月海原の神話(2)
「なんてでかさだよ!」
海中から飛び出してすぐ七十m先に並走するユース型駆逐艦ユースにのしかかっている巨大な物体に、リンドは目を丸くした。モニターには今まで見たこともない巨大兵器が映っており、それは巨大なハサミで一機のヨッターを挟み込んだまま離そうとしなかった。ヨッターはもがくそぶりも見せず、パイロットが気を失っているのかと案じたが、そんなことはなかった。むしろパイロットの神経は今までになく鮮明に、より敏感になっていた。ただ恐怖が支配していたのであった。
傾いた駆逐艦は機銃と主砲を旋回させて化け物を狙う。すると化け物の体から細長い何かがはがれたかと思うと、機銃を鷲掴みにして引きちぎったのであった。千切った機銃を海に軽々放り投げると今度は化け物は頭の付近から機銃を発射して主砲をハチの巣にしてしまった。
「アーム?それに機銃?……まさかALっていうのか!」
信じられなかった。まだそうと決まったわけではないが、今目に映っている巨大な化け物は水中用ALの可能性があった。大型ALは世界では今まで試作で三十m弱のALが作られたことはあるらしいが、それが限界らしく、それ以上巨大化させると脚部やフレームが自重を支えきれずに自壊してしまい成り立たないらしい。また巨大化させすぎると機動性がおろそかとなり被弾しやすく、可動部には絶大な負担がかかるため必然的に動きはゆったりとしたものとならざるを得ないため兵器としては失敗作となる。そのために大きなものでも兵器としては精々18mが限度とされていた。それを目の前のALは全て覆してしまっていた。
「なんであんな大きさのものが!クソ!」
あまり学がないため、これ以上のことは考えられない。とにかくライフルを敵に向けると、敵巨大ALは激しい金属音を立てて駆逐艦から離れ始めた。水の抵抗を考慮してあるのか各所が丸っこい姿ではあるが、それでもいくつかが船体に食い込んでしまっているらしいがそれを馬力にものを言わせて無理矢理引き抜き始めていたために船体はめくれ上がり痛々しい有様であった。
「あ、あ、あ……」
ヨッターのパイロットは船体が軋む音を機体が潰される音と勘違いしてシートの上で体を縮こまらせて震えあがっていた。
「神様、神様、お助けください。海神様、主よ、どうか……」
頬を涙が伝う。
やがて本当に機体は軋みはじめ、強固な外殻を誇るヨッターの装甲も、巨大ALの圧倒的なパワーの前には見る見るうちにつぶれ始めていた。
「神様……神様……」
最早彼に反抗の気力はない。危険を示すモニターが割れ、割れたパイプから音を立てて白い機体が噴き出す。
「助けて……あ、あぎぎぎガガガ……」
彼のくぐもった悲鳴は誰にも聞かれない。そして完全に腹部を潰されたヨッターは駆逐艦に叩きつけられると、そのままともに海中へと没し始める。巨大ALは、脱出した船員たちを下降潮流に巻き込みながら再び潜航を開始した。
「まずい、まずいぞ……」
リンドは汗を垂らす。潜ったということはもう一度攻撃を仕掛けてくるはずだ。海中は陸戦用ALでは全く手出しができず、一方的にやられるのを待つしかない。彼は自分は今狩られる側にいるのだと自覚する。
護衛の艦艇が爆雷を投射していくが、効果があるようには思えない。必死に抗う彼らをあざ笑うかのように、敵は爆雷を投下していた駆逐艦を一隻、魚雷で屠る。更に一隻の巡洋艦が艦首に被雷し、黒煙を上げて傾斜していく。
「どうやって倒すんだ!あれを!」
リンドの叫びは、まさに今、この船団全員の総意であった。
「司令!」
船団の旗艦、セカスト級護衛空母二番艦コルムートの司令部に、船団の司令官モイヤー・ルスルース大佐その人はいた。長年対潜畑で船に乗組んできたが、今回のような未知なる敵との闘いは経験がなく、長年の経験を持つ彼でも、内心焦りと不安を見せていた。
(通常の水中用ALであればまず魚雷で迎撃をするが……既に敵は我が懐、それに魚雷は当たらんだろう……うーむ……こちらのALはヨッターが六、いや五。一斉にかかったところで薙ぎ払われるのがオチか……)
悩ましかった。迂闊に兵力を投入はできないが、かといって迷っている隙に敵はこちらを沈めにかかる。予断を許さない状況に彼は頭を巡らせる。




