上陸開始
総力戦に両軍が疲弊し始めていたが、それでも全体的に見ればシェーゲンツァート軍が押され気味であった。ジェバルウ海岸では遂に強襲揚陸艇が水陸両用ALと共に上陸を始めており、海岸に設けられた堅固な沿岸要塞が熾烈な砲撃を行っていた。
ズンベージという全体的に丸みを帯びたシルエットが特徴的な重水陸両用ALが頭を出す。やがて肩、上半身、と海岸に近づくにつれて全体が露わになり、そして何よりそんな潜水服のような巨人が何体も無機質な顔を晒しながら上陸しようとしていた。その後方からは装甲化された強襲揚陸艇が群れを成しており、その中には軽戦車や歩兵、工兵などが所狭しと詰め込まれている。彼等は全員がオースノーツ兵ではなく、占領地で徴収された現地人や植民地の人間、捕虜といった使い捨ての兵力を中心に編成されており、彼等がこの必然的に犠牲の多くなる揚陸作戦でオースノーツ人の代わりの弾除けとして用いられていることを窺わせた。
彼等とて従いたくはないが、従わなければ銃殺、そして故郷で待つ家族が酷い目に遭わされるため従うほかなかった。例え前部ハッチの向こう側にあるのが死だとわかっていても。
沿岸基地では旧式のALや巧妙に擬装された半地下式の機関銃陣地、堅牢なベトンで固められた沿岸砲台など多重の防衛戦力で迎え撃つ。
「目標確認、攻撃開始」
サイオスG2型が深い塹壕から銃とバックパックから伸ばしたカメラだけを出して先頭を進むズンベージを狙う。目標は地上で他の兵士がレーザー目標指示装置を用いて示しており、三機のALが重火器で各目標を狙う。
サイオスが構えているのはいつもの突撃銃ではない、この距離では突撃銃でズンベージの正面装甲を打ちぬくことは出来ない。そのためアンチシップライフルという大型の対艦船ライフルを持ち出している。これは巡洋艦の装甲を地上のALから撃ち抜くことを目的とした銃だがALが取り回すには大きすぎることや、そんな状況下になることがあまりないことから制式化されなかった失敗兵器であったのだが、今回のこの防衛線においては有用とされ急遽少数が生産、僅かな部隊に配備されていた。勿論、この奇妙な武器だけでなくロケットランチャーやキャノン、機関砲などを揃えている。
「発射」
アンチシップライフルが轟音を上げて125㎜徹甲弾を撃ちだす、放たれた砲弾は音を置いてけぼりにしてレーザーを当てられたズンベージの正面装甲、一番硬いコックピットハッチをぶち抜きその上で勢い余って貫通し水面で撥ねた直後一艘の揚陸艇を粉砕した。
彼我の距離およそ二千離れていたにもかかわらずこの精度と威力はまさに決戦兵器と呼ぶにふさわしいものがあったが、やはり戦線を覆すほどにはなれない。取り回しが悪すぎた。
他の二機も発射し全弾が命中、あっという間に三機のズンベージと一艘の揚陸艇破壊の戦果を挙げた。ズンベージも負けじと背中に背負っている十六連装ロケットランチャーを一斉射、高い角度で撃ちだされた無数の弾頭は方向転換をしまっすぐ地面へと降り注ぐ。
死の流星群を受けた陣地、直撃をもろに食らった場所はクレーターとなり兵士達の死体は跡形も残らず、一機のALは融合炉の誘爆こそ免れたものの爆発四散した。
陣地からの砲火がひるんだ今の内とばかりにズンベージが進むが、一歩踏み出した直後大爆発を起こして右足を喪失したズンベージはただでさえ足元のわるい砂場で立ったままでいられるわけもなく、関節を軋ませながら横倒しになる。おまけに運の悪いことに倒れた先にも右足を吹き飛ばしたそれはあった。
