生乾きのビル風(2)
「クソ、わちゃわちゃしてくれるなよ……」
リンドは足元を行き来する人々を睨みながらそう呟く。出来るだけ足を上げずにすり足にほど近い動かし方で機体を進めるが、いつ人間をすりつぶしてしまうかわかったものではない。現に今彼は一台自転車を荷物ごと踏み潰し、持ち主の中年女性が拳を振り上げて怒鳴りつけてくるのを目にしたがそんなものをは無視して機体を進める。
「誰がわざわざ外国まで来て守りに来てやってると思ってんだババア……死ね」
リンドだけでなく他の者も同様に足元の注意に苦労しているようで、車のフロントを踏み潰したり足の端がビルを抉り取ったりするなどしてしまうが、これはもうどうしようもない、どうしようもないのだ。
そもそもの話前線が近づいているので非難するように何日も前に促されていたにもかかわらず逃げようとしなかった彼等にも非はあった。
守るべきものが邪魔になっているという皮肉な状況下であるが、事態は刻一刻を争いそれは更に深刻さを増したのはアンディーポ機のレーダーに荒いながらも敵航空機の機影が映ったためである。
〈敵機です!〉
すぐにアンディーポ一等兵はレーダー情報を全機に送信、装甲車と歩兵部隊にも送られる。
〈輸送機が……五、いや六!クソ多いぜこいつぁ〉
〈シムシュカ並みだな〉
シムシュカはシェーゲンツァート帝国最大級の輸送ヘリでALを空挺用十機も運べるとんでもない怪鳥、そんなシムシュカももう本来の用途で使われることもなくわずかに残った数機がAL懸架装置を外して物資や人員を一気に運ぶことに使われているそうだ。
新兵たちも元々空挺部隊志願でその訓練を受けていたため当然知識としては知っていたが、実機は学校で展示されている機体しか知らなかった。
あんなもん乗るもんじゃない、とは口が裂けても言えなかったが、今まで乗ってきたシムシュカ全てが撃墜されそのさなかに仲間を失ってきたリンドは彼等に伝えたくて仕方がなかった。
「各機、俺たちはこの公園に陣取る、俺がここに、他はこの通りだいいな」
〈了解です〉
〈ハイ!〉
マップに示した場所、それは都市部ながらもかなり広めにスペースを取られた自然公園である。平時ならばジョギングをする者やピクニックに来た家族連れでにぎわっているその場所も、今は残された荷物が転がっているだけに過ぎない。そこを彼等は拠点として確保するようだ。広々としているため遮蔽物がないのがネックだが必要であればすぐビルの影に隠れればいいしそもそも都市は巨大ロボットが戦うことに全く向いていない。
敵機はもう目前まで迫っており、敵が降下開始するのが早いか彼等が公園にたどり着くのが早いかといった状況で、迎撃のための準備すらままならないだろうというのが現実であった。
リンドは兎に角足元に注意しつつ急ぎ足で進みどうにか公園までたどり着いたが、そこでタイムオーバーとなってしまった、何故なら敵輸送機が遥か上空を旋回しながら飛んでいるのが見えたからである。
「各機!敵はもう降下した!!いつ来るかわかんねえ目を光らせろ!撃つなよ!民間人!」
彼の言う通り、まだ市民は避難しきっていないどころか敵の降下したと思しき方角からまだ続々湧いてくるのが見える。これで敵に来られたらどうしようもない、敵は恐らく撃ってくるだろうが同盟側としては撃てるわけもない、リンドだって撃てないし新兵たちならなおのことであった。
とにかく急いで敵が来るまでに防衛線を築こうとそれぞれ動く。リンドとリットール上等兵、アンディーポ上等兵は武器を展開しALや車両が通ってくると思われる通路を警戒、補給型のルルペラ二等兵はマニュアルを読みながらALの手や足を使って第七小隊が追いついたときのために歩兵用の塹壕と装甲車用の戦車壕、また、避難中の民間人が身を潜められるようにと適当に穴をいくつか掘って前方にその土を盛って押し固める。
地上の敵はレーダーには映らない、ただでさえ特有の磁場のせいでこの星ではレーダーが映りにくい、それに加えて都会になると色々なもののせいでレーダーへの悪影響が増幅されてしまい、地上のものは大半が映らなくなってしまう。特にズズマのように狭く酷く密集した都市ならばなおさら。
「こちら第一分隊、第三分隊現状を報告せよ」
〈こちら第三分隊二番機、敵影無し〉
「了解……敵はいるな」
収音マイクが銃声を拾っている、方角はやはり前方のようだがパトロール隊が接敵して戦闘が始まったのか敵部隊が民間人を標的に射撃しているのかはわからない。向こうで広がっている惨状を思い描き、深く呼吸をして心を落ち着ける。流石のリンドもこうした民間人だらけの場所で戦ったことがないため、それによる民間人の犠牲者であふれかえっているような惨い光景を見たことがなかった。ただ彼等にとって不幸中の幸いなのはここが故郷シェーゲンツァート帝国ではないことだろう。
見ず知らず、何の縁もゆかりもない地に住む肌の色の違う外人が殺されるのと故郷の人々が殺されるのとでは雲泥の差だ、非常かもしれないがそういうところはある。
「近くなっている?」
収音マイクが拾う音が次第に大きくなっていることに気が付きボリュームを下げ、操縦桿を握り直すと同時にどう出るかを迷った。
こんな場所で一斉射は使えない、特に民間人がいるとなるとなおさらだ。そもそもあれは敵が一面に広がっているからこそ有効なのであって、こういった閉塞的で敵が点でしか現れないような状況で使用しても効果よりも消耗する弾薬や砲身のほうが高くついてしまう。故に彼は機体を片膝立ちさせ右のガトリングシステムだけマニュアル起動し、左は格納したまま両腕に携えた機関砲を構える。リンド機は両脚に大きなレッグシールドを装備しておりこうして片足立ちすると機体の胴体上半身を分厚いシールドで覆うことが出来、また地面に突いているほうのシールドは曲がってしまいやすいが代わりに機体を広い面を利用して安定させることが出来る。
リットール上等兵は大型シールドを地面に突きさして両腕でバズーカ砲を構え、アンディーポ上等兵は少し下がって道路上に立つと、両手を左右のビルに引っ掛けて射撃時の機体の安定を図り、ルルペラ二等兵は更に後方完全にビルの影になっている場所でアンディーポ機に主砲の交換用弾倉と突撃銃をいつでも渡せるように待機している。
「そろそろあっ」
そろそろ来るぞ、と合図しようとした矢先、敵は現れた。ダークグレーを基調したデジタル迷彩に身を包んだ小型のALがダッシュで現れたかと思うとすぐに曲がりつつ逃げがけにバズーカを一発撃ち込んでいった。誰も直撃はしなかったがリンド機の足元に命中し舞い上がった土煙と爆炎によって視界が著しく阻害される。
「アンディーポ撃て!撃て!リットールも!敵が現れた場所!」
〈はっはい!!〉
急いで引き金を引くが、砲弾はビルを撃ち抜いて内部で爆発し色々なものを吹き飛ばす。そこに続けて現れた敵が今度は先ほどとは逆方向、つまり公園の側を横切りながら攻撃してきた。
「あんなんで当たるか!ひるむな!」
敵は止まらずにとにかく走りながら撃っては逃げていく。一撃離脱戦法を繰り返すつもりか、そう考えたがそうではなかった。




