フォルティルゲン
第一小隊は休暇のために本国へと戻っていた。これは彼等が同盟国軍の大勢の兵力の救出に尽力したことに対する褒賞であると同時に、半壊した部隊の再編も含まれていた。当然ではあるが当時彼らと共に降下、撤退の支援についていた他部隊の生存者たちも同じように本国に帰還していた。
その途上、軍の輸送機内でのことである。
SAT-G44 カルトラン輸送機に第一小隊他複数の兵士が乗り合わせ丁度シェーゲンツァート帝国の領土の真上に差し掛かったところであった。
空港も近くなり機は高度を落としていたため、リンド達旅客は窓から地上を眺めることが出来たので久々の本国の姿をいち早く目に入れようと窓に殺到していた。
「おわあ!あれクンラットですよね!」
カトマ一等兵が指さしたクンラット県は、シェーゲンツァートの北西部に位置する県で古くから貿易港の街として栄えておりまた大きな海軍基地や陸軍基地、空軍基地といった施設が建設された生粋の軍都でもあった。
それを見たビテールン伍長は決して口には出さないが、敵の攻撃が行われるとしたら真っ先にクンラットが空爆や砲撃を受けるであろうことは明らかだ。シェーゲンツァート軍にも敗戦のムードが徐々に立ち込め始めた中、否が応でも国が侵攻を受ける状況を想定してしまうのが軍人の性か。
そんな中、別部隊の女性兵士があることに気づいた。
「あれ、あんなのあったっけ」
「どれだ……ほんとだ」
何のことを離しているのだろうかとリンドは彼女らが指さしている方向を注視すると、どうも見覚えのある建造物がいくつも建設されていることに気がついた。
「防護壁かあれ」
フーフラーファ曹長の言葉に他の兵士達も気づき話す言葉が増えていったがどれも先ほどの喜びのムードとは異なり沈んだトーンの声色へと変化していく。海沿いにある海軍基地内や岸壁、浅瀬だけでなくsこれから内陸部に進んだ陸空軍基地に達するまで、空から見てもわかるほどに大きなそして沢山の数え切れない壁が建設されていた。大きさとしては幅十から三十m、高さはおよそ二から十五m程とさまざまであったが、明らかにあれば兵士やALが艦砲射撃から身を守るために建設されたのだと分かる。
また、うねうねと周りの地面よりも濃い色の細長い蛇行した線が何本も刻まれているのは恐らく塹壕だろう、多くが人間サイズのようだが中にはALが隠れられるほどの巨大なサイズのもあるように見えた。
「なんであんな……」
地元が異様な姿に形が変わっていくのが理解できなかったカトマは困惑した様子でフーフラーファの方を見る。その理解できないことによる恐怖におびえた眼は答えを求めているようだった。自分の生まれ育った故郷が、少し目を離した隙に姿を変えていくのは時代の流れとして多くの者が経験してきたこと、珍しくもない。ただ彼の場合は故郷がこれからまるで廃墟になる運命が待っているかのような変化への対応がうまくできないというパターンであった。
否が応でも軍都であれば敵の侵攻時には攻撃を受けてしまう、それは避けられないこと。だからフーフラーファが言えることはただ一つだった。
「カトマ……目によく焼きつけておけ、お前が覚えていろ」
「えっ……」
それはどういう意味かと問いで返すカトマにフーフラーファはただ顔を俯かせるだけでそれ以上答えてはくれない。彼もまた故郷の農村と家族を思い出すのに必死だったのだ。
こうした光景は実は既に半年以上も前から全国的に広がっており、クンラットだけでなく他の地域でも海沿いを中心に変貌し始めており、それはリンドの故郷フォルティルゲンでも同様で、無数の壁と塹壕が建設されており、海中には機雷が散布され二百ある大小さまざまな島嶼には沿岸砲台やレーダー施設、対空砲が設置された。おまけに大きめの島には小型の隠匿されたドックが建設され中には水陸両用及び水中用ALの秘密基地が作られている。
