水際の守り手(2)
沿岸の艦隊と基地の対空砲の奮闘のお陰で多くの敵機が手前で追い返されていたが、それでもやはりうち漏らしは出てきてしまうもので、既にあちこちに爆撃によるクレーターが散見していた。
リンドら第一小隊は水際に迫り高度を下げてくる敵爆撃機や上陸を試みる水陸両用のALを迎撃する任務で、今の所はさしたる危険は迫ってはいないものの、いつでも敵を迎え撃てるようには心構えしておくよう全機に強く厳命していた。
「マーレイ上等兵、大丈夫か?」
リンドは自分の分隊所属の四番機、ペルテル・アリ・マーレイ上等兵の通信機越しに聞こえてくる息が荒く早いことに気づきそう声をかけると、意表を突かれた彼は素っ頓狂な声を上げる。
〈うひっ!……すっ、すみません!大丈夫であああります!〉
誰がどう聞いても大丈夫には思えない声の上ずりように、リンドは小さく笑うと深く呼吸を繰り返すことを提案する。マーレイ上等兵はリンドに言われた通りに深く何度も息を吸い、吐いた。それを聞いていた他の新兵たちも真似しはじめ、無線には深呼吸の大合唱とでもいうべき呼吸音が続いていた。
「落ち着いたか?」
〈……ふう……はい、なんとか〉
「よし、じゃあ警戒に戻れ……レーダーの反応が悪いな……チッ」
今日はノイズがやけに走るレーダーの映りの悪さにリンドは舌打ちしてつまみを捻って感度を上げると余計にノイズが酷くなったので反対に落としてみた、すると今度はまだ見ることの出来るぐらいでの僅かなノイズに落ち着いたのでこのくらいにしておくことにしたが、それがまずかった。いや、いずれにせよ今日の調子の悪いレーダーだろうと抜群に調子のよい状態であろうと防げなかったであろうから。
「あっ」
人間、いざ予想外のことが目の前で起きると叫び声などではなくこのような間抜けな声が出てくるものである。突如として水中から現れた水陸両用ALは大量の海水を迸らせながら無防備な七番機へと体当たりをかまし、巨大なクローアームでコックピットを叩き潰す。完全に予想外の奇襲に第一小隊をはじめとした守備隊は対応できなかったのだ。
通信機からは多重にくぐもった金属の潰れる音が聞こえたかと思うとそれ以来ブツッと音声は完全に途切れてしまった。そこでようやくリンドは命令を下す。
「撃てーっ!!!」
そう叫びつつ自身も七番機を殺った敵機に至近距離での重機関銃を浴びせようとしたが、トリガーを押す寸前にこの位置では敵機を挟んで向こう側に立つビテールン伍長の乗る三番機に命中する軌道であることに気づき、銃口を若干下げて足元に撃つ。だが、その僅かな時間に敵は仕留めた七番機をリンドの方へと向けて盾にしつつ、背後の三番機に牽制射を行う。腕の先から放たれた機関砲は、三番機の構えていた盾に全て弾かれる。これが徹甲榴弾ならば盾はあっという間に抉られていくが、内臓兵器故に小口径の弾であったことが幸いしただの徹甲弾だったことで、盾は至近距離ながらも良く持ちこたえただけでなく銃眼を用いての反撃を行わせる余裕すら与えた。
〈よくもドルミを!くたばれナジューバ(※1)が!!〉
ビテールン伍長は口汚く罵りながら目の前の水陸両用機に果敢に銃弾をぶつける。しかし敵機は頑丈にもほどがある分厚い手の甲ですべて防いでしまうと代わりに腕を思い切り振って三番機を反対に海へと叩きこんでしまった。
〈うわああーーっ!!〉
「伍長!伍長!クソ!!こちら空挺AL第一小隊!A2地点で敵機の上陸を許した!数一!既に一機撃破された!畜生が!」
リンドはのしかかっている七番機のスクラップを除けるのに手間取っており三番機を助けられそうにないため、代わりに四番機と十番機に連携して攻撃をさせるように指示したが、それを新手が許さなかった。
一番最初に上陸した敵機は四番機の右腕に肩からアンカーワイヤーを撃ち込むと引っ張ってよろめかせる。
