人間防波堤(3)
20.5㎝連装砲の直撃を受ければ、さしもの重装型レーアルツァスとてひとたまりもない。増加装甲は容易く貫かれ機体の反対側へと推力を保ったまま砲弾は飛び出し地面を吹き飛ばす。
だがリンドにとって不幸中の幸いだったのは直撃したのが胴体ではなく脚部であったことだ。
両足を吹き飛ばされた重レーアは空中に舞い上げられそのまま海の方を向く形で腰から地面に落着、完全に機能を停止してしまったが、融合炉は安全装置が働いたおかげで機能を緊急停止、誘爆は免れた。
もしこれが機体の胴に掠めるレベルであったとしても被弾していたならばリンドは間違いなく死んでいたはずだ。だが、彼も脱出のためにベルトを外していたのが運が無かった、もんどりうつどころか僅かとはいえ空中に押しあげられ回転するような威力を受けたものだから、リンドは体中をしこたまコックピット内部にぶつけ、義手となった左腕以外の手足胴に裂傷や打撲を受けてしまう。またモニタに叩きつけられたことで割れたモニタが彼の右腕と右脚にいくつか突き刺さってしまっていた。しかし、頭部はパイロット用のメットをしていたために無傷で済んだ。
「お、あああ……ぐうう……」
声にならない呻き声をあげもぞもぞと蠢くリンド、上半身がシートにもたれかかっていたためにそのまま這い上がろうと試みるものの、痛みでそれどころではない。手足に刺さったモニタの破片を抜くことすらままらなず、至近弾に揺れるコックピットの壁や構造物がぶつかって破片をより食い込ませ、声を上げる。
「うあああーーーっ!!」
いくら戦士と言えども、腕を失う重傷を負った経験があると言えども痛みにはなれない。ましてやこんな痛みなど耐えられるわけがなく、つい涙を流してしまう。
ダークグレーのパイロットスーツが血でところどころ黒く染まっていき、リンドは襟を口に加えると強く噛んでガラス片を摘まみ、引き抜いた。
「う”ーっ!!」
痛い、ただそれだけだった。次の欠片はより大きく手首の下に二カ所で突き刺さっておりより酷い出血が予想されたが抜くしかない。
せめてぶつかったのが左であったならば刺さったのは足だけで済んだのに、そう恨みごとを言ってもしょうがない。彼は腕に突き刺さった大中五つの破片を引っこ抜き終わると上着をナイフで切って出血箇所を確認し、荷物を探る。取り出したのは止血剤でこれくらいの小さな傷であればあっという間に人工のかさぶたとなって血を止めてくれる優れモノだった。
それを大雑把に腕に振りかけると焼けるような痛みにまた涙を流しながら腕全体に刷り込み止血していく。ようやく腕の出血は止まったがまだ終わりではない、腕が終われば今度は足だ。
今度は下は先ほどのことで裂け目が出来ていたのでそれを完全に上まで達してズボンがバラバラにならないように注意しながら足の付け根付近まで切ると同じようにガラスを引っこ抜く。脚の方は腕程ではなかったため動脈を傷つけられずに済んだものの、それでも出血は少なくない。
足の破片もすべて除去し終わった後再び止血剤を振りまこうとしたがそこで彼は絶望する。もう止血剤の残りが足全体に振りかけられるほど残っていなかったのだ。軽い音のする銀色の袋を片手にリンドはこの世の終わりのような表情を浮かべていたが、再び至近弾によって機体が大きく揺れ傾いたことで、止血剤のことは諦めてしまった。
「クソッ!セレーンに治療してもらいたかった!」
とりあえず太ももに重点的に振りかけて刷り込むとふくらはぎの傷は包帯で済ませることとし、痛む腕を押して歪な応急処置を終えると改めて脱出の方法を考える。
