上陸開始(2)
二日後、改めての空爆と艦砲射撃による露払いの後連合軍は第二次上陸作戦をジェバルウ海岸に向けて仕掛けてきた。迎え撃つシェーゲンツァート軍は敵の攻撃によって打撃を受け多数の死者を出し、また設備への被害も少なくはなく、三日前ほどの強固な抵抗が出来ずにいた。次々とズンベージやノズヴェウというこれまた水陸両用ALが上陸を始めるが、敷設していた地雷は大半が使用済みか除去されており、アンチシップライフルを持った機体も大破したかライフルが破壊されてしまっており、撃破が進まずにいた。
また、このあたりの制空権を失っているというのも大きく、制空権を失っている状態では地上軍は陸海空三方向から攻撃に晒されるという意味でもあった。
たった今一つの半地下の機関銃陣地がノズヴェウの放ったアームズバスターによって吹き飛ばされ、土と共にバラバラになった機関銃や肉片が飛び散る。上陸をした揚陸艇から飛び出した兵士達は先日よりも薄い砲火の中で全身ずぶ濡れになりながらも匍匐前進で進む。
「弾持ってこい!!」
カモフラージュされた野砲陣地で、観測手が叫ぶと少し遅れてキャリアーと上に載せた弾薬箱を狭い通路にガタガタとぶつけながら、幼さの残る女性兵士が駆けてきた。その後ろからは装薬を積んで同じくらいの少女がぶかぶかの軍服に身を包んで駆けてきた。
「すみません!!」
「次だ次!」
「ハイッ!!」
空になったキャリアーに空薬莢をいくつか載せて元来た場所へと二人は走っていく。そんな二人を振り返ることなく、砲兵は直接照準で上陸を始めたばかりの、揚陸艇から今まさに降りようとしている軽装甲車に狙いを定め撃った。砲弾は外れ揚陸艇の操舵室に命中し、操舵手と艇長を戦死させる。
両軍ともに毎秒戦死者を出しているが、戦争は止まらない。倒れたズンベージからよろめきながらも脱出に成功したパイロットは、地面に降り立つ前に機関銃弾を浴びて海岸に落ちていった。
〈こちらエンベー小隊上陸成功!繰り返すエン〉
ノズヴェウのパイロットは無事上陸できたことに興奮し舞い上がってしまい、周りが見えなくなっていた。交信中に脚に対戦車ロケットランチャーを食らい、バランサーを喪失、不安定な足場も相まってノズヴェウは転倒する。
「クソ!駄目だ後退するぞ!」
上陸した敵からの熾烈な攻撃を受け壊滅的打撃を受けたある部隊は、生き残った数名で現状のラインを放棄、より後ろのラインへと後退することを決定し、地下トンネルを駆けていく。突貫で掘られたこのトンネルはところどころが狭く死に物狂いで急いでいることもあって肘などをぶつけて擦り傷から出血するが、それどころではない。
いくつもあるトンネルでは、少しずつ部隊の後退が始まっておりジェバルウ海岸は敵に掌握されつつあった。
一機のルスフェイラが砲身が焼け付いたアンチシップライフルを捨て、盾と突撃銃を装備して後退を始める。当然ALが通り抜けられるような地下道はないため、ALや車両などは地上を行かねばならない。彼女の僚機は砲撃や上陸した敵の攻撃によって三機全てが撃破されており、二名が死に一名が重傷を負って昨日後送されたため、彼は一人で下がらねばならなかった。
彼女以外にも陣地にトンネルのない者だろうか、数名の兵士が地上を這いずるように後退していくのが見える。
「はあ、はあ、やだ死にたくない死にたくない死にたくない!!」
盾や機体に次々と銃弾が当たってその度に衝撃と大きな音とがコックピット内に響き渡り、警報はさっきからずっと鳴りやまない。べそをかきながら彼女は女には重たいペダルを踏み込んでルスフェイラを走らせる。
