終わりのない防御
休憩時間に三十分ほど食い込んで戦っていたリンドも流石に疲れがピークに達しており、すっかり明るくなってしまった頃にようやくフーフラーファ曹長の班と交代した。
〈しっかり休んでください隊長〉
「曹長頼みます」
〈ええ〉
リンドはハッチを開けてふらふらとした足取りでAL用塹壕の上部にある人間用の通路を進んでいく。そしてすぐ近くの地下に入ると手近なベッドに飛び込み、十秒しないうちに眠りに落ちてしまった。時折パラパラと振動によって落ちてくる塵がベッドから突きだしている彼の右足のブーツに降りかかるが、死んだように動かない。
一分一秒でも多く眠りたかった。
彼は夢を見た、これが夢であると自覚できたのはきっと周りの環境の奇妙さによるものだろう。空はピンク色で当たりはどこかも知らない磯。そこで彼は二十年くらい前に流行った古臭い服に身を包んで波の音に合わせてふらふらとステップのような何かを踏んでいた。
周りには誰もいないが、代わりにテーブルクロスのかけられた高さ三十㎝ほどのテーブルがあり、中央では魚のぬいぐるみが寂しく一匹横たわっている。
ああ、夢らしい。そう口にしたつもりだったが呂律は夢の中では回らない。
せめてセレーンでも出てくれれば、と思ったが自分で創り出した幻想ではないため自由に考えることは出来ないようだ。やがて海が錆色に染まると急速に視界が暗んだ。
目を覚ました彼は、時計を見る。時間は十三時五十分で交代の時間までまだもう少しある。深く呼吸をすると、夢を見たことを思い出して内容を思い出そうと頭を抱える。確かに奇妙な夢を見たという記憶はあったのだが、夢の内容は往々にして起きた時には忘れられる。彼が覚えている限りの内容を思い出すが、それが何かの暗示であったり将来を指し示すものであったようにも思えない知っちゃかめっちゃかな内容、つまりただの夢。
「はあ」
なんでまたこんな重要局面でそんな意味のない夢を見るのかと彼は自分の頭の正気度を疑ったが、夢だってきっと予知やら暗示やらを期待されても困るだろう、夢はただ、自らの姿を脳味噌の持ち主に見せているだけに過ぎない。
「腹減ったな」
すっかり眠気の冷めてしまった彼は、欠伸をすることもなくブーツの汚れに気づくこともなく休憩所を後にし食事をとってコックピットに戻っていった。
「ジェネレータよし、FCS正常、空調も……よし。曹長、状況は」
〈おはようございます、いつも通りどんどん前線が迫ってます。早いうちに後退した方がいいとは思いますがね〉
ハハハ、と曹長の軽い口調で述べられた悲観的な意見を笑って流しつつも彼もそれは感じていた。他の部隊の指揮官もそうしているように、防衛のために玉砕するのではなく、適度に後退することで兵員の消耗を抑えつつ、新たな防衛線の戦力を増やし防御を固めるということを繰り返している。中には逃げること敵わなかった者や、追い詰められたことで狂気を持った指揮官やそれに同調してしまったことで壊滅した部隊もあったが、半数近くの部隊は打撃を受けつつもより内陸部の防衛線に後退出来ていた。
ただ、リンドが下がるためにはある程度弾薬を使わなければならず、そうしなければこの機体は数歩歩いたところで関節が自重に耐え切れず崩壊してしまうからだ。そのばら撒きの時が来たらしい。
消費を抑えつつばら撒いて重量を減らし後退に備える、まるで矛盾しているが事実矛盾しているため、リンドは頭を抱えていた。
「こちらオーセス少尉じゃなかった中尉。観測所、敵戦力なんでもいい集中しているところを教えてくれ」
〈了解、座標325050。敵APCが五分前に集結しているのを確認した〉
「了解助かる」
礼を述べると、右肩の十二連装ロケットポッド一基を起動し三発教わった座標を入力し発射する。短距離ロケット弾は次々とポッドから白煙を曳きながらグングン上昇し、すぐに地面へと角度を変えると、今度は一本一本が複数の子弾をばら撒き地上にゲリラ豪雨のように小さな爆弾を一気に降らせた。
一発一発は焼夷弾であるため、ALなどの密閉された装甲兵器には効果が薄いが、代わりに空気に触れると発火する特殊燃料を満杯に詰めてあるため、それが空中で炸裂し広範囲に飛び散る。すると炎が上から降ってくることになり、無防備な生身の人間やオープントップタイプの車両は火に巻かれてあっという間に焼け死んでしまう。恐ろしい殺傷兵器だが、もしこれを民間人が沢山済む人口密集地に使えば、一体どのような惨劇が引き起こされるのかわかったものではない。
〈隊長、十一時方向にグレーのALが見えました〉
リットール上等兵の報告に、レーダーを確認するが映っていないため、感度を調節するが映らない。しかしその方角を拡大すると確かにALが四機、見たことない奴が映っていた。新型のステルス機だろうか。
リンドは謎のALを迎撃するために左肩の十二連装ポッドから四発を今度は山なりに直射した。これは先ほどのとは異なり成形炸薬弾であるため、ALでも一発で吹きとばせる。ただしALに積む大きさの制限上厚い装甲を持つ機体は当たり所が良くなければ撃破しきれないことが多々ある。
ロケット弾は機種不明の敵機に一発が直撃したが一発は足元、残り二発は後方に外れてしまい、直撃したものも右腕を吹き飛ばすことには成功したものの本体は無事に見える。
敵機はすぐに散開しつつ、一気に距離を詰めるため全力で走行を始めた。煙のため映像は不鮮明だが、持っている武器に大型火器はないように見えるし、砲撃可能なキャノンを背負っている機体も無いように見える。しかし厳密には一機がロケットバズーカを持っていたのだが、先ほどのロケット弾を腕にもらった機体がそうだった。
そうとは知らない彼は、重火器も無しに防衛線を突破しようなどという試みは無謀すぎると考えつつも、敵が馬鹿なだけだと願いつつ残りの敵を始末するため他の機と共に迎撃する。
だが、ここで別方向からも敵が来た。AWとAAの部隊が装甲車と共に随伴歩兵を従えて十二時方向から群れを成して迫っているのだ。ALよりもこれらの方がより近いため、ALは別の部隊に任せる判断をする。
「オーセス中尉だ、第二小隊、十一時方向の機種不明の敵ALはそっちが近い。そっちで対処を頼む」
〈こちらマターリ、了解〉
第二小隊隊長マターリ少尉は、自身を含め四機で敵の迎撃に入る。また、機動戦闘車隊や戦車隊などもそれに加わる。
〈こちら第三小隊オッタータ。我々も加勢した方がいいか〉
「頼む。敵は見たことがないALだから秘密兵器でも載せているかもしれない」
〈了解〉
第二小隊よりも左斜め後方に展開している第三小隊も攻撃に入る。




