闇の中のターゲット
彼らの先頭部が束の間の休息を取っている間にも続々と後続の兵士達がこの村にようやくたどり着き、疲れ切った骨と肉を休ませ始めた。日がな一日歩き続けている彼らの大半は一度横たわると死んだようにぐっすりと眠りに落ちてしまい、耳元で銃声でもならなければ起きないのではないかとすら思われるほどで、実際近くで不幸な誰かが地雷を踏んずけて吹き飛んだ際にようやく目を覚ましたほどで、そんな彼らを救助された姉妹は恐ろし気に物陰から見つめていた。
パテティ兵長たちが見つけた二人の少女は姉の方をリーペ、妹の方はラニェーニェといい前者が十歳後者が七歳で、この村のこの納屋のある農家の娘らしい。家屋には確かにこの少女たちの自室も設けられており、年頃の少女らしい内装でパテティは姪っ子のことを思い出していた。
「リーペ、近所の人たちはどこに行ったんだい」
藁の山に腰かけながら目の前で外を窺っている姉の方にそう尋ねると、彼女は逃げたと答えた。
「お前たちは逃げなかったのか?どうしてまた」
するとそこには農家ならではのやむにやまれぬ事情があった。
「あの……サマジャディがもうすぐ実をつけるから水を抜いとかないといけなくて、それでね、うちはサマジャディしか今年は育ててないからダメになっちゃったらダメだから……お母さんとおじいちゃんと一緒に水抜くのを手伝ってたの」
「ああ……」
言葉のわからないモノリー軍曹が隣で寝ころんでいるウステン曹長に会話の内容を尋ね、それから続いて聞き慣れぬ名前の作物についても尋ねる。
「だそうだが、サマジャディってなんだ」
「サマジャディとはあれです、ほら」
とパテティは自分たちの向かいに吊るしてある丸っこいこぶし大のオレンジ色をしたものを指さした。サマジャディと呼ばれるそれらはいくらかの数ごとに網に入れて軒から吊るしてあり、それがこの納屋には数十個も同じように並んでいたので、皆さっきから気になっているところではあった。
「へえ……」
シェーゲンツァートでは見たことも聞いたこともない植物に少し興味をひかれたが、わざわざ立ちああって取りに行ってみるほどの気力はない。
「サマジャディは地中に実をつけるんですが地上の茎や葉も食べられるんです。シュクスムだと全国的に食べられますよ」
「主食ってわけだ。そりゃあ重要だな」
どうやらリーペたちの家族はサマジャディの生育を案じて避難する前にせめて水を畑から抜いておこうとしたようだが、それで遅れて逃げられなかったようだ。そして恐らく前線の守備隊が先に逃げ村人たちも逃げ、逃げ遅れたリーペたちの家族を連合軍の兵士が殺したということなのだろう。全ては推測に過ぎないものの、彼女たちのあの怯えようからすれば……
そしてウステン達のその推測を確固たるものとしてしまう証拠が村内を調査していた部隊によって発見されてしまう。
「曹長殿、こちらへ」
クフ軍曹が呼ぶので彼はパテティに子供たちを連れてこないよう命令を下してモノリーを伴って外に出る。彼らが案内されたのはサマジャディの荒らされた畑の中で、明らかに人の踏み入った跡のある道を踏み越えていくと、少し開けた場所が現れた。そこにはシャベルを持った他の兵士二名が悔しそうな表情で穴の底を見下ろしており、彼らもそれを覗き込んでみると中には数名の男女の遺体が収められていた。土に汚れておりまた無造作に穴の中に放り込まれているため出してみないことには人数はわからないが、どれも皆銃創や刃物で切り付けられた跡があり、兵士によって惨殺されたことは火を見るよりも明らかだった。
「あの家にも血の乾いたあとがあったからな……」
リーペの家だけでなく他の家も中が荒らされていたものの、何かしら争った形跡のある家は三件、そのどれにも銃弾が壁や家具に当たった跡や血痕がはっきりと残されていたので、それを見た時点でもう結末は容易に予想できており、今更驚くほどのことでもなかった。
