業火を御せ(2)
水を飲んで冷静になったビテールンは、改めてリンドの様子を観察し始める。怪我は胴体だけかと思っていたが顔の左側に小さいながらも止血して傷口を塞ぐために使った医療品が張り付けてあり、コックピット内で爆発が起きた際にモニタの液晶ガラス片などが飛来し彼を襲ったことがうかがえた。
今は恐らく鎮静剤でも打たれているのだろう、ぐっすりと休んでいるが薬が効くまでの間痛みに苦しんだに違いない。
ビテールン伍長は自分が負傷した時のことを思い出していた、それは彼が初陣の時に発生した。巨人ハンターと呼ばれる対AL歩兵部隊は世界各国殆どの国に設置されており、まだその恐ろしさを身をもって知っていなかった彼は、とある密林で逃げる兵士を見つけて調子に乗って単機追いかけてしまった。
当時の副隊長(既に戦死した)の制止も聞かずにノコノコと誘い出されてしまった彼の機体はその二分後に大破、彼も四カ所を縫う外傷を負っただけでなく、助けに来た先輩も負傷させてしまった。誰も死ななかったのは不幸中の幸いであったが、その日以来二度と敵の誘いに乗らないように心にしかと刻みつけていた。
水筒の蓋をしめるとポケットをごそごそとまさぐり、中からチョコバーを取り出して毛布の中に差し込んで置いた。三つに割れていたが味に変わりはないだろう。
「じゃ、俺も休みますんで。曹長には伝えときますよ」
そう言って立ち上がり、血と薬品臭い診療所を後にした彼は、通信部へと向かい現状をフーフラーファ曹長に伝えると自分も休むと話を早々に切り上げすぐにその場を去った。
「ふああーあ!ねっむぅ……」
やるべきことを全て済ましたことを自覚した瞬間、急にドッと疲れが押し寄せた彼は、ふらつく足取りで兵舎にむかった。兵舎と言っても夜勤の駅員が泊まりで休むための宿直室であるが。ここは簡素ながらもベッドが置かれているが、僅かに六つ、それをALパイロットを優先に交代制で使わせてもらうことになっていた。
過酷な任務に最前線で投じられるA兵器のパイロットたちは給与以外の面でもこうした優遇措置が為されており、食事も他より少しだけいいものを貰える。勿論恨まれることもあるが、ヒヨッコ以外は大体が気にも留めない。自分たちにはそれだけの権利があると考えているからだった。
そういうわけで、ビテールンは清潔で柔らかなベッドに飛び込むと十秒もしないうちに死んだように寝入ってしまう。途中迫撃砲弾の爆発が遠くで聞こえてきたがそれにまったく気づきもせず、休憩に来たルルペラに揺り起こされるまで夢の中であった。
二日後、リンドはベッドの中で爆発音をBGMに水を飲んでいた。爆発が起きるたびにパラパラと埃が落ちてくるため、カップの中に入らないように手で覆いながら飲むのは疲れる。おまけに右腕は無事だったが義手の方が被弾による損傷で不具合が出ており、小指と薬指が開いたままほとんど動かなくなってしまったのだ。
不便極まりないものの義手がなければ彼は確実に命を落としていたそうだ、後から検診に来たカタルンマの軍医曰く、大きな金属片が二の腕に刺さっておりもし生身の腕乃至腕を上げているなりしてそこに義手が来ていなければ、それが心臓を肋骨ごと貫いていたはずだったとか。
おかげで左腕は隠し銃も使えなくなったし胸に怪我を負うことは避けられなかったものの、生きているだけでも儲けものであると考えるようにした。痛む胸と顔にため息をつきつつも彼の眉間に皺を寄せている原因となっているのは、やはり部下のことである。
今ここにいるALはビテールン機、ルルペラ機、リットール機のたった三機、それに対し敵は数が不明だが練度の高い空挺兵、不安しかないが今の彼の体ではALに乗ること自体が敵わないため、こうしてただ臭い寝床で顔をしかめているしか出来ない。
ちょくちょく聞こえる規則的な振動は恐らくALであろうということが、この二日で分かってきた彼だったが、遂には補給型か中装型かまでなら凡その聞き分けすらつくようになってきていた。それは両者の重量の違いによる足音の重さというものもあるが、もう一つは動き方、頻度である。
中装型は最も聞こえる足音で移動したら少しの間そこで撃ち続けるが位置が固まって砲撃を受けるのを避けるため時折移動する。対して補給型は殆ど動かず攻撃にも参加しない、極力目立つのを避けるためで代わりに中装型よりも増設されている観測機器などを利用して死角を補う目となる。
そして動くときは中装型の足音よりも早く、武器や弾倉を手短に渡すとまたあわただしく元来た道を戻っていくため非常に分かりやすかった。
「ルルペラお前あんまりドタバタやんなよ……抜けるぞ」
彼は重たいALが走り回って駅周辺の地下街の天井が抜けることを恐れていた、そういう事故は珍しくなく、地下街だとか下水ならまだいいほうで、放洪水時の巨大地下空間に落下して衝撃でパイロットが死傷することや、地下坑道に埋もれてALごと押しつぶされて死ぬパイロットも中にはいたほどだ。後者二つは非常に珍しい例だが、リンドも実は一度敵地において片足で工場の床を踏み抜いてスタックしかけたこともあったため、他人ごとではなかった。
ひときわ大きな揺れが起きリンドはベッドから落ち、棚が倒れ休憩をしていた軍医が椅子から落ちて尻もちをつくのが見える。電気が一斉に明滅したがすぐに戻るものの、一抹の不安はぬぐえない。何か大型ロケット弾か1t爆弾でも降ってきたのだろうかという衝撃であった。とはいえ、せいぜい1t、地下街が崩壊するほどではないものの、それでも恐怖を煽るには十分だ。
その爆発の主は結局のところ、カタルンマ軍の戦車が1輛被弾した際に弾薬庫に誘爆し吹き飛んだことで発生した振動であり、まだ空襲は受けていなかった。
「ごほっげほっ……ああああいってえ……」
二日前に手術したばかりであったため当然傷の塞がっていないリンドは、墜ちた衝撃で開いた傷の痛みに悶え苦しむ。じんわりと血が滲んでくるのを感じベッドに這い上がろうとしたが痛みで上がれない。それを駆け寄ってきたカタルンマ軍の兵士が助け起こして上がるのを手伝ってくれたため、リンドはカタルンマ語でありがとうと述べ深く呼吸を繰り返す。
本来ならば彼は一昨日の内に基地まで運ばれる予定だったのだが、基地とズズマとの間に敵が空中から地雷をばらまいてくれたおかげで救急車両が通れなくなったのだ。どうやらズズマを干して出来るだけ損傷を押さえて手に入れたいらしい。
「クソ野郎ども……」
リンドは薄暗い天井に向かって空を飛んでいるであろう敵の爆撃機へと罵声を浴びせた。