倒れたズンベージのパイロットが最期に見たのはモニタに向かって砂浜から飛び上がって勢いよく飛びついて来る大きな対AL磁気地雷の正面だった。直径四mもある巨大地雷をいくつも海岸に設置しており、いくらかは沿岸からの砲撃ではかいされてしまったもののそれでも大多数は残りこうして敵に上陸をさせまいとふんばっている。
地雷の存在は敵に全身を躊躇させるには十分な威力を発揮した、前進を戸惑っている敵はその間足を止めて無防備となる。そこに隠蔽された砲台やALが的確に砲撃を撃ち込んでいき、ジェバルウ海岸に次々とズンベージの骸が晒されることとなった。それでも揚陸艇は止まらない、ここまでくれば止まれなかった。
彼等は海岸にたどり着く前に数艘が撃沈されながらも無事上陸できるものも現れ始め、ハッチが開くと同時に突撃を始めた。だが、ハッチが開くときは敵の機関銃や歩兵の小銃でも有効打を与えられるようになるということでもあった。
ハッチが開いた瞬間、第908号艇の中に機関銃弾が荒れ狂い、百名と二両の装甲車がいたのに十秒ほどで十名程にまで減っていた。彼等は皆地面に足を付ける前に銃弾の雨を浴びてハチの巣になっており、それを装甲車は踏み越えて揚陸する。だがそこに隠蔽壕から野砲が発射され、ハッチから完全に降りない内に破壊され炎上し擱座したために、後続の装甲車と兵士が降りられなくなってしまった。
思い切りのいいものは側面の壁を越えて砂浜に飛び降りたが、脚がすくんだり迷ってしまった者は、続けて発射された砲弾に吹き飛ばされて死んでいった。もっとも、揚陸艇から飛び出した者もすぐに狙撃を受けその場に突っ伏してしまったのだが。これで第908号艇の乗員は全員が戦死した。三名しか海岸に足を着けることができずに。
こうして全滅する揚陸艇がいる一方で運よく大半が上陸できた艇もいた。第906号艇は数少ない一つで、揚陸用軽戦車トランツェル二両と六十名の歩兵は無事水浸しになりながらも海岸に取りつき、匍匐前進で進んでいく。
その間にも数名がやられていくが、彼等は止まることは無い。
が、そこにプロペラの音が近づいてきた。なんだと思い顔を上げた小隊長は頭を撃ち抜かれ戦死する。連合軍兵士が目にしたのは驚くべきことに爆装をしたプロペラ機が自分たちに向かって突っ込んでくる姿であった。それはシェーゲンツァート軍で百二十年前に採用されていた当時は最新鋭だった単発爆撃機ジェレ、傑作機とも言われ現在でものちの時代に生産された機体が民生用として販売されエアレースなどに用いられているほどだった。
しかし飛んできていたのは紛れもなく軍用機仕様、一体全体どこにそんな骨董品があったのかわからないが旧式だろうが何だろうが、銃弾だって爆弾だって現代人を殺す能力は十分に持ち合わせている。
ジェレは非常に地上が近いにもかかわらず勇敢にも機銃掃射をしながら爆弾を投下、地上からの対空砲火をすり抜けながら906号艇の隣にいた804号艇と乗っていた工兵八十余名を吹き飛ばし二名を機銃で仕留め後方へと帰っていった。
「なんだアイツ!!クソ!」
あんな博物館級の代物にやられたなんてあの世でどう説明すればいいのか、絶対にやられるわけにはいかないと憤りながら生き残った者たちは進んでいく。前方からは辛うじてマズルフラッシュで発射位置だけは確認できる陣地からの機銃掃射が見えるだけで、反撃は敵わない。ズンベージが攻撃をしている間にどうにかより深くへ食い込んで陣地掃討をする必要があったが、このままではそううまくいきそうもなかった。
百mほど左ではズンベージがまたアンチシップライフルによって頭部を撃ち抜かれそのまま仰向けに倒れていく。砲撃で仲間の体がちぎれ飛び、機関銃の射撃でバタバタと倒れていく。
結局ジェバルウ海岸に上陸した連合軍第一波は壊滅、海岸は赤く染まっていた……