〈なんてパワーだ!〉
水陸両用機の誇るトルクは他の陸戦用や飛行用を遥かに上回っており、一機程度じゃその力には全くもって抵抗できなかった。それを助けようと守備隊の戦車が至近距離砲撃を加え、それが張り出した胸部横に命中、黒煙を上げる。その隙をついて四番機はワイヤーを力任せに引っこ抜くと、十番機と共に敵機に銃撃を浴びせる。
だが、そこにまたしても水中からの奇襲が。
〈な!なんだあーーっ!?〉
十番機のゼラ一等兵の叫びが聞こえる。その頃リンドはようやくのしかかる七番機を横に押しのけ立ち上がるところであり、ようやく部下二人の機体が見えたと思った時には二機の新手によって撃破されるところであった。
十番機の砲撃型はキャノンを大きな腕で頭部ごと潰され、左ひざから下を足技によって粉砕、行動不能になっていたもののコックピットまでは破壊されていないようだ。四番機は左肩から腕をもがれており、それでもなお対空機銃をゼロ距離で撃って抵抗していたが、敵の分厚い正面装甲にはあえなく表面を削るだけに過ぎなかった。
リンドは急いで機関砲を撃って四番機に止めを刺そうとしていた最初の敵機の右腕の的確に肘を狙って切り裂いた。そこに歩兵が対ALロケットランチャーを発射、頭部に損傷を加えたところで敵機は水中に飛び込んで逃げる。それを見た残りの二機も継戦を諦めて水中に飛び込んで逃げる。
〈くそおおーっ!〉
何とか生き延びることの出来た四番機と十番機は追撃を加えようと海に向かって闇雲に撃つが、銃弾は空しく海面を叩くだけであったので、リンドは弾薬の無駄だと追撃を止めさせた。
「ビテールン伍長、無事か」
〈なんとか!〉
ビテールン伍長の声が返ってきたことでリンドはホッと一安心するが、彼の声の背後からはアラートが鳴り続けているのが聞こえているので無事というわけではないらしい。
「警報が鳴ってるぞ」
〈ああ、えーっとこれは落とされた衝撃で水密に漏れが……できたみたいですね〉
「コックピットは大丈夫なのか?」
〈ええ、どうやら右腕に浸水したみたいで、よし〉
ここでようやく三番機はおもむろに立ちあがり、海面から上半身を飛びださせた。海水をあちらこちらから噴き出したまますぐ近くのスロープへと向かう。
〈そうだ、ドルミ!〉
と、マーレイ上等兵とゼラ一等兵は、ドルミ兵長の乗っていた七番機の下にかけより仲間の安否を確かめるべく機体を降りようとしたが、それをリンドは厳しく制する。
「待て!勝手な行動はするな!」
〈でも、ドルミが!ドルミが!〉
半泣きのその声にリンドは心を痛めるが情には流されない。
「今は戦闘中だ、いつまたさっきみたいなやつらが襲ってくるかわからないんだぞ、確認は回収部隊とかに任せておけばいい!」
〈そんな……〉
明らかにその声には抗議と恨みがましさが籠っていたがリンドは敢えて無視する、これも二度とあのような全滅を喫さないためという彼の硬い決意によるものだ。戦場においてはよりもっと律し部下たちの意識を戦闘に向けさせることで彼らが生き残る確率が少しでも高まるというのなら、彼は敢えて憎まれ役にもなろう、そう決意した。したのだが根の優しい彼がどれだけその態度を崩さずにいられるかは疑わしいものである。
「空挺第一小隊より本部へ、医療班か回収部隊を寄こしてほしい、一機撃破された。確認を頼みたい」
〈こちら司令部了解、上陸した敵機はどうなった〉
「一機に損傷を与え撃退。完全に去ったかは不明」
〈了解、警戒を続けよ〉
「ハッ」
リンドは機体状況を確かめつつ第二分隊に様子を尋ねる。
※1 ナジューバ:シェーゲンツァートで古くから伝わる海の怪物。大きな腕をした二足歩行の巨大な化け物で、二つの月が両方とも満月になった日にだけ海から上がってきては迂闊に出歩く人間を襲って海へと連れていく、とされている。




