ただあと一歩
ウステン曹長をはじめとした同盟軍の混成(と言えば聞こえはいいが)部隊は、ブルーセイエース港に猛攻撃を加えている連合軍の無防備な背後をついて前線の一部に混乱を与えていた。
その一方でそのことを知らずに何らかの理由で敵の一部に乱れが生じたことを確認していた基地の守備隊はそのあたりを足掛かりに少しでも時間稼ぎの助けになるように戦力を投入しつつ、同時にその地点に様子を探るための偵察も出していた。そのうちの一隊が廃墟となった施設内に潜り込んであたりの観測を行っている最中のことである。
三人の分隊がボロボロの三階建ての建物の三階のある一室から下の通りを観察していた。下にいるのは当然ながら連合軍の兵士であったが一つおかしいのがなぜか基地とは反対方向と銃撃戦を繰り広げている者が見られたのだ。不審に思った彼らはその銃口の向く先に双眼鏡を覗かせるとなにやら不審な人影が。
「んだあれ……」
「俺にも見せろ」
はいよ、と小柄な兵士が隣の額に傷の入った男に双眼鏡を渡し、額傷の男は彼と同じ方向を注視する。
「……あれシェーゲンツァート兵じゃねえか?」
「なんだって?」
「ぐっちゃぐちゃに汚れてるけどあれ多分……あいやちょい待ち……シュクスム兵もいるぜ……それだけじゃない他の同盟軍の軍服だ!」
「するとあれか、まさか後方に取り残されてたやつらがここまでたどり着いたってことかよ!」
呆れたとばかりに額に手を当てる。
「とにかく連絡だ、敵さんの混乱の原因はやっとこさたどり着いた仲間がこっち向かってるって!」
ここでもう一人の兵士が背中に背負っていた通信機を下ろして後方に連絡を取る。通信機もなけなしの数機の内の一機で、そんなこの通信機もいくつもの壊れた通信機からパーツを取ってきて二コイチどころかナンコイチにもなっている上に、純正品だけでなくその場で無理くりもとい現場の創意工夫によって無茶な修理もされた、そんなキメラ通信機である。そのためかやはり、あまり調子が良くなく後方とは非常に近い距離ながらも中々通信が安定せずにノイズばかりが走ってしようがなかった。
「あークソ!動け!このっ!」
何度もつまみやスイッチを操作しアンテナの先だけを窓から出してみるがそれでも一向に良くならず、しまいには一度もしっかりつながらないまま完全に沈黙してしまったので、深いため息をついた彼らはやむを得ずもう一つの手段に出た。
「俺が走って伝えてくる、お前らはあいつらの支援をしてやってくれ」
「マジかよ……わかった頼むぜ」
「任された」
こうして彼らは非常にアナログな手段で伝達をする羽目になり、一人が後方へと四方八方から銃弾が飛び交う中を走り、残り二人が敵中に飛び込んで味方の支援をすることになった。後者は焼け石に水かもしれないが、必死で長い道のりを歩いてきた彼らにとってはきっと地球でいうなれば地獄に垂らされた一本の糸のような、そんな希望になりうるかもしれないのだからやる以外にないのだ。それに、戦っている仲間を見て見ぬふりなど到底出来るはずもない。
一人は重たい荷物などすべて捨て拳銃一丁携え走り、残った二人は通信機を捨て敵陣へと走った。
二人は後ろからやってきた撤退中の部隊に気を取られて前方への警戒がおろそかになっている隙をついて敵の構築した土嚢の陣地に残骸の影を利用して忍び寄ると、まず一番近い前を向いていた兵士の喉元に銃刀を走らせ、次に前はまだ仲間が見てくれていると思っている背を向けた兵士二人をそれぞれ喉と背中から一撃で仕留める。
急に撃ち合いをしていた一か所の陣地から銃声が止んだので不思議に思っていたウステン曹長たちは、土嚢の影から突きだして左右に振られている銃刀に気づき、仲間たちに撃たないように指示しそちらを注意深く観察していると、数秒後にシュクスム陸軍の軍服を着た兵士二人が腰を落として現れたので安堵の溜息をついた。