彼女の中には志願したことへの後悔とほんの三カ月前までの友達や学校での楽しい思い出が目まぐるしく渦巻いていた。しかもそれなりのパイロット適性と狙撃適性があったせいでこんな最前線に友達とも引き離されて配属されてしまったのだから、自分の半端な適性を恨む。
「ううっ、こちらっ……ひぐっ、モリュケル一等兵でっありまずっ……誰か、助けキャアア!!嫌だぁ!!誰か助けてよおぉぉおっ!!」
クレーターで凸凹とした地面だが、上半身だけ正面に向けた背走状態でも彼女はこけることなくうまく走っていくが、それは理解しているというよりも本能でそうなっていた状態だった。おまけに被弾と反撃の揺れの中でも敵に命中弾を出したりしているのだから、彼女には案外エースパイロット乃至それなりのパイロットになれる素質があったのかもしれない。惜しむらくは、彼女をエースに育て上げる時間がシェーゲンツァート帝国軍には残されていないということだろう。
頭部を吹き飛ばされながらもなんとか逃げ切った彼女だが、味方に合流しその後どうなったのかは誰も知らない。誰も証言できる者がいなかった、いやいなくなったのかもしれない……
シェーゲンツァート北部、北シェーグ海ではシェーゲンツァート帝国海軍による最期の抵抗が繰り広げられていた。
第一艦隊所属で同艦隊において生き残った最後のフライハイネリ級駆逐艦ルールは、三隻の巡洋艦及びフリゲート艦と共に戦艦シェーゲンツァートに付き添うように航行していた。第一艦隊旗艦にしてシェーゲンツァートが誇る最強の戦艦シェーゲンツァートは、五発の爆弾と三発の魚雷、その他攻撃を受けて艦首が左舷側に沈下しており、艦首自体も決して高いとは言えない波の中でも冠水するほどに傾斜していたが、それでも生きている第一、第三砲塔や副砲等は果敢に応戦し続けていた。
「一時方向敵巡洋艦接近!!」
「取舵二十!!」
「とーりかーじ二十ーっ!!」
ルールの艦橋は、一時方向から迫ってくる巡洋艦マイダラスの姿を認めていた。マイダラスも被弾の影響でうまく舵が取れないのか、恐らくルールに対してあるいはその先にいるシェーゲンツァートに対して特攻を仕掛けようとしているようだが、徐々に舵が左に取られているようで、面舵でも取らない限り恐らく衝突することは無いだろう。
だが攻撃しないわけではない。
「右舷対空砲水平射!薙ぎ払え!!」
艦長の指示が下ると、反航戦となるマイダラスに対し右舷側の対空砲が全てマイダラス艦上に向けられると、一斉に銃弾が放たれた。距離二百mそこらの超至近距離で右舷側に鉄の雨が降り注いだマイダラスは艦橋や第二艦橋、までもがグチャグチャのひき肉に変えられ、操舵の効かなくなったために一気に左旋回を始めてしまい、誰にも止められなくなった。止めようにも舵輪すら破壊されて沈めるか燃料切れ以外に止めようがないのだが。
「全砲座対空迎撃に戻れ!」
合図ですぐに対空警戒に戻るが、次なる問題が出てきていた。対空銃座が敵を寄せ付けず且つ撃墜していく中で
〈十番銃座弾切れです!〉
〈五番高射砲残弾僅か!〉
〈十八番銃座残弾無し!〉
〈一番銃座弾切れだッ!!〉
弾切れ問題の発生だ。沢山銃座があるということはその分一度に消費する弾の量も多いためフライハイネリ級は常にこの弾切れ問題に悩まされ続けてきたが終ぞ解決方法はなく、昨日満杯に受けたはずの補給も使い切ろうとしていた。
大量の対空装備を積んだ結果主砲は単装砲一門のみ、魚雷は無いという代償によって各銃座の弾を使い切ったフライハイネリ級は、二百年前の初期の駆逐艦よりも弱かった。