シェーゲンツァート帝国は全土が軍事要塞と化しつつあったのだ……
基地に降り立ち故郷へ戻る列車に乗り、高速鉄道で三時間かけてようやくフォルティルゲンのザンルバッタル駅で降りた。長い鉄道の旅の中で彼はねぎらいの言葉をかけられた、特に彼の左腕を見た者たちは皆一様に息を飲んだりいたく同情の顔を浮かべているのが印象的であった。
おまけに年寄りたちが果物や年寄りの好きなお菓子に干物なんかもくれたお陰で彼は列車を降りる頃には大荷物で両手が塞がってしまうほどになる。それはまあ二十になったばかりの若者が顔にも腕にもあちこちに傷痕を残し、光のないくすんだ瞳でおまけに片腕もなくして軍服を着ているのだから、自分の子や孫を思い浮かべてしまうのも当然であろう。
二年ぶりだった。
世界中の戦線で引く手あまたの空挺部隊に入ってからというもの、忙しくて中々故郷に戻る暇のあるほどの休暇が取れなかった、大怪我をしたときも結局親に心配をかけるのが嫌で理由を付けて帰るのを拒んでしまった。他にも色々と重なって今に至る。
それなのにようやく今になって帰ろうと思ったのは、やはり戦線が思わしくないため彼の本能が心細さに帰郷を選択したのだろう。ただ、彼は今日の帰宅を伝えていなかった。
母は体が悪く無理をさせたくない。姉も離れたところで仕事をしているためわざわざ母が呼び戻すなんてすれば迷惑だ、そう彼は自分に言い訳をする。
「さてどうするか」
ここから家まで歩いておよそ一時間、この図らずも増えた大荷物を抱えて歩くのはキツイ。かといってタクシーは金がかかるしバスはこれだけの荷物は持ち込めない。
仕方なく歩き始めた矢先のことであった、懐かしい声が彼の名を呼び留めた。
「リンド?」
その声に彼は横を向くと視界の端に一人の男がハーフトラックの運転席から顔を覗かせているのが見えた。
「ジェル……」
リンドの沢山の荷物が、トラックの荷台でゴトゴトと揺れて曲がるたびに右に左にとずれていく。そんなことも気にしない車内の二人は懐かしい話に花を咲かせる……までは行かないものの会話を交わしていた。
「腕のことは聞いてたよおばさんから」
「そうか、こっちはお前の話なんて全く入ってくるわけもないからな……当然だけどさ」
「そりゃな。いっぱしの工員の話なんてな」
そう言ってジェルという坊主頭の青年は横目でちらりとリンドの左腕を一瞥する。シェーゲンツァート帝国は南国、十四月の冬の季節に入ったとはいえ本格的な冬はまだ到来しておらず涼しいためか、リンドは腕をまくっていた。
「ロボット乗ってんだって?」
「ああ、ALな」
「俺も乗ってみてえな」
「そんないいもんでもねえけどな」
「それでも一度くらいはな」
「今からでも遅かねえぜ?」
「志願?よせよせ俺は船作んので忙しいのよ」
だろうな、と笑う。ようやく二人の間の空気も和やかになり始めたところだった。
彼はジェル・ナルウォーマ、リンドの同級生で十三歳からの友人だ。彼はここフォルティルゲンにある海軍造船所で工員として従事しており、今までに駆逐艦を中心に建造に携わってきた。本来ならば徴兵もあったかもしれないが、シェーゲンツァートでは技術者と農業、漁業従事者など国家国民の根幹を支える職業の者は徴兵免除となっているため彼はこの戦況でも戦地に行かずに済んでいた。
つまり裏を返せば飲食やサービス業のようないくらでも替えのきく者達は容赦なく軍の養成所へと送られていったのである。ただそうでもしなければ自分たちの主権が失われることも理解していたため徴兵令にも従っていた。