綻びから(3)
現地回収にしては手が込んでると思い簡単に調べるもののよくわからないが、おそらくそういう仕様なのだろうと自分を納得させ機体を立ち上がらせる。
事実、これは元々なかった仕様だが主砲の生産が追い付かないということで、急遽沿岸警備艦隊の海防艦の主砲を転用した速射砲を積んでいる。艦艇用の旧式砲を転用するということで難航すると思われたこのプランだが、意外にもスムーズに転用と設計変更は進み、一定数の速射砲搭載型ロテールが生産されており、リンドが今乗り込んだのがそのうちの一機ということになる。
主砲を滑腔砲からより口径の小さな速射砲に置き換えたことで、デメリットしかないと思われたが、砲と周辺装置の小型化による軽量化と、通常仕様では悪かったバランスが軽減されて取り回しがよくなり、前線で用いれるようになっていたため、怪我の功名といえるだろう。
そんな奇妙な子供に乗って、リンドは仲間の元へと舞い戻る。なれない機体ではあるが、操縦系統はシェーゲンツァート帝国製ALの標準統一コックピット規格を採用してあるため、操縦自体にはさしたる障害はない。問題は重ALとは全く異なる操縦の感覚にうまく慣れられるかどうか、であった。
彼は整備場から突撃銃と軽量盾を一つ拝借し、突撃銃の予備弾倉が三つ連なっているブラケットをマウントに引っ掛ける。更にグレネードボックスを拾うと、腰のマウントにはめ込んだ。これでそこそこ戦えるはずだ。
つまみを捻って無線を部隊と同じ周波数に変えると、味方に呼びかける。
「こちらオーセス中尉、第一小隊応答せよ」
するとすぐにフーフラーファ曹長からの返答があった。
〈中尉!今どちらに!〉
相変わらず無線の向こうからは戦闘の音が聞こえてくる。
「後方の整備場からALを借りてきました。すぐに戻ります。それより損失は!」
〈第二小隊と第三小隊から一機ずつ大破が出ました。第二の方はマーチ上等兵が戦死〉
「そうですか……とにかく、死なないよう持ちこたえて!」
〈もとよりそのつもりです!〉
機体は軽快で、重装型に過積載の武装を積んでいたルスフェイラと比べる時点で間違っているのだが、想定してよりも味方のもとに早くたどり着けそうである。到着する前に機体の設定を少しでも彼好みのものに書き換えて扱いやすくした方がいいだろう。
設定中にリンドはちょうど大きな悪路走破用輸送トレーラーに載せて運ばれていく、自分の機体とすれ違う。十中八九先ほどの場所に連れていかれるのだろう。
(よくもまああんな重たいもん運べる……)
戦闘の音は近い、流れ弾の軌跡が百mほど左を流れていくのが見えた。
そして味方部隊の隙間を抜け、リンドの乗った近接型ロテールが前線に躍り出て、ルー兵長の機体に棍棒を振り下ろそうとしていたウフフェヴジアに向かって、速射砲を連射しながら突っ込む。一発発射するごとに、後方から大きな空薬莢が排出され、地面で跳ねる。敵機と味方機が非常に近い距離で無理矢理射撃したために、ルー機にもいくつか被弾があったが、砲撃型は増加装甲を纏っているため損害は軽微にとどまり、逆に空挺用であるウフフェヴジアは装甲を貫通され大ダメージを受けよろめく。
「下がれ兵長!」
〈あったいちょっハイ!!〉
突然再び現れたリンドに困惑した様子の彼女だったが、すぐに彼のやろうとしていることを飲み込んで、よろめいた敵機を思い切り押しのけ彼女は下がる。
「死ねよクソ野郎!!」
彼我の距離およそ八十mという超至近距離で彼は足を止めると、速射砲と突撃銃を敵機に向かって浴びせる。
側面から大量の砲弾を浴びた敵機は、腕が飛び頭は砕けズタボロの状態にされると、その場に倒れこんで炎上し始める。敵機を撃破したことでルーの命を救い、彼女は礼を述べようとしたところでそれを遮るように彼の叱責が飛んできた。
