笑う脚
シェーゲンツァート沿岸で血で血を洗う如き戦闘が繰り広げられている中で、本土上空でも侵入してきた大型爆撃機隊と防空戦闘機部隊との戦闘が始まっていた。地上部隊が見上げる上空では遥か高空にて、大型爆撃機の群れがより小型の群れに襲われそれを払うように同じくらいの大きさの群れが群がる敵機を迎え撃っているようだった。
その様子を地上部隊は塹壕や地下壕などの安全な場所に身を潜めて爆撃に備える。
一人の学徒兵が頭を出して上を見上げようとしているのを見つけた元教官であり今は彼等を率いているコレルロ大尉は慌てて彼の襟首をひっつかみ引き戻す。
「馬鹿野郎!頭のない死体になって親の元に帰りたいのか!!」
「すみませぇん!!」
ったく、彼は呆れたようにため息をつくとその場にいる者たちに今一度聞かせるため呼びかける。
「お前たち、いいか。お前らはこれが初めての実戦のヒヨッコだ。経験なんてない、戦場のことは期間短縮された机の上と演習場でならった訓練でしか知らん。わかるな、本当の戦争じゃない。だがこれからが本当の戦争になる。だからとにかく今は経験者である俺たちのいうことを聞け」
「ですが教官」
「二等兵!今は隊長と呼べ!」
「すません!!」
彼が怒鳴った相手もまた若いというよりは幼いという方が近い兵士だった、そして彼等は軍学校でコレルロ大尉が教鞭をとり指導していた最後の兵士達だ。彼等は皆学校を休学してきた志願兵や徴収された元一般人で、リンド達のように元から軍学校に通っていた純粋な兵士ではない。
「それでだ」
彼が何か続きを伝えようとした瞬間とんでもない衝撃と振動が地下壕を揺らして薄暗い電気は点滅し、彼等は土を被る。
「爆撃だ!!」
「死ぬ!!死にたくない!!」
一気にパニックに支配される三十五人の若者たち、それを自身も恐怖しながらもどうにか宥めようと声を荒げるコレルロだったが、ふとあることに気が付いた。焦げ臭さもなければ二発目以降の爆発も落着の衝撃もないことに。
「待て!!爆弾じゃないかもしれない!!」
その言葉にパニック状態に若干の落ち着きが見られたかと思った矢先に再びいや連続して同じような衝撃が彼等を襲ったため、当然ながらパニックは収まらない。
「頭を伏せて落ち着け!地下壕から出るな!!抑えろ!!」
彼の言葉に少しだけ精神的余裕のあった三人の兵士が、地下壕を飛び出そうとした二人をのしかかって押さえつけて逃走を防ぐ。
「敵前逃亡は銃殺刑だと教えたばかりだろうが!!」
そんなことは彼等とてわかっているが、頭で分かっていても体は本能は命惜しさに逃げ出そうとする。この包囲された島国でどこに逃げ場があろうというのだろうか……
そして最後に大爆発、今度は確かに爆発であることを感じたがこの場所からしばらく離れているようだった。
「こちら九〇九小隊!何が起きたんだ!クソッ」
コレルロは無線で本部と連絡を取るがこの爆発でアンテナが損傷したのだろうか、聞こえてくるのはノイズばかり。
そんな爆発やら振動やらが続いたあと爆発も収まったのを確認すると、彼は二人の部下を引き連れて地下壕の外に出る。何かしらの被害が出ているような気配はない、負傷者も特に出ている様子もなかったため爆撃による被害は酷くはないように思われた。だが、どうも様子がおかしいので塹壕から出てみると彼等は先ほどの奇妙な爆撃の正体を見た。
「残骸か……」
コレルロは空を見上げた。彼等のいる塹壕の近くには多数の航空機の残骸が突き刺さっており、中には本体と見られる大きな残骸がいくつか遠ざかるようにランダムな位置で激しく燃えている。どうやら上空で起きた迎撃戦によって撃墜された航空機の落下先がどうやらこの周辺だったようだ。
迫りくる敵機は撃墜すればいいし落ちてきた爆弾も迎撃して空中で起爆させればいい、だが残骸ばかりはどうしようもなかった。
「これ、エンルザンルスじゃないですか」
と一人がそう言って指さした先にあったのは、エンルザンルスというシェーゲンツァート空軍が運用するインターセプターだった。航続距離は極端に短いため陸上で迎撃戦闘機としてしか運用出来ないが代わりにそのべらぼうな推進力に物を言わせた上昇率と搭載可能な火力が特徴の、まるでロケットのような戦闘機だった。落ちているのは大体が敵爆撃機のもののようだが、中には友軍機の残骸も混じっており、頭上で死んでいるのは敵だけでなく味方も同様だということを否が応でも理解させられる。
「覚えておけよ、よーくな。これが戦争だ、誰だって死ぬんだ、英雄になんて慣れる奴はほんの一握りさ」
「英雄って言うとジョルネブ大尉やオーセス少尉のような?」
「そうだな」
ジョルネブ大尉はシェーゲンツァート海軍の空母艦載機乗りで雷撃機エースであるケーレル・フォロ・ジョルネブ大尉のことで大戦を通じて今なお生き残って戦い続けており、今日までの戦果は空母三、戦艦一、巡洋艦十八、駆逐艦二十一、潜水艦三、フリゲート艦六、その他補助艦艇五十二、他共同撃沈四十二という今大戦において航空機パイロットにおける対艦船トップのエースであった。またそれだけでなく航空機も八機撃墜しており空でもエースだった。他にも各国各軍に多数のエースがいる。
そしてオーセスと言えばリンドである、今は中尉だが。彼は知らず知らずのうちに名の知れた英雄八人を殺っている他、何よりも本人も誰も知らないが今大戦において大量破壊兵器を使わず通常兵器で最も敵兵を殺した兵士になっていた。そんなとんでもない男がこの場所から僅かに三十km後方にしか離れていないところにいるとは思いもよらないだろう。
このラインが前線となるのにはまだしばらくかかるだろうが、それはつまり世界最強と名高いシェーゲンツァート帝国海軍が敗北したということを意味する、また空軍などの航空戦力も敗北を喫し制空権も失っている頃だろう。その状況下でこの場にいるどれだけの兵士達が生き残れるというのだろうか。
シェーゲンツァート攻略作戦開始から十二日が経った、既にシェーゲンツァート海軍の半数が壊滅、無傷の空母は僅か二隻のみで東側にあるジェバルウ海岸辺りは防衛線が手薄になりつつある。
航空機パイロットや整備士、艦船乗組員は大した休みも取れないまま戦い続けており、特に海軍は航空機と違って下がることも難しいため疲弊もピークに達しつつある。だがそれは敵も同じこと、数で遥かに勝る連合軍でも兵士達の損耗は激しくとりわけ空母の戦闘機パイロットの疲弊は甚だしいことこの上なかった。何せ艦隊の対空防御、母艦と艦隊の護衛、爆撃機の護衛を彼等海軍と空軍のパイロットだけで行わねばらななかったためである。
どの国からも離れた位置にあるシェーゲンツァートは一番近いのがパリオーサ諸島国であるがそれでもやはり遠く、それにパリオーサは占領したとはいえ戦闘で破壊した基地を復旧出来ていないため滑走路の殆どが使えない。唯一使えるようにした滑走路から日夜休まず長距離戦闘機を飛ばしているが限界があり、そのため空母艦載機が何でもしなければならなかった。




