上り戦・下り戦(3)
しかし、敵に可能な限り長くそのことを気取らせないためにもリンド達が決死の覚悟で彼らのために囮となって敵の目を、意識を自分たちに向かって引き寄せているのだ。頑張っている彼らのためにも絶対にこの攻撃を成功させる必要があった。
かといって敵もわざわざ陣形の一部を無警戒に防御陣地を置かないなんていう愚策をとるわけもない、当然ながら彼ら攻撃隊の行く先にも敵は待ち構えていた。
「まずっ」
ビテールンは突如としてモニタに映し出された敵の機関銃陣地を咄嗟に機銃で破壊すると、何事もなかったかのように進むが、機関銃のみの防御だと思っていた場所にはまだ敵の武器が残っていた。
高性能な収音マイクがその特徴的な音を拾いすぐさまその武器の種類を識別、アラートを表示する。
〈はっ、迫撃砲!〉
カトマが思わず声を上げ、空から落ちてきた迫撃砲弾が彼の機体の肩に当たりはじけ飛ぶ。
〈うわあああっ!!〉
叫ぶカトマ、それをビテールンが叱責する。
「バカ野郎!人間サイズのでやられるか!」
〈えっ!〉
そう、敵が撃ってきたのは先ほどの重迫撃砲ではなく人間のサイズの携行式迫撃砲弾、人間や装甲車ならやれるかもしれないが、分厚い装甲を持つALはその程度の爆発、せいぜい装甲の表面が傷つく程度である。とはいえ敵の迫撃砲は大した脅威ではないとは言ったものの、頭部などセンサーのある場所や機銃に当たれば壊れてしまうため潰しておくにこしたことは無い。
バーノウィッツ一番機は首の左にある機銃で陣地を撃つが、上手く当たらない。どうやらシステムに不調が起きているらしく照準がうまく定まらないそうだ。やむなく一旦下がった一番機の代わりに二番機が前に出ると、半壊した盾を構えながら先陣を切って進んでいくのでどうやら直接蹂躙するつもりらしい。
それは迂闊ではないか、そうビテールンが思った矢先案の定二番機に別の場所から対戦車ロケットが放たれるも、敵も慌てていたのだろうかタイミングを誤ったために盾の上部に命中させてしまう。慌てて逃げる二人の兵士、だがそれを二番機は腹部機銃でミンチにすると一気に敵陣地に向かって機体を走らせて距離を詰め陣地の前に立ちはだかる。
「うわああっ!逃げろーっ!」
二番機の足元では何人もの敵兵士達が蜘蛛の子を散らすように撤退していく、それをまるで神になったかのように錯覚したパイロットは足で陣地ごと蹴散らしていく。百ガトンを優に超える重量を持つALに足蹴にされれば生身の人間などひとたまりもない。
地面との間に挟まれすりつぶされ地面と一体化したりハンバーグのように塊になる者もいた。続けて機銃で機関銃座を潰すとこの地点の安全を確保したことを宣言したため、ビテールン達も彼の後に続いた。
既に敵も完全に彼らの接近に気づいてしまっただろう、しかし遠距離攻撃が飛んでこないため上手く味方が敵の目を引きつけてくれているようだ。
彼等の操縦桿を握る指が汗でぬめる、こういう時こそ焦りは禁物というのはわかってはいるのだが十万を超す味方の命が自分たちの腕にかかっていると思えば自然とプレッシャーになるというもの。だがしかし幸いにして敵目標の横っ面がモニタ越しに目視できる距離になり敵が盛んにその巨大なキャノン砲を味方に向かって撃ち続けているのが嫌でもわかる。
彼我の距離、およそ千六百、ALの武器でも狙撃できないことはないが見るからに重厚そうな装甲を側面からとはいえその距離かつ彼らの装備で仕留めきれる自信は無かった。
どうする、とバーノウィッツ一番機から判断を問われる。彼は少しずつ浸透していくほうが確実だと考えているようで、それに関してはビテールンも同意見である。が、このままゆっくりと進んでいたのでは囮となってくれている味方が先にやられてしまう恐れが頭を過り、かつてこの部隊に来る前に所属していた、彼以外が全滅した凄惨な降下作戦を思い出してしまう。
