守りたいから(2)
本格的に戦場となった基地は瓦礫と死体であふれかえっており、最早ALで避けていくことも困難となってしまい、可能な限り避けてはいるもののやはりどうしても踏んづけてしまうこともあった。それを見なかったふりをして彼らは基地内を進む。
〈見えました！〉
ムートル兵長が一番にラッベラン小隊を視認、彼の位置からならここからでも敵機を照準に収めることが出来ていた。
「兵長行けるか？」
〈や、やってみます！〉
機体を射撃体勢に移行させると震える手でムートルは操縦桿を握り、側面を晒している敵機のど真ん中を狙う。砲弾は徹甲榴弾、最後の一発。
トリガーはその発射の反動に対してあまりにも軽く、小さなクリック音が指先で鳴ると同時にほぼ直射で徹甲榴弾は発射された。
超高速で飛んだ砲弾は空気を切り裂き煙を突き抜けまっすぐと目標へと飛来する。狙いは上々、しかし近くで起きた爆発に砲弾がほんの少しだけ押し上げられたことで弾道がずれ、弾は遠くの海へと着弾した。
〈あっ！す、すっ、すみません！〉
血の気が引き泣きそうになっているムートルに、リンドは慰めの言葉をかける。
「いや、今のは良かった！お前は悪くないさ！それより今ので敵が気づいたぞ！」
リンドの言葉の通り、目の前を砲弾が駆け抜けていったことで側面から敵が来ていることに気づいた敵AL部隊は、側面にも火力を置いて第一小隊への牽制を行いつつ確実にラッベラン小隊を仕留めにいくつもりらしい。
そうはさせるかと出たのがリンドであった。
「俺が正面から突っ切る、二番、四番、五番は右側面から、三番九番はここで俺の援護！八番機は俺の百ｍ後ろからついて来い！」
〈了解！聞こえたな！〉
〈ハイッ！〉
皆疲れ切っているにもかかわらずよく動いてくれている。特に四番機以降は皆今回の防衛線が初陣だというのに勇敢に戦っている。彼らがこのまま生き残り続けてくれればきっと歴戦の勇士としてシェーゲンツァートを守る助けになってくれるはずだ。
リンドは機体のトルクとショックアブソーバーを調節し衝撃耐性を上げると敵の十字砲火の中をまっすぐ突っ切り始めた。
その様子を後方から援護射撃しつつ見守るビテールン伍長たちは唖然としていた。
(いくら重装型ったってあんな中を突っ切るかよ！普通！)
リンド機は盾すら持たず己の装甲だけで突き進む。敵弾が次々と命中するが生半可な直撃弾ではことごとくを弾き逆にリンドの撃ったランサーロケットがALの正面装甲を貫いて背中から飛び出すと同時に爆発、敵機は上半身を吹き飛ばされて倒れたが、幸いにも融合炉の誘爆は免れた。
「まだ持つな……」
火花散り揺れるコックピット内でリンドは驚くべき程に落ち着いていた。化石燃料エンジンのパワーのお陰で戦車砲の命中にすら足を止めることなく前を目指す。先ほど撃破した敵機の僚機だろう、激昂した様子で突進してきた二機をリンドはやはりペダルを踏む力を緩めずに代わりにロケットポッドの蓋を展開すると、右から来る方に三発、左から来る方にもう一発のランサーロケットを発射した。
ランサーロケットは右腕に命中したが、肘に命中したために爆発せず地面に突き刺さってようやく起爆、ロケット弾も全弾命中したもののまだ敵機は動いており自分の狙いが甘かったことを実感する。
ロケット弾が命中した方はまだ動きが鈍かったが、ランサーロケットが命中した方は右腕をやられただけだったのですぐに左腕に持っていた銃をリンドの方に向けたが、八番機が攻撃を行い更にそこに機転を利かせ一か八かでレーザートーチを発射した。本来鉄板を切断したり歪んで正規の方法では取り外せなかった部分を切りおとすようなものであるため至近距離でなら威力はあるが百八十ｍは離れているこの距離では空気中で減衰してしまいALの装甲を切り裂けるような威力は出せない。だが、彼の狙いはAL本体ではなく持っている銃の砲であった。
