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武装鉄鋼アームドローダー  作者: 戦艦ちくわぶ
第七章 若き芽よ
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ツラく、カラく

 陰暦1996年10月4日、ポーライツィーミニー大陸にリンドはいた。ここが同盟軍と連合軍の次なる大きな戦いの場であり彼の復帰の舞台でもあった。

 ポーライツィーミニー大陸はシェーゲンツァートの北から北東にかけて伸びている中規模の大陸であり北半球では最も大きい土地で、同盟軍の多くもこの地に存在していた。故にこの大陸だけは是が非でも死守せねばらなず、この大陸の陥落イコール同盟軍の完全なる敗北と言える。

 とはいえ同盟軍の多くが存在するということは同時に連合軍所属の国家も少数ながら存在しているため、開戦当初から各地で戦いが繰り広げられてはいたものの、何といっても同盟軍第二位のキサナデア帝国があるためにキサナデアを中心とした部隊によってそのほとんどが初期に制圧され同盟軍所属の政権を打ち立て、同盟軍として協力する関係にある。

 リンドは今、再編されたバルマニエ大隊所属第一AL小隊の小隊長として再び据えられてポーライツィーミニー大陸北東部の国バウデックス・ナー王国のザームメッケナー海軍基地に防衛戦力として組み込まれていた。

 潜水艦の船着き場のすぐ横でボラード(船を繋留させる突起)に腰かけながらリンドはそわそわしているように見える。復帰戦ということとまた部下を全滅させてしまうという恐怖が彼の心に巣食いつつあるためともとれるががそれにしてはその表情に不安は見られず、寧ろ喜びに満ちているようにすら見えるのは、何故なのだろうか。その答えはすぐに明らかとなる。

「おまたせ」

 背後からかけられた声に、リンドはパッと表情を明るくさせて振り返るとそこにいたのはリンドの恋人であり陸軍の補給部隊所属であるセレーン・フル一等兵であった。この地に来て初日の格納庫で本国よりの物資をトラックで搬入してきたところに、リンドは偶然にも居合わせ再会したのだ。本来ならばここからさらに内陸部へと他の物資を搬送する予定であったが彼女の部隊のトラック二台がALが転倒する事故に巻き込まれてクチャクチャのぺちゃんこになってしまい、やむを得ず彼女を含め数名がここに居残りをする羽目になったのだ。つまるところ予期せぬ休暇である。

 生憎とリンドは部隊の連携を高めるために訓練続きであり、また部隊内での結束を高めるために共に食事をするなどいろいろあって毎日というわけにはいかなかったものの、彼女とこうして過ごす時間はとれていた。

「さて、じゃあいこうか」

「うん」

 二人は連れ立って海沿いを歩く。港では船乗りたちがあわただしく作業を進め、横の道路ではトラックや車両が絶えず行きかいアスファルトを砕いて舞い上げている。そんな戦争の最中の光景にも関わらず、この恋人たちはまるでいつもの日常のなかで連れ添って歩いているかのようで、両方とも軍服に身を包んでいるというのに二人のいるところだけがまるでそんな戦争の匂いから切り取られているかのようであった。その日常は既に遠い日の過去となり数年前に失われてしまったのだが。

 そんなことを意にも介さないかのように二人は談笑しつつゆっくりと歩いていく。時折縁のちょっとした段差に登ってバランスを取りながら歩くセレーンの片手をとって落ちないように横を歩いたり、冷やかしの声が飛んできてそれを笑いながら罵倒して返したりするのだ、長いようで短い時間を過ごす。

 その後二人は基地内を行く車両に乗っけてもらい基地の入り口まで行くと外出許可証を提出、晴れて町へと繰り出した。

 ザームメッケナー基地の周辺は基地の周りの町の例にもれず人が多く町も活気づいておりリンドの経験通り、軍人向けの飲食店や飲み屋、それに行ったことは無かったが風俗店が多く見られた。そういう店はよくスライ曹長やジュードル軍曹がどこかの基地を訪れるたびに行っており、リンドも半ば強引に誘われたりもしたがそのたびにキリルム中尉やボルトラロール少尉、あとはヴィレルラル軍曹が助けてくれたものだ。

