生乾きのビル風
プルーツ大陸南部、同盟軍に属するカッター・カタルンマ共和国の北東部にある基地で、シェーゲンツァートの大型長距離輸送機ジェイガルパというジェイゲルグの派生した機体の後部ハッチからALが運び出されていた。肩にはバルマニエ大隊の隊章のマーキングと1の数字が刻まれていることからリンド率いる第一小隊の機体が搬出されていることがわかる。
今回派遣されたのは彼等のほかには整備士と牽引式対空砲五基他物資であるが、今まで同盟国に対し運び込んでいた物資や人員は見るからに少なくなっていた。これはシェーゲンツァートも物資も何もかもが不足し始め苦しい戦いを強いられているということでもあるが、本質は出来るだけ物資を決戦用に国内で温存しておきたいからだった。そのため、供与という形で輸送されてきた対空砲も旧式で制式化されたのも三十年も前のアンヴェッツD3というものである。
これから諸々の調整を行った後、西部から侵攻してきている連合軍を押し返すべく出撃することになる。
「いいな、無理はするな。一人で戦うな。常に味方の位置に注意しろ」
〈了解〉
〈ハイ!〉
〈わかりました!〉
翌朝、出撃の時が来た。第一小隊は随伴歩兵及び装甲車と共に西部にあるカルトワンカという田舎町にある防衛戦へと赴くことになる。敵はそちらから陸上戦力を進めてきており、本命はその後方にある都市ズズマだろう。そこはこの地域でも最も栄えている経済の要衝でありさらに付近には広大な穀倉地帯が広がっているため、そこを落とせばカッター・カタルンマは大きく力を削がれることになる。
〈第一小隊出撃せよ〉
「了解、全機発進だ」
司令部から出撃の指示が出たので、リンドはペダルを踏み込む。変形機構と軽量化をオミットした代わりにより重量の増した機体は今までと随分勝手が違うため、まだ二回しか実機に乗っていなかったリンドは、機体のバランスの違いに困惑する。だがいい面もあった、重量と剛性が増したことで安定感が上がったのだ。そのため以前よりもしっかりとした足取りで足の裏ががっちりと地面を噛んでいることを実感し、戦いやすくなっただろう。
先頭のリンドが基地から出ようとした矢先、それは届いた。
〈こちら司令部!第一小隊緊急任務だ〉
「えっ?なんです」
〈第三十五観測所が南西から輸送機が複数接近したと報告してきた。方角と機種からして恐らく空挺部隊を投入してくるはずだ。目標を変更しズズマへと向かえ!〉
「クソッ!了解!各機聞こえたな、六、七小隊も聞こえたな!ズズマに向かう!」
第六、第七小隊は下で付随する第二十一機械化混成自動旅団所属の歩兵部隊と車両部隊のことだ。
〈了解だ〉
部隊は方向転換し南西にあるズズマへと向かう。リンドの懸念していたことが出撃した瞬間に現実になるとはなんとついていないことか、と彼はため息をつくほかない。
舗装された道の横をALが、道路を装甲車とそれにデサントした兵士達が進み、道路を走っていた一般車両や緊急でない軍用車両は端の車線に避けて彼等を通す。草を土ごと抉り蹴り上げられた土くれが何mも飛びあがっては地面に落下し砕け散っていく。
「いいか!曲がり角がある時は一旦止まれよ!そのまま進むな!」
建物が遮蔽物になって敵に撃たれる危険性が高いのが都市戦だ、レーダーが調子が良ければいいのだが、往々にして都会というものは様々な電波が飛び交っているためレーダーが通じることはあまりない。住民が避難して沈黙した人気のない都市であれば問題ないが今回戦場となるであろうズズマは生憎と沢山の人々が生活している活発な場所である。
また、それゆえに人口が多く事前に受け取った情報には二百万都市と書かれていた。この短時間でそれだけの人々が避難できるわけもない、きっと多数の死者が出るはずだ。出来るだけ死者を出さないようにしつつ敵を排除できるかを考えただけでも頭が痛くなるばかりだった……
第一小隊は途中から力なき民衆が逃れようと列を成しているところに遭遇する。車がひしめき合って出来るだけ遠くに逃れようと道一杯に反対車線まで使ってズズマから外へと向かっているが、前方で事故があったために渋滞は動けずにいた。
そんな彼等は自分達と逆に都市へと向かっていく見慣れぬ軍隊を見上げ、見送っていく。十機にもなる重量級のALの群れが一度にかけていくと、その地では瞬間的な地震が起きるため、慌てて新たに事故が起きてしまったが、止まって詫びなど入れている場合ではない。そもそもここの言葉がわからない。
〈第一小隊、既に現地ではカタルンマ軍が入ってるがパトロール部隊だけだ期待するな〉
「了解、話はつけてあるんでしょうね!」
〈通してある!〉
「流石!」
パトロール隊では自動小銃程度しかないだろう、それで空挺部隊なんてものとやり合えるはずがない。基本的に空挺部隊はエリートだが、シェーゲンツァートのように少数精鋭ではなく一つの作戦部隊として一般的な戦力の兵隊が多数組み込まれている場合もある。そのどちらかはわからないが、空挺部隊だけ先んじて送り込んでくるということは前者の恐れが高かった。
〈こちら七小隊!未舗装じゃALについていけない!先に行っててくれ!すぐに追いつく!〉
「わかった!」
六、七小隊は道路が使えないため道路わきを走る羽目になっていた、まだ路側の砂利道ならいい方で大体が野原を進むしかなく、大きく揺れて速度も兵士が落ちてしまうため、どこでも走れるALに追従できなかった。そのため彼等は自分たちを置いて第一小隊だけでズズマに入るように進言、リンドもこれを了承し都市の入り口付近を確保することにした。
「各機、まずズズマに入り次第この地点を確保する。ビテールンとカトマでここを守れ」
〈了解〉
〈了解です!〉
二機の中装型ALが待機する。
「あっ!全機動くな!」
〈えっ!〉
リンド機を先頭に残りの部隊は都市内部へと入ろうとするが、足元は多くの人であふれかえっているために一歩も動くことが出来なかった。危うく足元の人たちをすりつぶしかけたことに心臓が爆発しそうになる、他の機も動き出す前で助かった。
〈隊長、二手に分かれましょう。自分たちがこの地点から侵入します。ここならメインストリートからは外れつつもALは通れますから〉
ここでフーフラーファ曹長は自分のマップを各機に送信しこの地点より七百m南方にある三車線の道路から入れるルートを示した。確かにこの広さであれば中装型なら問題なく進めるだろう。そのためリンドはフーフラーファ曹長の二番機、フォボルヴ二等兵の五番機、ケレッテ一等兵の六番機、カイントネック一等兵の九番機を第三分隊とし、第六小隊を護衛につけた。フーフラーファ曹長の機が変わらず指揮官型でフォボルヴ機も半重装型、後は皆中装型である。
第一分隊はリンドの一番機、リットール上等兵の七番機、アンディーポ一等兵の八番機、ルルペラ二等兵の十番機それと第七小隊である。リンド機が超の付くほどの重装型でアンディーポ機が唯一の砲撃型、ルルペラ機が補給型となっており、都市戦を想定していたためアンディーポ機は砲撃型の標準砲である長砲身の100㎜砲ではなく短砲身の95㎜砲に変更していた。長砲身型と比べて射程や命中力及び威力は落ちるが市街地での取り回しと重量、連射能力などに優れまた威力が小さくはなったもののその分爆風や着弾によって建物への影響を抑えることが出来る。とはいえ、十分な威力があるため焼け石に水ともいえたが。




