求めたもの
さて、リンド達同盟軍が多大な犠牲を払いつつも絶望の逃避行を遂げ、その七割強が目的地であるカカポラック基地にたどり着くことが出来た一方で、第一小隊その他を壊滅させ戦闘不能に追い込んだヴィエイナの隊はウンズォーム級空母二番艦ラツォームの上にいた。
以前クラーム平原において彼女が乗組んだテテイラは半年前に起きた海戦でパリオーサ諸島国のALによって大破、オースノーツで長いドック入りを強いられていた。
ウンズォーム級空母は最新鋭の二段甲板を持った空母でテテイラに比べると快適性が増しており、初めて降り立った彼等も、今まで乗った船に比べ若干広くなっていることはなんとなく認識できるほどであった。
何故初めてかというと、出撃自体は例の超大型輸送機エシャネーアーカからであったが、エシャネーアーカ自体はすぐに別の任務に出て行かねばならなかったため迎えはこうしてジジェメッツを爆撃するために派遣された第八空母機動艦隊所属のラツォームに受け持ってもらったのだ。
被弾していながらもザーレ、ジェリク、メイネーイ機は流石エースといったところか上手く着艦し、無傷のカニータ機とヴィエイナ機は当然スムーズに着艦して見せた。ただ、カニータ曹長は着艦が初めてであったためか少し甲板をへこませてしまったようだ。
(超常的なパイロットでも戦闘以外では神がかりというわけでもない、ということ……)
機体から降りたヴィエイナ・ヴァルソー特務大尉は、複数の甲板員に詰め寄られているカニータ曹長を眺めながら口元を緩める。
着陸自体は訓練を含め何度か経験のある彼も、着艦自体はシミュレーターでしか経験がなかったためやらかしたわけであるが、奇妙なエースである彼の呑み込みは早くチューフは次回以降は脚部に損傷でもない限り絶対にへこませることはないだろうという予測を立てる。
機体を降りた彼らは若い下士官に先導され艦長室へと通された。艦長のカド大佐はこの日の出撃に関する報告書に目を通している最中で、ペン先を親指の腹で押し眉間に皺を寄せていた。
通された彼等は狭い艦長室内で重なって並ぶとオースノーツ式の敬礼をする。
「第一〇二飛行大隊第一特務小隊ヴィエイナ・ヴァルソー特務大尉以下五名、着艦いたしました。この度は我が隊の受け入れありがとうございます」
「ああ……噂はかねがねといったところだ。すまんね仕事が溜まっててな」
そうぼやく大佐の前には何十枚もの書類に混じって作戦海域の地図にファイルなどといった雑多なものが折り重なって積まれていたが、どれも軍事関連のもので占められていた。
彼は帽子を取ってロマンスグレーの髪をかき上げ再び帽子をかぶり直す。
「いえ、こちらこそお忙しい中で」
彼女が丁寧に胸に手を当てお詫びの気持ちのジェスチャーを示すと、大佐は目じりに皺を寄せて笑った。
「流石はヴァルソー家のお嬢さんだ」
「一挙手一投足が家へとつながりますので」
その言葉に、彼女はリンドへの暴行の際に軍医に叩きつけられた言葉を思い出していた。
胸に手を当てる所作はオースノーツでは上流階級が行うジェスチャーで、庶民やちょっとした富裕層では行うことは無い、寧ろ相応しくない位のものが使えば顰蹙を買うため成金だって使おうとはしない程である。
嫌味じゃないぞと大佐は続け、ヴィエイナは一瞬だけヴァルソー家の令嬢としての柔らかな微笑みを見せるとすぐにヴァルソー特務大尉としての顔に切り替えた。
「それでは失礼します。部屋の用意ありがとうございます」
「構わんよ、国一のエースパイロットに寧ろ狭い部屋しか用意できんのが申し訳ないくらいさ」
「いえ」
もう一度彼等は敬礼し部屋を後にしようとしたところで大佐はヴィエイナを呼び止めた。
「何か」
「いや何、兵たちが君らを質問攻めにするかもしれん。先に詫びておく」
「そういうことですか」
もう一度微笑むと今度こそ艦長室を後にした。
彼等が廊下を進んでいると、すれ違うたびに乗組員たちは見慣れぬ出で立ちの者たちに目を引かれる、空軍のパイロットスーツであることはわかるのだが一般のスーツとは違う。それに彼女がヴィエイナ・ヴァルソーであることを知っているものは多くはなかったが、それでもにじみ出るオーラでも感じ取ったのだろうか、五人が特別な存在であることは本能で理解していた、軍人としての本能で。
「大尉、そろそろ食事にしませぇん?」
後ろからそう声をかけるのはジェリク軍曹以外にいない。彼は大袈裟なまでに空腹だという反応で彼女に訴えかけたので、ザーレが腕時計に眼をやると丁度食堂も空き始めたはずの時間帯であったため、彼女もそうしましょうと同意した。
「じゃあそうしようか」
戦闘の直後でヴィエイナはまだ気が完全に収まっておらず、そこまで空腹は感じていなかったが最後に食事をとったのが早めの昼食、その昼食をとってからもう八時にもなったためいい加減行っておかないと艦の食堂も閉まってしまうだろう。
「じゃあ行きましょ行きましょ!いやーラツォームの食堂はうめえって評判なんで嬉しいなあ!え!?」
どうやらそれが魂胆だったようだが、食事がいいことに関しては彼女も不満は無い。それに食事が良ければその分乗組員も士気が高くなるというもので、それはオースノーツのそして連合の勝利へとつながるとあれば、誰も文句は言うまい。
人もまばら、モノによっては品切れもしてしまっていたような状況であったが、スープと芋のサラダ、エビのカルチョス炒めにカタンタパンもあったので申し分は無かった。
彼等は残っているものをトレーに載せていきテーブルに着く。艦の食堂は椅子同士が近く固定されているため狭いのだが、カニータ曹長以外は飛行型ALに乗ってしばらくのため何度か艦乗組みの経験があり不満は無い。寧ろ今まで乗った艦の中では広めの感覚に感動すら覚えるほどであった。
彼等は今夜の戦闘について話に花を咲かせていた。予想に反し敵の反抗は強く被弾をいくつももらってしまったことに対する反省やカニータの戦闘についてが主であったが、ヴィエイナは相槌を打つ程度で殆ど会話に参加することもなく、俯いて食事を口に運び続けていた。
(あれは……死んだ)
彼女はリンドの機体に何発ものリニアライフルを撃ち込み炎上するところまで確認した。彼女が後方カメラで確認したところでは、機体の下半分は炎に包まれていたため恐らく脱出する余裕はなかったかあるいはもう既に死んでいるかと思い至ったものの、どうしても引っかかるところがあった。あのしぶとい男があんなにあっけなく死ぬものなのだろうか、と。
相見えた時には既に機体は満身創痍で反撃といえる反撃など碌になく戦って勝ったという気があまりしないことが、彼女にとって納得のいかない結末ではあったが、勝ちは勝ち。あれで死んでいればもうあれに悩まされることは無いのだから。
彼女がカタンタパンの最後の欠片をニジョワのスープに浸したところで艦内に臨時放送が流れたが、その内容は余りにも衝撃的な内容であった。
〈緊急速報、オースノーツ中央標準時13月25日エルトゥールラ公国が降伏〉