凶鳥(3)
夜の闇でもヴィエイナ・ヴァルソー特務大尉専用のフルカスタマイズされたリジェースはよく映えた。彼女は別段白が好きというわけでもないしすみれ色やえんじ色の方が好いている。それでも他の機体がグレーを基調としたスプリッター迷彩を施されているのに対し真っ白な(ただし厳密には汚れているため純白ではない)塗装を施されたのはやはり実地試験機グライフのオースノーツにおけるテスト機用塗装が施された状態で名を上げ、それから白い鳥として異名を付けられたからであろう。
本来ならば空をサーチライトで各機が照らすはずだが残存機でライトがまだ割れずに済んでいるのは一機もいないため、同盟軍は異次元の機動で飛びまわる恐ろしい猛禽類を光なしに追わねばならなかった。
リンドは稜線に乗っけた突撃銃を持ち上げようとするが、どれだけ左腕のトルクを最大限に上げても水平にまで持ち上げるのが精一杯で、損傷によるトルク抜けが重たい陸戦用火器の照準を妨げる。空から見ているヴィエイナはあらゆる方向からリンド機を観測し総合した情報から、既にもう彼の機体が満身創痍で碌に火器も残っていない状態であると分かると、あからさまに落胆して見せる。
〈ヴィエイナ様、今なら楽にあの重装型を破壊できます。追加装甲も三十二パーセントが喪失しているようです〉
チューフはそう言ってモニタの端にリンド機の情報を載せるが、そうじゃないと口にする代わりに彼女はため息をついて返す。彼女は殺すつもりでリンドと戦おうという腹づもりだ、しかしこれも戦争で自分も軍属である以上スポーツのようなフェアな条件でのフェアな戦いは出来ないことは知っているしそもそも彼女もそのつもりはない。有利ならばそれに越したことは無いのだ。だが目の前のリヴェンツは違う、いくらかの損傷具合ならば今までも戦ってきたがあの殆ど武装が失われてしまった状態では戦うこと自体がほぼ出来ないではないか。
結局決着は死闘ではなく一方的な攻撃によるもので終わってしまうのか、そう彼女は失望の色を隠そうともしないままリンド機に向かってリニアライフルを撃った。電磁加速を受けた特殊徹甲弾頭は容易く残った重レーアの増加装甲を貫きガトリング、残った右肩、ロケットポッド、頭部を奪い去り更に腰の左に直撃を受けた結果、甚大な損傷を受けたリンド機はその場に閣座する。
「クソッ!やばいやばい!」
警報が鳴り響き何十個ものエラーを吐いて今にも機能停止しそうな機体をどうにかしようと焦っている隊長を、カトマは下から怯えた表情で見つめている他無い。
腰の破断箇所からは作動オイルや潤滑油、クーラントが漏れてショートによる火花が散っているものの、それらは難燃性であるため炎上の恐れは低い、しかし一緒に漏れ出ているものが問題であった。警告のメッセージにはそれらと一緒に化石燃料と反応炉の冷却水が漏れているのである。この冷却水、非常に高性能で地球のものとは比較にならないほど冷却能力が高く一度高まった温度も適切な装置を循環させることで急速に温度も下がっていく。そのためALのような狭く小型な兵器でも原子炉を積むことが出来ているのだ。それが漏れるということはつまり炉を冷却できないということである。いくら放射能が効かないと言っても熱にあてられればこの星の人類だって死ぬ。
急いで脱出を図る必要があるがまだ外にはヴィエイナ機が舞っており止めを刺すべきか迷っているのだろうか、撃ってきそうで撃たないがやがて機体が炎に包まれ始めるのを見届けると去ってしまった。あまりにもあっけない対決に彼女は失意のまま夜闇へと消えリジェースのジェットエンジンのバーナー炎が星に紛れた。
