだろう〉

 命令で殺そうとしてきたくせに何がお互いだってんだ、流石にこの言葉は口には出さずに飲み込んだが、それでも抑えきれない苛立ちが眉間に出てしまう。

「……了解です」

〈速やかに〉

 通信が途切れると、彼は思い切り叫んで重たい腰をシートから上げた。

「クソボケがっ!!」


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