「なんで砲撃型が前にいる!ほら見ろ砲が曲がってるじゃないか!」
〈すみません!!〉
彼の言う通り、彼女の機体のバックパックから伸びている、砲撃型を砲撃型たらしめる主砲は、先ほどの棍棒を受けたのだろう、先端から中ほどまで一目見てわかるほどひん曲がっており、砲身をたたきつけられたと予想できる胴体上部頭部側面の装甲が、砲身の形にへこんでいた。おまけに砲身基部も損傷しているようだ。
これでは砲撃が出来ないため、ただの装甲の厚いALになってしまった。
「とにかく下がれ!」
ルー機はキャノンだけでなく右腕を喪失しながらもどうにか生き残っており、敵弾を受けつつも後退していった。
〈隊長!なんでそんなもので!〉
と悲鳴にも近い声を上げたのは第四小隊のノーラ准尉であった。ロテールは大体練度の浅いが辛うじてALに乗れるだけの訓練は終えられたパイロットに大体あてがわれたもので、歴戦のエースパイロットが乗るような上等な機体じゃない。
「これしかなかったんだよ。(自機の)修理が終わるまでこいつに乗るしかないだろ」
〈しかしですね……〉
リンドはそんなことお構いなしに盾で敵の攻撃を受け止めつつ後退していく。
「意外と便利だなこれ」
盾を上半身を覆うように構えつつも、頭部に速射砲があるおかげで上半身殆どを守りつつ攻撃を行える利点に気が付き、戦時急造品でもいいところはあるもんだとしみじみしていた。
(拠点防衛にはいいなこいつ。少なくともアルグヴァルよりはずっと)
更にフリーの左手の腕部突撃銃でも攻撃ができるのはまた面白い。彼としては左利きであるため、左右逆の方がよかったのだが、ともかくこういった局地的戦闘では汎用性はあまり必要とされないのかもしれない。
たちまちに一機を中破させ後退させると、彼も急いで防御壁の裏へと下がる。敵はリンドのレーアルツァスがいなくなったことでにわかに活気づいていたが、それでも第十二特別陸戦隊や他部隊が思いのほか粘り続けたことで、勢いを挫かれてしまい後退を始める。
これで敵はしばらく散発的な攻撃しかしてこなくなったため、同盟軍はこの機に乗じて休養と装備の整備を行うことにした。
「使えるならもらいたい」
後方の整備部隊と連絡を取っていたリンドは、空きのあるALが一機新たにできたという話を聞いて、それをもらえないかと伝えていた。ピュループ上等兵は機体をガンシップに破壊されており、重装型の装甲のお陰でパイロットはほぼ無傷で済んでいたものの、搭乗機が無く困っていた。そこに新たに整備完了した乗り手のいないALがあるということで、それを要求したのである。ただ、先ほどの自身の経験から一抹の不安を覚えていたが。
「中隊長」
第二小隊長マターリ少尉がやってきて敬礼した。
「第二小隊は自分含め残り六機で、先ほど一機が損傷激しく放棄しました。パイロットのケプルーム一等兵はいかがしましょう」
「そうですね、とりあえず待機を。なんなら他のパイロットとの交代要員にしてもかまいません」
「わかりました」
「第三小隊のモリノ軍曹です」
今度は日に焼けた禿頭にひげ面の、いかにもベテランといった風貌をしたパイロットが現れる。
「第三小隊は残存AL残り五機、一機は両腕を失ってますよ。ほかもかなり酷え」
「わかりました。とにかく整備に回しましょう。その腕無しからせめて片腕だけでも。とにかく整備は万全じゃなくていい、応急処置で構いません」
「わかりました!」
先ほどからこうして絶え間なく指揮下の部隊とのやり取りを続けており、休息という休息が取れずにいた。これが部隊を率いる者の定めということなのだろうか、とキリルム中尉やボルトラロール少尉の苦労を想像し、ため息を一つ。