 もうみんな死んでしまったのだなとしんみりとしている彼の横顔を、セレーンは複雑そうに黙って眺めていた。

 そんな彼女の同僚もまた同様に多数が戦死してきた。何事もないかのように思われた穏やかな輸送中、砲弾飛び交う中を行かされた緊急輸送、海を渡る船の上、大勢の仲間が死んできたのだ。数だけで言えば大所帯の彼女の方がより同胞を失っているのは間違いない。

 中でも運転中に助手席にいた先輩女性士官が助手席側にロケット弾を受けて右半身が見る影もない肉片と化したときが最も強烈で、彼女は涙も流さずただ嘔吐しながら路肩の木にトラックをぶち当てて脱出した。その時に出来た頭と右腕の傷は今も消える素振りを見せてはくれない。

 こうして戦争は若者たちの心に深く傷を負わせたままなおより深く、よりおぞましく進んでいく。このままでは最終戦争になりかねないが、幸いにも今の所大量破壊兵器の使用禁止を破った国がないので、一撃で大変な死者数が出たということは無かった。ただし、一つの都市を丸ごと焼き払って数十万人の住民を女子供も問わず焼き殺していることなどあちらこちらで発生しているため、結局のところ同じであろう。ちなみに当然ではあるがこの星でも非戦闘員である民間人や、投降した兵士を殺すことは国際条約において違反となっている。

 そのままとりとめもない話をしながら歩いているうちに二人はもう飲食店街へとたどり着いてしまい、何にするかぶらぶらしながら話していた。

「ダーモネー料理か……食べたことある?」

「いんやないな」

「私もないなーここにする?」

「しよっか」

 ダーモネー料理を出す異国情緒に溢れた店に入ると既に中には二、三十人の軍人たちを中心に客でにぎわっており、このあたりが軍人街と呼ばれる理由もよくわかった。二人は若い色白の小柄なウェイターに二人掛けの席に通されるとメニューに目を通すが、ありがたいことにメニューは全てキラロル語で記してあった。

「多分シェーゲンツァート人が沢山駐留してるからじゃない?」

「ああー」

 確かに彼女の言う通り周りの軍人たちの内五人は同じくミレース人の人種でキラロル語が良く飛び交って耳に入ってくる。

「つまり他の同盟軍の軍人向けのメニューが一通りそろってるってわけか」

「多分ね」

 そうして二人は分かりやすいメニューのお陰でメインと主食、それと二人で分け合う用のおかずにお酒を頼んだ。料理が来ると二人は予想していたものとは随分と異なる料理が来たので目を丸くしつつも、外国料理らしい嗅いだことのないスパイスの効いた風味に腹を鳴らし、恐る恐る口にする。

「どうだろこれ」 

 リンドが頼んだのはジャメンシスという肉料理だそうだが、彼が想像していたのは故郷のバ・ル・トゥーダという衣を付けてあげた肉にゆでた貝と根菜を添えて濃厚なタレをかけたものだった。何せここは港町、魚介類もついて来るだろうと思ってのことだ。しかしやってきたのは茶色い煮込み料理で、付け合わせになにやらドロッとしたクリーム色のペーストみたいなものが小皿に盛られているではないか。

「うーん、カムゥ(※1)みたいな?」

「だといいけど」

 そうやって一口食べてみたリンドは、思わず咳き込んで口を覆い水で流し込む。

「ゴホッゴホッ!」

「どうしたの!」

「カラッ、辛いっ!」

 どれどれ、とセレーンが一口もらうと確かに香辛料が良く効いており、しかも匂いはそこまででもないので匂いから想像できる以上の辛さであった。ただセレーンは辛いものは割と好きな方だったのでたべれないほうではない。

「辛いのだめだったっけ」

 水を飲んで落ち着いたリンドにそう尋ねると、彼は首を横に振ってスプーンでクリーム色のペーストをすくいながら

「いや、ゴホッ……いけるけど辛いとは予想してなくて不意を突かれた……あ、これ食うと辛くなくなる」

「ほんと?」

 セレーンはこれもまた食べてみると、確かに口の中の辛さがまろやかになり驚くほど急激に消えていった。

「多分これ一緒に食べる奴だよ」

「知ってた」

 二人は目を見合わせると噴き出して笑う。ああ、こんなバカみたいな時間がいつまでも続けばいいのに……

※1:カムゥ シェーゲンツァート北東部の郷土料理で全国的に広まっている。カマリャウという穀物を粉末状にしたものをお湯と出汁で溶いた主食。リンドの父の好物でもあった。

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