殿はこれまで
このままでは死守命令が出てこの遠い異国の人気のない都会で焼かれる運命にあった第一小隊であったが、ここにきてようやく運命が味方した。
最早戦闘継続が不可能であるため後方の部隊との交代を進言しようとすら腹を括っていたビテールンだったが、いで往かんとしてルルペラ機から降りようとしたところで通信が入った。
「こちら第一小隊十番機ビテールン伍長」
〈こちら司令部。単刀直入であるが、司令部は撤退を下した〉
「は……はあ?」
思わぬ言葉が返ってきたものだから、つい彼は気の抜けた声で反応してしまう。
「ゴホン、失礼しました。撤退を……?」
困惑した様子で確認すると、声の主であるケルトーレ中佐はその命令に対しいたく不満そうな声色で司令部命令について更に話してくれた。
〈シェーゲンツァート帝国大本営がズズマの放棄を我が軍の司令部に対し“提言”したようだ。シェーゲンツァートの提案を無視できない司令部は言うことに従ってこの街から撤退し代わりにモオンニャート(リンド達が駐留していた港湾基地)の防備を固める方針らしい〉
「へえ……」
あの大本営がねえ、と口には出さないがシェーゲンツァートの大本営にしては珍しい判断に思わず顔が綻んでしまっていた。誰がそう判断させたのかはともかく司令部としてもこの街をこれ以上維持するのは不可能と判断したらしいが、かといって敵は空挺部隊のみ、補給があるとはいえ限りがあるはずで基地から増援でも贈ってくれれば維持は可能である。それが出来ないということは基地の方に問題があるかはたまた敵の本体が目前まで迫っているか、だ。
いずれにせよこの街はかなりの被害を受けておりまた維持したところで本格的に戦火に飲まれるということもあって住人たちが戻ってくるとも思えなかった。放棄は正解なのだろう。
これ幸いとばかりにビテールンは嬉しさを面に出さぬよう努めつつ、了解の返答をする。
〈撤退に当たり君たちには殿を務めてもらいたい〉
「は、了解でありますが第一小隊は既に壊滅状態にあり単独戦力では不可能です」
〈それはわかっている。基地から戦闘機と戦闘ヘリ一個中隊が支援に出てきている〉
「来ている?」
〈そうだ、今しがた飛び立ったばかりだからもう来るだろう……来たな〉
レーアルツァスのレーダーも高速で基地のある方角から近づいて来る識別信号を捉えた。制空権は未だ維持しているらしいが、恐らく敵も基地へと攻撃を仕掛けるために奪取したこの国の航空基地から戦闘機や爆撃機を出してくるに違いない。そうなると劣勢の同盟軍の航空戦力で数で勝る連合軍の航空戦力に優位を取り続けるのは難しくなるだろう。早めに脱出しなければこの国から出られなくなる危険性も高い。それだけは避けたかった、今まで異国の地で斃れ二度と故郷の潮風を嗅ぐこともできなかった同胞のためにも、同じ航路を往かぬためにも、故郷で待つ家族のためにも……
「脱出は今から始まるんですね」
〈そうだ、既に負傷者を優先的に移送している。君たちには今送ったポイントに集結し、この百二十八番幹線道路を守ってもらいたい。時間は可能な限り長く〉
「了解です」
〈頼む〉
通信が終了し、ビテールンとルルペラは送られてきたマップに眼をやる。赤く光っている集結地点はすぐ近く二百mほど西に進んだところでなるほど確かに足元では兵士達が車両に乗って移動を始めているわけだ。一部の兵士は残って持っていけない兵器に手榴弾を投げ込んだり火を放つなどして破壊して回っている。
彼は部隊回線を開く。
「全機聞け、司令部から撤退の指示が降りた。これから航空支援の下モオンニャート基地まで後退するが俺たちはまあ予想通り殿だ。だが死守しろという命令でもねえ。脱出できるギリギリまで守ればいいらしい」
〈はあ……〉
それは実質的に脱出不能ということにならないだろうか、とケレッテはうつむく。折角生きて第二防衛線から戻れたというのに、これではまるで意味がないじゃないかとすら思った。しかし臨時指揮官であるビテールンは違う。あくまで時間稼ぎであり死ぬつもりも死なせるつもりもなかった。それに、悲しいかなもう既に第一防衛線に残る兵力は少ない為、そう長く脱出にはかからないだろうというのが彼の見方であった。
ケルトーレ中佐が来てからもちょくちょく小出しながらも補充戦力が来ていたため、あれだけの戦力から減り続けたというわけでもないものの、それでもやはり決して多くはない。多ければきっとこの街を放棄する判断を上は決定しなかっただろう。
非常に急な決定ではあったが、逃げるなら早いうちがいい。早いほうが損害も少なく立て直す時間が取れるというもの。
「とにかくこの場所に移動する。生きて帰ろうぜ」
〈ハイ!〉
「ルルペラ、悪いがまた借りとくぜ」
「いえ、伍長が使った方がいいですから」
引き続き彼がこの機体の操縦権を握り、ペダルを踏み込む。補給型は装甲は中装型レベルだが大量の武器弾薬を運ぶために足回りだけは重装型と同じセッティングにしてある、そのため中装型の感覚でも重装型の感覚でも操縦しづらい。また、積荷を沢山着込んでいる時ならいいが消費するにつれ機体が軽くなるため、始めとは操縦の感覚が異なってくる。一応ソフトウェアがその辺は調節してくれるが限度があった。
丁度ルルペラ機はそのほとんどの弾薬を失ったあとの奇妙な操縦感覚に包まれた状態であるため、熟練したビテールン伍長が操縦する方がいいのだろう。先ほどは急いでいたため気づかなかったが改めて冷静に操縦して見るとそんな独特の感触に眉間に皺を寄せつつ送られてきたポイントへ向かった。
兵士達は続々と移動を開始しており、敵が撤退に気づくのも時間の問題である。鉄道ならば一気に運べるのだろうが、列車を動かすための電力もなければ鉄道員もいないため、いくら重機や戦車を操縦できても専門外である電車の運用までは流石の軍人だってできないため、いつもの方法で移動するほかないのである。
「早く行ってくれよな……」
足元では乗り捨てられた民間車両に乗り合わせて兵士達が移動していく。装甲車の類はそもそも足りていない上に多くが破壊されてしまったため、こうして使える物は何でも使って行かねばならない。ふと、ケレッテは足元を行った一台の装甲車に見覚えがあり、砲塔から頭を出した兵士が手を振って来たのを見て第二防衛線から一緒に逃げてきたあの装甲車であることに気が付いた。どうやらあれから無事合流できたようだ。
〈伍長来ました!〉
「クソ!」
正面を見張っていたリットールはすぐに銃撃を行う。片腕を失ったALがショットガンをぶっぱなし、逃げていたバンに一発が命中、それだけで民間用の車両などスクラップに変えられ何人かの兵士が死んだ。