銃身を焼きつぶした直後に発射された弾は出口がなくなったことで銃身内で爆発、銃口が花開いてしまう。
残された銃も失った敵機は急いで後退し、ロケット弾を食らった方もようやく動き出したものの無防備な胸部上面を晒していたことでそこに三番機と九番機の集中砲火を受け沈黙した。後退した方は機銃弾を撃ちながら下がったものの、突如として側面から銃弾の雨を浴び転がって倒れてしまう。
〈隊長、間に合いましたね〉
声の主は二番機、フーフラーファ曹長であった。最短距離を慎重に進みつつも遅れずに来てくれたおかげで最高にいいタイミングで別動隊は合流し後退する敵の無防備な側面を叩いてくれたらしい。
「助かった！」
〈当然のことです。各機、敵歩兵注意！味方を撃つなよ！〉
ALの対人機銃は高度な識別能力によって人種、肌などの身体的要素だけでなく軍服やそれらに埋め込まれたICチップのお陰で誤射が発生する危険性は非常に少ない。だがそれでも例えば上着を脱いでいたりズボンも汚れや高温によってチップがダメになっていることがあり、それによって悲しい誤射での死者も決して少なくはない。
特にこういった混沌とした戦場では起こりうる事故であるだけに、おおよそのパイロットは敢えて対人機銃の全てを起動するのではなく一部だけにとどめておくことがほとんどだ。当然リンドなんかも昔第四小隊にいた頃に教わっている。
一部はALの相手を、一部は戦車などの装甲車両を、そして残りが対人の掃討を担当する。
リンド達が敵の側背面をついて体勢を崩したおかげでラッベラン小隊も余裕ができたようで、彼らもようやく反撃に転じ始める。ラッベラン小隊一番機は右太もも外側の外装を展開するとそこから一発の弾頭を発射、鋭い形状を持った弾は敵のALザフォールの脚部に突き刺さると弾頭後部にある高性能蓄電池が作動、超高圧電流が機体全体に流れあちこちでショート、爆発を起こし機体は黒煙を複数上げながら沈黙した。パイロットは運が良ければ大火傷、大概は死ぬ。
残り二機になったALは分が悪いことを悟ってバズーカを一発ぶっぱなし第一小隊四番機、マーレイ上等兵の機体の右脚を吹き飛ばして後退していった。今度は流石にその側面を突ける者は無く、足元をうろちょろしている残りの敵戦力を制圧、十八名の捕虜をとることに成功した。
〈グルセ(※1)の第一小隊か！助かった……〉
ゼッセ中尉はとても安心した様子でため息をつくと母国語でそう感謝の意を伝えた。
見れば、確か数日前五機いたはずのラッベラン小隊も残り三機となっており、残った彼らも機体の状態は酷く、一機はこの戦いで両腕と片足を失ったらしく、コックピットハッチが開いてパイロットが機体を放棄するところが見られた。これで残り二機……
第一小隊も今の敵の苦し紛れの最後っ屁のためにマーレイ上等兵の機体が大破、上等兵自体は軽い擦り傷で済んだものの戦力が失われたのは痛い損失であった。
〈すみません〉
とりあえず九番機に同乗した上等兵の申し訳なさそうな声が無線越しに聞こえたので、ビテールン伍長が気にすんなと励ましの声をかける。
〈パイロットが無事ならそれでいいのよってのは良く聞く言葉だが、本当にそうなんだ。俺も前いた小隊が壊滅してからここに来たが、ほんと、そうだぜ。ね、隊長殿〉
「ああ、そうだな……」
三度も部隊が壊滅した経験のあるリンドにはあまりにも重みのある言葉であった。
※1 グルセ:エルトゥールラ公国の公用語オーラン語でシェーゲンツァートのこと。
