斑模様の人形
降りしきって止む気配のない雨の中を、傷ついた彼らは進む。歩兵たちは雨合羽のあるものはそれを着て穴から染み込む雨の冷たさに顔をしかめ、無いものはヘルメットで頭だけでも防ぐほかなかった。メットすらないものは顔をしきりに拭っては視界を確保するが次第に腕もつかれてしまいその虚しい抵抗もやめてしまった。
一方で車両に乗っている者は雨をおおよそ防げていた。普段は屋根を畳んでオープンカー状態にしているポーリルであるが、今は機関銃を格納し(とはいっても支柱から外しただけだが)防水の布製の屋根を展開して雨を防いでいた。特に今は幼い同乗者がいるためこれは必須である。
ハンドルを握るウステン曹長はちらりと後部座席に目をやると、疲れ切った表情で拳銃を磨いているドルブレル上等兵の横で幼い姉妹のリーペとラニェーニェは身を寄せあってぐっすりと眠りについており、先ほどまでのおびえた様子が嘘のようである。きっと雨音のせいで戦いの音が聞こえにくくなったためであろう。車体はぬかるんだ道のせいでゴトンゴトンと大きく揺れてはいるものの、それでも尚起きる気配がないのはきっとここ数日の間ぐっすりと眠れたことがなかったためだろう、安心して眠ることが。
そう考えると、この子たちが自分たちのことを信頼に足る大人たちと思ってくれていることがうれしかった。
「やけに穴だらけだな、連合のビニェス(地球で言うブタ)共も整備してから進軍すりゃあよかったのによったく……」
「それほど急いでたんでしょ」
「クソが……っとお!」
ひときわ大きく揺れたと思うと車体が大きく左前方に傾いてしまったまま動かない。四輪駆動のパワーと走破性をもってしても、後方に泥が飛び散るばかりで動きそうもなかった。
「スタックしたな」
とクフ軍曹とドルブレル上等兵が外に出て車を押すためにさっさと外に出ると、雨の中車の後方に回る。するとそこには泥まみれになった数名の歩兵が顔についた泥を拭っているところで、どうやら先ほどのアクセルによって引っかけてしまったようだ。
「すまん」
「いや、どうせ雨で落ちるさ。それより手伝おうか」
「頼む」
ドルブレル上等兵が拾ってきた何かの装甲板を左のスタックした前輪の下に噛ませて六人で車を押す。それと同時にウステン曹長もアクセルを目一杯踏んで脱出を図るが、中々脱出してくれないのはきっとポーリルがこういった車両にしては少々平均より重たいためだろう。頑丈さを売りにしているがその分少し太ってしまったのだ。
「せーのっ!せーのっ!……せーえーのーっ!」
「ううううっ!」
「重いなこりゃ!」
彼らは全身泥まみれになりつつも更に三人の助けが加わったことで、遂に脱出する。
「やった!」
窪みから脱出したことで彼らは歓声を上げクフとドルブレルは手伝ってくれた仲間たちに感謝を述べると五メートルほど先で待機しているポーリルに乗り込んだ。
「よし、もう基地は目と鼻の先だが……」
ウステン曹長の言わんとしていることはわかる。ブルーセイエース港が近いということは前線もすぐそこにあるということだ。事実、先ほどから雨音にも消せないほどの音量で爆発音が耳に入り始め、後部座席の姉妹も目を覚ましてしまったようだ。
「おっと、ゴメンな」
ドルブレルは泥まみれなことを謝ると二人に頭を下げるようにジェスチャーで伝えた。
「これから危なくなるからね」
「どうやって敵の前線を突破しますか」
これから敵の戦線を後方から突破する必要が出てくる。真正面から突っ込まなければいけないことよりもマシだが、それでも敵中に突っ込むという非常に危険極まりない行為であることには違いない。物資も何もかも欠乏した状態で味方の援護も期待できないまま突撃を敢行するのはあまりにも無謀と言えよう。
