左腕に賭けろ(2)
はるか彼方から飛来した100㎜の徹甲榴弾は戦車の真上を通過して地面に突き刺さった。
「ムズイ!」
初弾命中は期待していなかったとはいえ、やはりそれでも外すと腹が立つというものだ。その上不発弾だったらしく地面にあたっても弾頭は起爆しなかった。敵はどこからか狙撃を受けたことに気づいたらしく、若干敵の動きが崩れたのを味方は見逃さなかった。後退していた味方戦車部隊と随伴歩兵が一転、反転して全身を始めた。
「よし、すごいな……流石だ」
味方の鮮やかな転換に驚かされつつも、リンドはスコープから眼を離さず次の命中を誓う。先ほどのずれはコンピュータが修正してくれる。風向き、風速、磁場、星の自転。こういった複雑な計算をしてくれるソフトがあるからこそこのような複雑な人型兵器が活躍できるというもの。そういった道に進んだ友人を思い出してしまった。
次こそは、トリガーを引くと高速で徹甲榴弾が空気を貫いて飛翔する。巨大な空薬莢がライフルから排出され、回転しながら地面へと落ちていく。弾丸は戦車の側面に消えた。一瞬外したかと錯覚したが、その錯覚するが早いか、戦車は大爆発を起こし火柱が砲塔を何mも吹き上げた。
「やった!」
次弾命中とは幸先がいい。もしかすると自分には狙撃の才能もあるのでは、などとうぬぼれつつリンドは次の目標に移る。次も同じく重戦車を狙う。今度も比較的やわらかい側面を撃ち抜いてやろうと覗き込んだスコープに映っていたのは、こちらに砲塔を向けている重戦車の姿であった。
「あっ」
時すでに遅し、敵に発見されていたアルグヴァルは敵戦車隊の砲撃にさらされた。
「うわあああ!!」
すぐにその場を離脱しようと図る。二発が背後や足元に着弾したものの、一発はアルグヴァルの装甲に跳弾し空へと消えていった。重たい振動がコックピットを揺さぶる。通常のアルグヴァルの装甲でも一応
正面ならあの戦車の砲撃の直撃にも耐えらえるが、当たらないにこしたことはない。
「こちらオーセス、敵の攻撃を受けています!移動します!」
〈了解、気を付けろ〉
「ハイ!」
報告しながらしゃにむにペダルを踏みこんで森の中へと走る。先ほどまでリンドがいた場所に次々と砲弾が降ってきた。恐らく砲兵隊の攻撃だろう。少しでも遅れていればハチの巣にされていたかもしれないと思うと、ちびりそうだった。
密度の低い森ではあるが、大きなライフルが邪魔をして動きづらい。砲身をぶつけて曲げないようにしなければならず、もしぶつけて少しでも歪んでしまえば、射撃は不可能となる。この状態でライフルが使えなくなれば、本当にただの木偶となってしまい、精々囮くらいにしか使えないだろう。
追撃の砲撃はまだ続いているだけでなく、砲撃がどんどんこちらに迫っている。重ヴァルより機動性はいいが、やはり万全の状態でない分、動きはぎこちなく速度を感じなかった。
「逃げきれない!畜生!」
リンドは覚悟を決めると、大きめの木の裏に身を潜め砲撃が近づくのを待った。着弾が一気に目の前まで移動してきている。左腕で上部を守り身を屈め少しでも被弾面積を減らして待った。
「ううううう………あれ」
目を瞑ってその時をまったが、ぴたっと爆発音は止んでしまっている。おもむろに目を開け、木の向こう側を覗き込む。すると砲撃によって穿たれた穴は木の10mほど手前で終わっているではないか。
「た、助かったあ……」
何を思ったか敵は何故かリンドの隠れている手前で砲撃をやめてしまっていた。いったい何があったというのだろうか。その疑問はすぐに解決した。
〈おい伍長無事か〉
そう呼びかけてきたのはキリルムであった。その声を聞いて安心した彼は、ことのあらましを話した。するとキリルムは少し得意げな声でこう言った。
〈それは多分砲兵陣地が吹き飛んだからだろう〉
「何故それを?」
「やったのが俺たちだからだよ。あんなに馬鹿みたいにぶっぱなしまくればそりゃあ目立つさ。あんな目の前で。ハハハ」
どうやらキリルムたちが攻撃を仕掛けていたのが丁度その重砲陣地だったようだ。重砲がリンドに砲弾の雨を降らせる直前にその陣地が彼らの襲撃を受け蹴散らされたらしい。しかし、それにしても随分深くまで忍び込んでいたようである。
〈そりゃあお前、俺たちはベテランだからな〉
「ああ……」
なるほど。それが彼らと自分たちの違いというものなのかとリンドは感心すると同時に少し悔しかった。今まで彼らがポテンシャルを発揮できていなかったのは自分の存在があったからなのではないか、そう考えざるを得なかった。
こうして敵重砲陣地を破壊した同盟軍であったがそれは局地的勝利に過ぎず、クラーム平原戦線自体は大した動きは無かったのである。それには、連合軍を支援し続けるオースノーツの圧倒的な工業力によるものであった。これから約二週間、第4小隊はこの地で戦い、そして帰還した。彼らが去るころになっても、前線は500mも進んではいなかった。