ハッチは開かず脱出ハッチはレーアルツァス自身によって塞がれた、内側からハッチを吹き飛ばす最終手段も先ほど試したが被弾の影響で故障したらしくレバーがそもそも引き出せない。これで脱出の方法は全て塞がれたというわけだが何かもう一つあったのをリンドは思い出しかけていた。そう、それは更に緊急、非常事態において使われる最終手段だと整備士と話している時に教えてくれたのを記憶しているが、その重要な方法を思い出せずにいたのだ。
右手の小指のないあの三十代と思われる整備士は、何と言っていただろうか。いつもならばすぐに思い出せたであろうが、今の彼はどうにも出血のせいで意識が朦朧とし始めており脳をうまく操作出来ずにいた。それでも彼の生きたいという生存本能がかろうじてその手段を思い出させる。
「そうだ……確かバグっつってた」
リンドは座席に座り直すと各所にあるスイッチに触れるが主電源が落ちているため当然反応しない、それならばAPU(補助動力装置)なら、とカバーを外してその中にある赤いレバーを捻る、すると静かに弱弱しく電源が入りスイッチ類に電気が通っていく。本来ならば正面モニタのみ点灯するはずだがそれは先ほどリンドの図らずも体当たりによって砕かれたため点くことは無い。
改めて彼は先ほどの手順を繰り返そうとしたところで手を止めふと通信機の電源を入れる、だが被弾によって壊れてしまったようで、うんともすんとも言わずじまいであったため諦めて元の作業に戻る。
部下は皆無事撤退できたであろうか、ムートル兵長は手当てを受けられたのだろうか、ラッベラン小隊は機噛んできたのだろうか………セレーンはまだ生きているだろうか……
部下の全滅など二度と味わいたくはない、命よりも大事なセレーンを失いたくはない。そんな思いに苦しめられながら彼は最後の手順を実行した。
「これで……」
彼がサーチライトの電源を入れると、ライトが点灯する代わりにレーアルツァスの頭部横にある大きな本体装甲が吹き飛んだ。整備士の話ではこの予期せぬ解放が以前一度だけ整備中に発生し整備士が一人重傷を負ったのだと笑いながら聞かされた。思えばあの整備士は頭がどこかやられていたのではないだろうかとも思ったが彼のお陰で脱出の糸口が見えたことは確かだった。
リンドはシートの上に立ち上がるとクォーツァイトとの戦闘によってできたコックピットブロックの破孔に左手を伸ばす。隙間としては小動物一匹通れるかどうかだが、装甲の解放によってその向こう側に光が差し込んでいた。その希望の光まで届くにはこの破孔を拾げさらにその向こうにある機器を押しのけていく必要がある。
この時初めて自分の腕が義手になっていることに感謝したリンドは腕を突っ込むと外れかけているユニットを思い切り引き剥がす。大きな音と共に何らかの装置が剥がれてシート下に落下、だがおかげでリンドでもなんとか通れるような隙間が出来たのでそこに這い上がっていく。
猛烈に傷む右半身を気合で我慢し這い上がり隙間に体をねじ込んでいく。どちらかと言うとシェーゲンツァート人の男の中では大柄の部類に入るため肩がつっかえてしまうが涙をにじませながら体を捻って登り、遂に全身がレーアルツァスの内部に入ることが出来た。
ALは重要な装置類は出来るだけ機体側面や後部に集められているため、このあたりはフレームや装甲材ばかりで構築されていることが多く、レーアルツァス本体は空挺用に軽量化が施されているためなおのこと隙間が大きかった。そのためどうにか内部に入るという荒業が出来たのだ。それでも普通は人が通る隙間などないはずだが、これも戦闘によって邪魔な箇所が破壊されていたおかげで隙間が生じていたのだ。どれもこれも奇跡的な組み合わせによって生じたことだった。
そして彼の手がレーアルツァスの装甲の縁にかかり左腕の力だけで彼は思い切り体を引き揚げ上半身が外に出る。
「やった!やったぜ!」