さて嵐が過ぎ去った後に残された爪痕は大きすぎた。二機のガルヴォフォールは破壊されバーノウィッツ小隊は一番機が両腕を失う大破状態にあるが生存、三十八中隊は隊長機含め九割が戦死、第十二機甲小隊全滅、第三〇二歩兵中隊生存者十二名、内負傷者十一名。そして第一小隊は戦死こそ免れたものの全機が破壊され辛うじてフーフラーファ機が歩行に耐えうるといった有様であった。
そして今、一刻の猶予も辞さないのが炎に包まれ始めたリンド機である。リンドは辛うじて動いたスピーカーで周りの人間にとにかく距離を取るように叫ぶと一歩踏み出して前傾に倒れるが倒れる直前に上半身を捻ってコックピットハッチが塞がらないようにする。彼はハッチを解放しカトマにすぐに出るように指示し彼が出て炎にも巻かれずに済んだのを確認すると、一旦寝床に入って財布、水、食料にカービン銃を手にし自分も脱出した。
「カトマ来い!」
彼はホルスターごと拳銃とマガジンを一本投げ渡し皆のところへと走っていき改めて自分の目で部隊の惨状を目にし狼狽えた。フーフラーファ機はその場に片膝を突いたまま右腕を失い左手も指をすべて失って固定兵装しか使えない。装甲もあちこちが剥がされ中身が見えてしまっているがモーターと反応炉の駆動音は聞こえることから未だ稼働状態にあるらしい。
ビテールン機は完全に破壊され右足以外を喪失、芋虫のように転がっていたがその傍らで手当てを受けている伍長を見て安堵のため息をつく。フォボルヴ機は腕も足も残っているものの小さな火がくすぶっており駆動音も聞こえないことから内部システムが死んだようだ。クウレヴ機も大破、コックピットハッチから肩を押さえながら上等兵が降りてきていた。
「クウレヴ上等兵肩をやられたか!」
駆け寄ってきたリンドの声に反応したが顔が煤だらけの彼は上手く目が見えないようで手探りで装甲に手を当て恐る恐る腰を下ろし、慎重に地面に降りる。
「隊長ですか……?」
「目を……」
「コックピットの中でゴホッゴホッ、毒ガスが発生して見えなくなって……隊長少ししたら見えますか?ゴホッ……」
そう言って辛そうに開いて見せてくれたクウレヴの目は明らかに濁り変色し尋常ではないことが伺わせ、専門職でないリンド達でも一目でもう治らないと分かるほどであった。
「うっ」
思わず口元を抑えるカトマに、リンドは向こうに言っているように伝えるとクウレヴに肩を貸す。
「どうにか撃退した、というよりは帰っていったよ……」
消え入るようにそう口にしたリンドに、クウレヴはこう尋ね返す。
「帰れますか?」
それに対し、リンドはただ小さくああとだけ答えた。夜闇は炎で照らされている。
第一小隊を中心とした先遣部隊の決死の攻撃作戦によってこの一帯で待ち構えていた敵は壊滅し潰走、一部は捕虜になった。カカポラック基地を目指していた撤退の行列はどうにか目的地へと到着したものの、彼等が目にしたのは航空機がほとんどなく滑走路のあちらこちらが破壊されたジジェメッツ帝国最大の空軍基地のなれの果てであった。それでもシェーゲンツァート帝国などが手配したヘリや輸送トラックが次々と現れてどうにかたどり着いた兵士達をいずこかへと運んでいく。
この戦いでマーレイ上等兵、ルーダバール上等兵、ゼラ伍長を失い、ムートル兵長は重傷で後送、クウレヴ上等兵は失明し除隊となった。初陣の三名が生き残ったことは奇跡と呼べるがそれ以上に彼等が失ったものは大きく、得たものは何もなかったのだろう。
彼等はカカポラック基地にたどり着くまでの車両の中で殆ど言葉を交わすこともなくただこの悪夢だった逃避行を忘れたかった……
かなり終盤まで来たと思います。
一年以内には終わらせられるんじゃないかなと思いますが、最終章につなげるにはここからどういったつなげ方をすればいいか悩みます。