それだけはならない、それだけは……。
彼の脳裏にまるで昨日のように鮮明な映像で蘇ってくる目の前で吹き飛ぶ弟のアルグヴァルの背中を頭から振り払うかのように彼は作戦を巡らせる。カトマを守り、速攻かつ六機全機が無事本隊の下へ帰りつく方法がないか、と。
「……よし!」
ビテールンはある賭けを思いついた、それはあまりに危険で六機全機が帰ってこられる方法という前提をすぐさまひっくり返すものだったが、指揮官としての訓練も受けていない彼が今ここで思いつくのはこれが限界であったのだろう。
「盾を貸してもらえるか」
ビテールンはバーノウィッツ三番機にそう尋ねた。
ビテールンは飛んでいた。いや、厳密に言うと落ちていたというのが正しいだろう。どうやって飛行用ALでもない機体が崖もないこの場所で落ちているのか疑問に思うだろうが、簡単なことである。落ちたいのなら、跳べばいい。
高度約八十mのところを緩やかな下降線を描きながらもそれなりの速度で前方めがけて落ちていくビテールン伍長、彼は化石燃料エンジンを最大出力に上げると近くの川の跡地を利用し助走をつけ、全速力で跳躍、脚部及び背部スラスターをこれまた全推力解放させて上昇後可能な限り落ちぬよう飛び続けた。機体は軽量化のため予備マガジンとグレネードを全てカトマに渡し、チェーンガンと借り受けた盾を前方に構えて敵陣中央へと向かう。空挺部隊だ、パラシュート無しでも落ちることくらい想定済みだし地上から沢山の銃弾が伸びてくるのにも慣れている。ただこんな跳躍からの降下など初めての経験であったし、いくら盾と地上からの味方の援護射撃があるからと言っても恐怖が薄れるわけでもない。
目標は敵四脚ALダウボア、そのダウボアはようやく狙うべきは前方の一団ではなく側面から接近しているビテールン達だと判断したようだがもう遅い。だがここに単機置かれただけのことはあって敵も素人ではなかった、なんと空中を落ちてくるビテールン機に重砲の直射を命中させたのである。
空中に咲いた黒い爆発の花はリンド達のほうでもはっきりと確認できており、その直前に何故かレーアルツァスが飛んでいるのも目にしていたため、まるで意味の分からない、理解できない状況にありつつも敵のAL重砲による攻撃が止んだため味方が攻撃に成功したのだと理解する。
重砲から人間よりも大きな薬莢が排出され、地上に落ちると轟音を立てて跳ねもう一度地面に落着すると同時に突き刺さって止まる。ダウボアのパイロットは当てた瞬間に自分でもその神業ともいうべき狙撃に感心していた。重砲を空中で命中させたのだから、誰だって認めてくれるだろう。
だがパイロットは次の瞬間モニタに映し出されたものを見て我が目を疑った。確かに直撃させたはずのレーアルツァスが爆炎の中から突っ切ってきてダウボアめがけてチェーンガンを撃ちおろしてきているではないか。命中はしたはずだ、その証拠にビテールン機は左腕を失い左肩周辺の装甲は煤まみれになっている。そう、ビテールンは何とか盾と左腕とを引き換えに命を持っていかれずに済んでいたのだ。
外傷とおまけに左モニタの不調、あちこち内部機構やコックピット内の精密機器にダメージを負ってしまいはしたものの、敵の間合いに飛び込むことには成功した。敵陣にいるのはAWや歩兵ばかりでALはダウボアのみ、重ALは硬い代わりにとろいため軽量ALであるレーアルツァスならばダウボアが動くよりも早く回り込み、側面からチェーンガンを叩き込める。
人間の腕よりも太いチェーンが動き出し、フルオートで巨大な弾丸が発射されダウボアの装甲を叩く。上方側面からならば戦車と同様にALの装甲は正面と比べると比較的薄いため撃破できるはずである。