「あの子たちどうします、連れていきたいのはやまやまですが……」
ここにおいておけばどうなるかわかったものではない、しかしかといって戦い続ける身である彼らと共に行動すれば必然的に彼女たちも本当の戦火に身を晒す事態に陥ってしまう。子供たちをそんな危険に晒すわけにはいかないが、身寄りがないのでおいていくわけにもいかない。そんなジレンマの中で彼らは決断を迫られていた。
それからしばらく、日が落ちるころまで敵との遭遇もなくゆっくりと体と心を休めることの出来た撤退中の同盟軍は、翌朝には出発するため荷物を枕にし、家屋や納屋を問わずぎっちりと並んで眠っていた。
今も尚港の方角からは激しい砲声や爆発音が絶えず轟いていたにもかかわらず、彼らはあまりにも疲れ切っていたためにぐっすりと眠りこんでおり、パテティ兵長は少女たちの部屋で彼女らの寝床の横で眠っていた。もしもの時にすぐに対応できるようにだ。
「おっ、見えたぞ」
今晩見張りについている兵士が、この村で焼け落ちていない一番大きな農協の建物の屋根から西南西の方角に双眼鏡を向けていた。彼がのぞいていたのはようやくたどりついた最後のAL、クォーツァイトである。クォーツァイトはあれから更にいくつかの被弾痕をその身に刻んでおり、内部メカはかなり傷んでしまい、いくつかの装置が使用不能に陥ってはいたものの未だによく動いていた。皮肉だがこれも質の高い兵器を作るオースノーツのお陰だ。
「ウーラ上等兵」
穴の開いた屋根から金属製のマグカップを手にした男が顔を出し、湯気の立っているカップを屋根で見張りを続けている彼に渡す。
「あざっす」
具のないスープだが、あったかなものを口にすると心まで安らいでしまうから、それだけでもありがたかった。
「あと三時間で交代だ」
「ハイ……」
そう答えた彼がもう一口スープを飲もうと口に近づけたとき、彼らのいる農協の屋根が吹き飛んだ。
「敵襲ーっ!!!敵襲だーっ!!」
すぐさま地上にいた兵士が空の鍋をお玉で何度も殴りつけながら村内を走って回る。休息を取っていた兵士達は安らぎの最中に叩き起こされた恨みを晴らすべくあわただしく駆け巡っており、攻撃のあった方角を探知し始める。
「報告!」
ウステン曹長とクフ軍曹は車両に飛びついて無線機で現状を問いただすが今の所まだ攻撃の飛んできた方位はわかっていない。その間にも村のあちこちに砲撃が次々と飛んできており、家屋が木材の破片を飛び散らせていく。
〈こちらドミヌス3、砲撃は北西の山脈から飛んできている!〉
「でかした!!」
ドミヌス3、それはクォーツァイトのパイロットの識別ネームである。あちらこちらの故障が目立つクォーツァイトだったが、幸いにしてこの夜戦の状況下でもまだ暗視装置は機能しており、偶然にも北西にある山の中腹が何度も光ってはその数秒後に同じ数だけ着弾が起きていたのでそうだと確信したのだ。
「ドミヌス3、撃てるか?」
〈こいつのライフルでもギリギリです!〉
「狙撃しろ!」
〈了解!〉
クォーツァイトの持つ六十mmアサルトオートキャノンは装弾数と貫通力、命中力、ばらまきに優れているが遠い目標を狙い撃つのは他のAL用の銃に比べると苦手で、また銃弾の口径が小さい分搭載炸薬量も少ない。対して拾ったルスフェイラの突撃銃は同じく六十mmではあるが銃身が長く遠距離でも安定した弾道で発射が出来る。ただし、残弾数はもう三十発とワンマガジン分すらない。それはここにたどり着くまでに実はAL二機とやり合ったためだった。
パイロットは震える手を抑え機体を安定させるべく片膝立ちさせる。
「当てられるのか……」
彼らの命は一機のALに託された。
ウインドウズのアップデートで変換の仕組みが変わったのか、誤変換が前にもましてかなり多くなったので元に戻してほしいなーと思っています。




