終わりのない防御(3)
一旦敵は撤退した後、二日程嫌がらせのように重迫撃砲や自走砲による砲撃を行ってきたが、散発的でありそこまでの脅威ではなかった。
「敵が思ったより……」
雨降りの夜、コックピットの中でリンドはここ数日の戦闘記録を見返しながらふと気づいたことがあった。二日前に敵を退けた時までは敵が押し寄せてきていたのだが、昨日からは見るからに投入される敵戦力が少なくなっているではないか。
敵はこの戦線を諦めたのか後回しにでもするつもりだろうか、彼は眉間に皺を寄せるが士官学校を出たわけでも別段頭がいい方でもなかった彼の頭脳では、戦略など上手く考えることが出来ない。
「ボルトラロール少尉かキリルム中尉なら……」
あの二人なら何か気づけたのかもしれないと思いつめる彼は、自分の至らなさを恥じていた。だが、彼には相談する相手がいる、自分より年上で経験豊富な部下たちが。
「第一小隊オーセス中尉より各隊長へ」
そう呼びかけると二名の部隊長から返答があった。
〈こちらバーロラ、どうしました〉
〈ノーラ准尉です、何でしょう〉
AWを率いるノモメス隊隊長バーロラ中尉と第四小隊のノーラ准尉が応じてくれた、他の者は休憩中か負傷し治療を受けている。
「実はここ二、三日の敵の動きが気になるんです」
とリンドは画像を送った。送った画像はそれぞれコックピットにあるコンソールに表示される。
〈敵の侵攻パターンですね〉
ええ、とリンド。
「急に敵が来なくなったもんだから敵はここを後回しに使用としてるのかと思ったんですが、どうでしょう。何か違う気もしなくもないんですが自分には何かわからなくて」
彼は適当にごまかしたりせずプライドなど始めからかなぐり捨てて部下たちに尋ねた。するとバーロラ中尉は何か心当たりはあったらしく、
〈ふうーん……あー、もしかしたら〉
「なんです中尉」
〈他の戦線の敵の侵攻情報を照らし合わせてみましょう〉
「わかりました……えーっとこれかな」
リンドは両サイドにある他部隊が守っている戦線から共有されている敵の情報の画像を表示し同様に送って見比べてみた。すると三日前と今朝とで敵の数が大きく異なることに気が付いた。ということはつまり、敵はこのR3防衛ラインに投入する戦力を両サイドのR2及びS1ラインに投入しそちらから攻略してしまうという魂胆のようだ。
〈つまりですね、この二ラインが落ちたら我々は三方向から攻撃を受けるということになります。下手すりゃ四方向全面が敵に〉
バーロラ中尉の分かりやすい説明に血の気の引いたリンドは、震える声で提案した。
「え、えっと……つま、り、これは司令部にっ連絡した方がいいのでは……?」
自分たちだけが気づいて司令部が気づいていなければ、撤退も出来なくなってしまうではないか。そう懸念した彼だったが、意外にもノーラ准尉から返ってきた言葉はとても落ち着いていた。
〈恐らく司令部も気づいているかと。こちらから司令部が良く見えるのですが一時間ほど前から出入りが増えていますから〉
「そ、そうか……そうだよな……」
第四小隊は第一小隊の守る位置から一km右斜め後方に展開しており、三〇二大隊の司令部はすぐ横に設置されているため、ちょっと横に眼をやれば動きは丸わかりというわけだ。
「後退する準備は必要というわけか……各部隊は総員すぐに後退出来るように通達しておかないといけないですね」
〈ええ、ですが気を付けないと誤って早くに下がってしまう者も出ると思われますので〉
「ええ、そのあたりは各小隊長の指示でお願いします。他の隊には自分が伝えますので」
〈了解です〉
〈ハイ〉
通信を終えたリンドは各小隊長宛てにメッセージを送った。そして次に第一小隊の面々にも同様に。
一つの問題が生じたところでリンドは個人的な問題を抱えることになった。それは彼の機体が重すぎることである。以前にも述べた通り、今のリンドの機体は機体の積載可能量を越えて武器弾薬を積載しているため、碌に歩くこともできない。そのため今こうして埋まっているあなぐらから出ることすらままならないのだ。恐らくスラスターを目一杯全開で吹かしても持ちあがらないだろう。
そのため彼も後退するためにはある程度弾薬を消費する必要があるが、重装型が防衛線にて大量の弾薬を消費する場合、敵に囲まれているという危機的状況であることが多い。少ない敵に使ったところで見込まれる効果は薄く、同時にその程度に対し一斉射しては弾薬が勿体なくもあるからだ。
一息ついたリンドは水を飲むと、コックピット内で眠りに就いた。次の交代まで残り一時間ほど、その短い間までにできるだけ体を休めておきたかった。
両サイドのR2及びS1ラインはよくもっていた。以前よりも激しい敵の攻撃にうまく対応し、戦死者を出しつつも彼等の戦力よりも数の多い敵に対し撃退するなど、活躍は目覚ましく、連合軍部隊にとっては目の上のたん瘤を避けたら迂回路にもたん瘤があった、という形となる。
〈うーわ〉
右端を守っている第三小隊に所属するカムチ軍曹は、集中砲火を浴び仰向けに倒れて小さな爆発を起こした敵ALの最期を見て呟いた。コックピットハッチに的確に浴びせられた砲弾に隣の部隊の練度を見る。
「軍曹、前見ろ来たぞ」
〈うっす〉
第三小隊長オッタータ少尉は前方から敵重ALが三機とそのすぐ後ろに四機の通常型ALが、そして更にその周りに戦車と随伴歩兵がたむろしている。防衛線の端に位置しているとこうして敵の攻撃部隊の端っこの方が押しとおろうとしてくるため、戦闘に巻き込まれやすい。おかげで第三小隊も激しい戦闘に置かれやすかった。
オッタータ少尉は砲撃型に乗っており、砲を水平にすると少しだけ小高い位置にあるこの陣地に向かって登ってくるALに照準を合わせた。敵はただ重装甲というだけでなくこれまた分厚そうな大きな盾を三機ともが構えており、その分ALが持つ火器自体は軽ライフルあたりの小口径の銃を抱えていた。
(片手でよくあんな盾持てるな……)
どう考えてもマニピュレータのキャパを超えているだろうと思わざるを得ない厚い盾に、そのメカニズムが気になったが今はそんなロボット工学についてなど考えている場合ではない。彼は砲撃用トリガーを押し、先頭の機体めがけてAPFSDSを発射した。
弾頭は盾の中央に直撃し爆発を起こした、しかし煙の中から現れた敵機を見て彼は目を疑った。
「厚すぎだろ……」
普通の盾ならそれで周辺が吹き飛んでしまっているはず、しかしその盾は表面を抉られこそすれど貫通すらしていないのだ。何という分厚さ、重装型AL並の装甲厚らしい。
〈新型の複合装甲とかかもしれませんよ〉
「うーん……」
それは十分にあり得る問題だった。シェーゲンツァートもこの戦いは総力戦であるため試作兵器すら投入する始末、敵だって当然新型の兵器を投入していたっておかしくはない。
「オッタータより各員へ、新たに現れた盾持ちの敵ALの盾は非常に分厚く新型装甲の恐れがある、簡単には抜けないため注意せよ」
〈了解〉
〈了解です〉
〈わかりました〉




