打ち込まれるは鋼の楔(2)
第三小隊と増援の第四小隊の二機、戦車隊などはやってくる敵部隊に対しよく奮戦した。だが、隣りの防衛線を押しつぶしつつある敵部隊は勢いづいており、リンド達の守るR3ラインに投入する戦力を増やし始めている。
大量の弾薬を消費してようやく二機目の盾持ちALを大破させた頃には、戦車隊に加えAWとAAを中心とした歩兵部隊までもが投入されじり貧になっていた。それを見たリンドは第三小隊に後退を命じる。
「第三小隊後退だ。R3ラインは全体が後退を始めている。第二十二防御陣地のあるY4ラインまで後退だ」
〈了解です〉
悔しいだろうが、こんなところで玉砕などする必要はない。華々しく散るよりもしぶとく泥臭くしつこいくらいに生き残り続けた方がもっとずっと戦い続けて敵を倒すことが出来る。それに死ねば情報も経験もそこで終わりだが生き残ることでそういった形に出来ない物を皆に伝え引き継ぐことが出来るのだから、死ぬより生き残った方が国のためにもなる。
第三〇二大隊は適宜後退を始め、その中で第一小隊は殿を務める。
「先に行け、俺はまずこの弾薬をどうにかせにゃならん!」
〈二百m先で援護を行います〉
「助かる!行けっ!」
フーフラーファ曹長を見送り、後はリンド機と装甲車二両他車両二両を残すのみとなった。その車両たちはリンド機の随伴としてついてくれるらしく、彼等を自分に付き合わせて死なせないためにも、リンドはここで一気に敵を叩くことにする。
「システム良し、ガトリング良し……行くぞ」
目前に迫る敵部隊、一番近いもので歩兵数名が目と鼻の先百五十mにまで接近している。ここで敵を一掃すれば戦線を維持できるように思えるかもしれないが、重装型が一斉射できるのは十秒もなく、その程度ではオースノーツ連合の総力を結集した大部隊を押し返すことは出来ない。たった一機では戦局を覆すことは出来ないのだ。それならば少しの時間稼ぎをして後方のより安全な防衛線で準備を整え待ち構えたほうがいい。
「くたばれよ畜生共が……」
一斉射の回路をスイッチし、上半身を右二十度に向けると引き金を引いた。
通常の倍の火力を積んだ重装型の一斉射はそれはそれは恐ろしいものであったと、この一斉射による数少ない生き残りのとあるニンジェス王国軍装甲車長は語る。あんなものは二度と出くわしたくはないと語って俯いていた。この五秒間の斉射によって三十人いた部下の全てを失いただ一人生き残ったと聞けば、それは無理もないだろう。
久々に戦場に鉄の嵐が吹き荒れた、新兵が多いこの戦場では重装型が戦場から消えつつあることも相まって、敵味方双方でこの一斉射を見るのはこれが初めてという者も少なくはなく、後退中の同盟軍兵士達もつい足を止めて振り返ってしまうほどだった。
上半身のみの斉射ではあったが火力マシマシのマシマシな分通常の重装型とは比べ物にならない火力に、そうさせたリンド自身すらおったまげてしまうほどで、いつにもまして斉射後は戦場に何も残らなかった。
「何つ―火力だよ。百機くらい作って並べれば勝てんじゃねえの……?これ」
勿論戦争はそう単純なものではない。
重量を大きく減らしたリンドは、安全になったため安心して背中を敵に向けて後退することが出来る。スラスターで機体を上昇させ穴から飛び出すと、機体のコンピュータの演算能力を脚部バランサーとショックアブソーバーに傾注させ、機体を走らせる。
この斉射をもってしてもギリギリの機体荷重に眉間に皺を寄せて塹壕につまずかぬよう気を付けて進む。ここですっころべば全ておしまいだ。
よく転倒していたことを思い出しつつ機体を走らせる。
「何止まってんだ走れ!」
部下たちが数名立ち止まって彼の方を振り返っていたのを見て、リンドは怒鳴る。
〈すんません!!〉
〈わわわ……〉
慌てて後退を再開する部下や他の隊の兵たちの背中を見ながら後方カメラで敵の様子を確認すると、流石にまだ体勢を整えきれていないようで、焼け野原の前で狼狽えて立ち往生しているのがわかる。そこに誰が指示したのかはわからないが、砲撃が飛んできて戦場で愚かにも足を止めていた敵は吹き飛ばされていく。泣きっ面に蜂だ。
彼等は千m内陸にあるY4ラインに向かってひた走る。まだこのあたりまでは敵は浸透していないようだが、この様子であればここまで敵が来る日はそう遠くはあるまい。
道中、リンドは味方の戦車が泥でスタックしているのを見つけ、脚で押してやるとスタックから回復し、車長から礼を述べられた。乱暴に見えるかもしれないが、このやり方は教習にも記載されている救助方法の一つだから問題ない、ただしこれは緊急時に限るが。
いかにALと言えどもマニピュレータで五十~六十ガトンもある戦車を持ち上げるのは難しく、そもそもそんなことすれば繊細な指や手首が破損してしまう。それに戦車を持ち上げるとなると人間と違いALの可動域には限度があるため、手が届かないどころか場合によっては転倒しかねない。汎用兵器ALと言えども、人間の真似事には限度があった。
よく見ればあちらこちらでスタックしており、スムーズな後退とはいかないようだ。ALであればこの程度の泥濘くらい踏み越えていけるのだが車両となるとそうはいかないらしい。
戦車は先ほどの一両を除いて立ち往生しておらずあれは珍しい例らしい。装甲車は戦車よりも装甲が薄いため、脚で押すにもより注意を払いつつリンド達ALは車両を押して回る。
〈おい、敵さんも体勢整えてるぞ〉
護衛の車両から無線で伝えられ、上半身を回して振り返ってみると彼の言う通り整った部隊が焼け野原を踏み越えて、無人となった陣地を制圧しにかかっているではないか。恐らく部隊を再編したのではなく無傷だった部隊をそのまま持ってきたのだろう。予備兵力を持ってくるにはあまりにも速すぎる。
(流石はオースノーツ連合ってとこかよ……)
あれだけの兵力が羨ましく思えるが、羨んだところでない物ねだりをしてもしょうがない。リンドはロケットをとりあえず撃ち込んどくか悩んで止めた。今攻撃を受けていないのだからわざわざつついて刺激する必要もあるまい、と。だが折角彼がロケットポッド発射のスイッチから指を離したというのに、当然と言えば当然であるのだが、敵は進みの遅いリンド達に向かって攻撃を始めた。
「うわっ!クソッ!」
あちこちでロケット弾による爆撃の爆発が起き、兵士や車両が吹き飛ばされていく。リンドは救助を止めると、五十mほど戻り反撃を開始する。機体システムはサスペンションからバランサーと火器管制に演算能力を動かし、ぬかるんだ大地でも踏ん張って撃てるように組み替える。
両脇に抱えていた大型機関砲を一丁アームに持たせると、両手でしっかりと一丁の機関砲を構え腰を落とし狙いを定めて精密斉射を行う。三点バーストに切り替えて発射するため、フルオートと比べれば弾幕は薄いが代わりに無駄弾をばら撒かずに済む。