「味方だ、味方が気づいてくれたぞ」
その知らせにクフ軍曹たちの表情がにわかに活気づいた。血と泥に塗れ元がどんな顔だったかわからなくなっているほどボロボロな彼らは心身ともに疲弊しきっていたが、その眼は未だぎらつくものがあった。
「あと少しだけ我慢してくれな?」
パテティ兵長がそっと腕に抱いた少女に語り掛けると、少女は震えながらもしっかりと頷いた。この銃弾飛び交う中を彼らが必死に守っているおかげで、少女たちには傷一つなく泥汚れがこびり付いている程度に済んでいた。
「あんたらは!一体何なんだ!」
ウステン達と合流するや否や、偵察部隊の兵士達はその血塗れ泥まみれのためにどこの軍服か一目で分かりづらくなっているために、ついそうやって問いただしてしまうがパテティ兵長やクフ軍曹の容姿を見れば彼らが同じシュクスムに住む人間であることは明らかであった。
「俺たちはずっと後ろから撤退してきた、まだずっと後ろにもいるぞ」
軍曹たちに代わってその場で最も階級の高い者であるウステン曹長が手短に説明すると、やはりと言った様子で顔を見合わせた二人は、兎に角彼らが味方たちの下へとたどり着けるように援護することにした。
「自分たちはこのあたりの敵の混乱を探るために送られました!既に曹長殿たちが戦っていることを伝えるために伝令を向かわせておりますので!」
「助かる、まだあるか?船は」
「ええ、ですがもうあまり。ですがもう便も残り少なく制空権も喪失しかけております」
「クソ……」
ここで彼らはもうこの撤退の行列の尾部に位置する者たちがどうあがいても間に合わないことを悟った、それどころか中部あたりですらもきっと……
そうしているうちにも三名の兵士が追いついて彼らに合流する。その三人は本当に着の身着のままともいうべき状態で、一人は完全に丸腰、もう二人も恐らくここで拾ったであろう敵のライフルを抱えているだけでメットも何もかも失われているではないか。
彼らは敵を牽制しつつ偵察兵の案内のもと急いで建物の影から影へと駆けていく。
「うおっ!」
あと半分というところで、先行していた偵察兵の一人が待ち構えていた敵の銃撃により斃れてしまう。ドルブレル上等兵が破損した建物の穴から牽制をしつつ、その間にウステン曹長他一名が内部から回り込むと、横合いから回り込まれていることに気づいていない四人の敵の真横に音もなく現れると無防備な横っ腹からハチの巣にしてしまった。
「行くぞ!」
もうだいぶ来ただろうか、ここまでくると敵だけでなく味方の銃弾もよく飛び交うようになり間違っても味方に撃たれるなどというへまだけはしないようにしなければならなかった。ここまで来て、ようやくここまでたどり着いて仲間からの誤射なんていうつまらないことで死ぬなんて冗談じゃない。
基本的にはどれも歩兵の携行火器か機関銃の応酬に過ぎないがそんな中一際大きく連続した着弾音が空気を震わせた直後に雨のように土が降り注いだので、皆が直感でその根源を察した。
「ALですね」
「ラーバァ(※1)」
幸か不幸か、その攻撃の主は味方のALであるが例え敵だろうが味方だろうが撃たれれば死ぬ。特にALの携行火器など野砲を連射しているようなものなので生身の人間などすぐ近くに弾着どころか横をすり抜けるだけで吹き飛び、場合によっては肉片へと変わり果ててしまう。
「なんにせよ開けた場所は危険です、あっちを行きましょう」
最後に残った偵察兵がメインルートではなく逸れたわき道を指した。そちらならまだALの攻撃に晒される危険もいくらかは減るだろう。ただし、物陰の危険性は増すが……
※1 ラーバァ:シュクシィ語で岩山を表す言葉。ルスフェイラのことをシュクスム軍ではラーバァと呼ぶ。




