殿はこれまで(2)
ビテールン伍長はショットガン持ちの機体に対し銃撃を加えていくが、距離が遠くまた敵も彼等同様にビルを盾にしているため中々当たらない。装甲している内に、マガジンから弾がなくなり最後の予備弾倉へと交換する。
突撃銃の弾倉は一個につき五十発、そんなにたくさんあるわけでもないが少ないわけでもないスタンダードより多めという位だ。リンド機の持っていた機関砲の装弾数がおかしいだけである。
「まだかよバッキャロー!」
対した数はもう残っていないと思われていた第一防衛線だが、思っていたよりも長く撤退は続き、かなり長い時間が経過したように感じた頃にようやく最後の一両の銀色のミニバンが攻撃によって抉れた路面に揺られながら走っていった。
〈伍長殿!最後の一台です!〉
基地寄りの位置で撤退する味方の車両を守っていたケレッテは、先ほどのミニバンの運転手から自分たちが最後だという報告を受け、それをビテールンに伝えると彼は待ってましたとばかりに拳を握り、部隊に後退を指示する。
〈了解です!〉
〈分かりました!〉
生き生きとした声が通信機越しに聞こえてくる、彼等を、折角生き残った彼等をどうしてもこのまま返してやりたかったビテールンは、気を引き締めて殿を受け持った。
「わりいなルルペラ」
彼は足元の部下にそう詫びると、ルルペラ二等兵は大丈夫です、と震える声で答えた。
「自分ひとりより伍長の操縦する機体に乗っていた方が確かですから」
「やってやるさ……」
ヘリのプロペラ音を機体が拾う、後方からやってきた攻撃ヘリが高速で低空飛行しながら次々と対地ロケットと機首のチェーンガンを地上に向けて斉射し、先ほどのショットガンの機体も含め追撃してきた敵の先遣隊はことごとくが炎に包まれて倒れていく。
「うおーーっ!!!」
〈やったーっ!!!〉
〈ヒューッ!!〉
地上からはヘリ部隊の見事な攻撃に歓声が上がり、熟練ヘリパイロットたちは損失もなく颯爽と基地へと帰投していく。虎の子のヘリ部隊のおかげで脱出の隙を得た第一小隊は、このチャンスを生かすべく反転して味方の後を追う。
舗装路の上は舗装を破壊してしまうため平時は非推奨だが、戦車などの車両同様にALだって未舗装の道よりも舗装された平坦な道の方が最大限速力を発揮出来るため、走れるのなら舗装路を進みたい。
百ガトンを超す鋼鉄の巨人が二足歩行でこれだけ全速力で走れば、当然舗装された道路はどれだけしっかり作ってあろうと粉砕され蹴り掘られ、見るも無残な姿になっていく。車両を先に行かせたのは正解だっただろう、並みの車ではALの走った後の道路は走れそうにないほどに荒れ果てていた。
これは後々直すのに苦労しそうだが、直すことが出来るだけマシだろう。失ったモノは二度と取り戻せないのだから。それにこれはただの破壊だけに非ず、舗装が破壊されたことで道を車が進めないということは、追手も同様ということだ。今背後から迫っている敵の車両は空挺用の軽量車両のはずで、悪路走行用の戦車はあまり装備していないだろう、加えて装輪式の車両でも重量の軽量化を重視したことで悪路走行性などの重要な性能が犠牲になっている確率が高く、無理に通ろうとすればサスペンションの破損や横転を誘発させかねない。これはれっきとした撤退時におけるAL運用方法の一つとして教本にも載っていることだった。
先ほどのヘリ部隊の攻撃のおかげでしばらくは背後は安心だろうが、油断は禁物。いったいどんな方法で新たな攻撃を加えてくるかわからない、何せ相手は精鋭部隊なのだから。
ビテールンの読みは当たった、ヒュオオ、という大口径の砲撃特有の着弾が接近している風切り音がしたと思った次の瞬間、ルルペラ機のすぐ横に着弾、巻き上げられた地面の破片が無数に機体に当たり、爆風によって煽られ機体がよろめくが倒れるほどではなかったためそのまま機体が自動でバランスをとって立て直し、走行を続ける。
「ン何なんだ砲撃型でも居やがったか!?」
後方カメラを確認すると、一両の戦車が砲口から煙を上げているのが見えた。いや、ただの戦車ではない、よく見ると四脚の戦車だった。
「足が四つある!気を付けろなんかわかんねえけど四脚戦車が狙ってる!」
〈四脚!?なんすかそれ!〉
聞きたいのはこっちのほうだ、と言いたい気持ちを抑えて彼はジグザグ走行を始めた。なんで今更そんなものが出張ってきたのかわからないがとにかく変な秘密兵器でも載せているかもしれない、載っていなくても戦車の主砲の直撃には重装型でもなければALは耐えられない。ましてや背中なんて。
常にバックカメラで戦車の動きを注視しながら操縦するのは少し難しかったが、出来ないことではなかった。戦車は脚の関節を動かすだけで、一歩も動かずに車体の向きを絶妙に変えると再び主砲を撃ってきた。
「光った!」
直後に発砲音を拾い、砲弾はルルペラ機の右腕を肩から下で吹っ飛ばす。
「うわああっ!!」
機体をよじり更にスラスターを吹かして、その上で横の高速道路の高架の柱に機体をぶつけて何とか転倒を避けたが、その時の衝撃でコックピットハッチが破損し、右モニタが割れてしまう。
「伍長!なんか光が見えます!」
「ああ?」
ルルペラの言葉に何を言っているのかと聞き流そうとしたが、ふと外の騒音が大きくなったことに気が付き、まさかと思い機体の密閉状況を確認すると、ハッチが歪んだことで隙間が生じてしまっていたのだ。つまりルルペラの言った光とは外の光が漏れ入っているということに他ならない。
「ヤベえな……」
ただ隙間が生じるだけなら問題ないが、彼が危惧したのはナパーム弾などで機体が炎に包まれる、毒ガスが発生する、潜水するといった場合にその隙間からそれら人間を殺すものが入ってくるという懸念であった。いくら鋼鉄の装甲でも中の人間までは丈夫にはなれない。
「そうだ全機スモークを焚くぞ」
〈あっそうか!了解〉
〈了解であります!〉
今更思い出したことだったが、多くの陸戦用ALにはオイルを廃熱口付近に吹きつけてスモークを焚く方法がある、それを三機同時にやればかなりの量が焚けるはずだと考えた。
スモークを焚く直前駅の方から激しい爆発が発生し、幾つもの爆炎が舞い上がるのが見える。どうやら仕掛けていた爆弾が爆発し駅や線路、列車を一斉に吹き飛ばしたらしい。これで敵は線路を使えなくなり地上での大量輸送は暫くできなくなるはずだ、ただしズズマ以降に限るが。
吹きつけが始まるとほどなくして機体から大量の煙幕が発生し始め、それが三倍なのだからそれはもう大変な視界不良を引き起こし、追撃に来ていた謎の四脚戦車も撃つことが出来ずやきもきさせられるばかりであった。
こうして無事基地まで後退できた第一小隊は、病院にて治療を受けていたリンド達と共に本国へ戻れる船へと乗ることが出来たが彼等は思いもよらなかった、まさか自分たちが二度と異国の地を踏むことがないなどとは……