さりとて策を練っている時間は与えられておらず、即決が求められていた。そして彼らが下した決断とは……
「進め進めーっ!足を止めるなーっ!」
撤退中の同盟軍の一団が最後の力を振り絞って銃弾飛び交う中を駆け抜ける。一人、また一人と敵の攻撃によって倒れていく中でも彼らは必至に走り続けた。
彼らが下した決断は真後ろからそのまま敵中突破をかけることだった。物資も時間も何もかもが不足している彼らに遠回しな策を構築し実行に移すような余力はない、今できたのはこうして敵が正面の基地に意識を向けている内二そのがら空きな背中を背後から蹴り飛ばす位のことであった。
敵はどうやら彼らのことを後方からやってきた遅めの部隊と誤認していたようで、村を過ぎたあたりから近づいてきているのは認識していたが、混乱による伝達の不備であろうかともかく偶然にも同盟軍に都合の良い状況が出来上がっていたのだ。
そうとも知らない彼らはやけにノーガードな敵を不審に思いつつも、疲れが彼らに疑うということを阻み突撃を敢行させたのだ。
全体がそろったわけでもないためぞろぞろと散発的な突撃であったものの、敵の後方を攪乱するには十分だったらしく、連合軍側の一角で攻撃の手が緩んでいることに気づいたブルーセイエース港守備隊たちはその一点になけなしの戦力を集中的に投入し始めた。
敵味方の銃弾飛び交う中、ポーリルの前輪がパンクしたことでウステン曹長たちは車両を放棄、ドルブレル上等兵と追いついたパテティ兵長に子供たちを任せウステン曹長とクフ軍曹ら四名で活路を切り開く。
「クソったれ!」
ウステンはグレネードのピンを引っこ抜くと車両止めのバリケード越しに撃ってくる敵中に放り込み見事吹き飛ばす。そして拳銃の残弾を確かめるとそのままマガジンを戻して前進する。
目の前のテントから慌てて着の身着のままや半裸で出てきた兵士達を、彼らがまだどちらに敵がいるのかわかっていない状態だったが彼らは黙って横から射殺し銃を拾い上げ両手持ちに変える。
「まだまだ遠いな!」
「そりゃあまだここは敵の尻尾ですからね!」
後方からはクリアしたことを確認して少女を抱きかかえた二人が進んでくる。その後ろに後方警戒の二人が続く。が、そのうち一人が腹部に銃弾を受け倒れてしまい、ドルブレル上等兵がそれを救出すべく飛び出そうとするが、敵の砲火が激しく身を隠すほかない。
「耐えろ!」
そう叫びながらも隙間から倒れて血を流している仲間の様子を注視するが、流れ弾かそれとも始めから彼を狙ってのことか不明であるが、数発の弾が立て続けに命中、そのまま動かなくなってしまった。
「畜生!今に見てやがれ!」
怒りに燃えるドルブレルはふと何かを踏んだので足元に眼をやるとそこにはMRK33 6.1㎜軽機関銃が一丁、弾と一緒に転がっているではないか。それを見て彼はにやりと笑み浮かべるとベルトを肩から掛け給弾ベルトを挟み、安全装置を外す。
「曹長!下がって!」
前方を塞ぐ敵の陣地に攻めあぐねていたウステンは背後から聞こえたその声に振り返るとワッと声を上げて飛び退る。直後、腰だめに抱えたMRK33を横薙ぎに斉射した。
ただの木の柵で出来たバリケードなど機関銃にかかれば紙も同然で、裏に身を隠していた兵士ごと敵をハチの巣にしてしまい、道の開けた彼らは雨で流れゆく血だまりの中を急いで走り抜ける。
「よくやった上等兵!」
「どうも!」
ウステン曹長たちは一人の犠牲を出しつつも、先陣きって仲間たちの下へと走り続けていた。




