敵中を往け(2)
「とにもかくにも移動しないと、今の爆発を聞きつけられたかもしれない」
おまけにほら、とパイロットは二筋の黒煙が自機の残骸から空へと登っているのを指さした。太い方は地雷によるもの、もう一筋の細く、途中で風にかき消されてしまっているのが工兵が仕掛けた爆弾によるもの、いずれにせよこの遮るもののほとんどないだだっ広い田畑のど真ん中ではどちらも自分たちの位置を敵に教えているに過ぎない危険な代物であった。
連合軍もこのあたりは既に勢力圏内で彼らにとって後方でも、自分たちの異常な進撃速度のために後方に敵を追い抜いてしまっていることは知っているので、時折飛行機や車両の斥候がうろちょろしているのを目撃しており、既に幾度となく戦闘に突入してしまいそのたびに共に戦いこうして撤退してきた同胞たちを失ってきた苦い経験がった。
「ほんと、負けるってのは嫌なもんだぜ」
パイロットは他の者から荷物を一部受け取り負担を受け持つと、撤退の行列に加わった。こうしてALを降りて身に染みることだが、よくもまあ彼ら歩兵は数百kmという長い道のりを徒歩で歩き続けてきた者だと最早呆れ交じりに自分たちの来た道を振り返る。ALなら百キロなどすぐ目と鼻の先だが人の足で、しかも何キロもの重たい荷物を背負っての行軍ではその距離は数倍にも数十倍にも思われる。
便利な足であり鎧であり、家であるALを失った喪失感は彼が思っていた以上に重たく心にのしかかっていた。
それから三十分後、彼らが警戒していたことが起きてしまう。先ほどのALから立ちのぼる黒煙を遠くから目にした後方警戒任務に当たっていた装甲車が一両、撤退中の列の後部に遭遇する。この遮蔽物のほとんどない場所では彼らは凹凸の激しい荒れ果てた田畑に体をおしつけるようにして身を隠すほかなく、手持ちの対装甲兵器は乏しい上に、敵も足場の悪いところでわざわざ距離を詰めるような馬鹿な真似などせず、遠くから機銃を撃ち込んでくる。
「早く仕留めて進まないと増援が来る!」
「わかってるさ!」
しかし、丁度応戦している彼らの中で誰一人として重たいロケットランチャーなど携帯している者はおらず、車両の殆どは列の前にいるためいくらか前方にいるALが戻ってくてくれない限り彼らに生き残る道はない。
撃てる銃弾も乏しく一方的に傷ついていくしかないのか、そう思われた時であった、前方から激しい機械音が近づいて来るのでそちらの方に眼をやると、数少ないAAの二機が前方より舞い戻ってくれたらしく、彼らは不整地をスラスターを吹かしながら飛び越え一気に装甲車との距離を詰めると機銃弾をうまい具合に避けつつ肉薄、まず運転席に十二㎜マシンガンを撃ち込んで行動不能にすると続いてもう一機が跳びあがってまずボンネットを踏み更に飛び機銃座の真ん前に仁王立ちすると、大きく口を開けAAの方に向けようとした機銃を踏み潰し、そして機銃手を持ち上げて左腕のナイフで刺殺、死体を放り投げた。
またもう一機もドアを力任せに引きちぎると八㎜機銃で残りの二人を始末してしまった。
ものの三十秒ほどで片のついてしまったことに生身の兵士達は呆気に取られていると、AAの装着者が来いと呼んでいるので無事な三名がそちらに向かう。
「まだ運転できるか」
そう言われて中を一瞥したが、血肉に塗れているもののステアリングやエンジンなどに損傷は見られないため、死体をどけてしまえば操縦は出来そうだ。
「衛生状態が気になるけどな」
野ざらしの血は病気を呼ぶことはこの星でも周知の事実。
「気分の問題もある」
「拭けばいいだろ」
「まあ……そうだけどさ」
渋々ながらもそれに従い、備え付けのジェリカンから水のタンクを選ぶとそれでざっと車内に飛び散った血肉を流し後はナイフでシートを切らないように押し払った。AAが引きちぎってしまったドアはそのままにして銃で破壊されたフロントガラスは枠ごと取っ払ってしまう。
「負傷者を」
今までソリで引きずられていた歩けない重傷者を後部の兵員室に四名寝かせると、衛生兵が一人と脚を負傷した兵士が乗り込み、銃身が潰され破壊された機銃を外して外に放り捨てた。
「歪んでる」
機銃を外しながら彼は車体の屋根が大きく下側に潰されてしまっていることをぼやく。これはAAが上に飛び乗ったからで、いくら頑丈な装甲車と言えど三百キロもあるAAが一か所に乗れば歪みもしてしまう、そのあたりだけ十センチ程沈み込み機銃用のターレットリングは完全に使い物にならないほど変形していたので、そのために機銃を外すのに手間取ってしまったがどうにか外した後は、機銃手用の座席に腰かけてマシンガンを構える。これなら足を怪我している彼でも戦うことが出来るようになった。
「あまり速度を出すなよ、撃たれちゃ敵わん」
「わかってるよ」
急場しのぎの鹵獲車両、それ故味方全員にはこの敵の装甲車に味方が乗っているということを知らないものがほとんどであるため、誤射の危険性は非常に高くそれを避けるために彼らは念のためにボロボロの同盟軍旗をフロントに掲げて行列に沿いながら速度を落として進むようにすることで、可能な限り同士討ちを避けられるようにはしたが、それで絶対とは言えないのが敵の兵器を使うことの危険性である。また、装甲に描かれているオースノーツと連合軍の印は削り落としてある。
畑から畑の横を貫く一本道に出るまでは非常に揺れその間シートに縛り付けられていた負傷者たちは体を揺らす痛みに顔をより歪ませざるを得なかったが、道に出てしまえば舗装されていないとはいえそれなりに揺れも収まり、道の整備がどれだけ重要かを思い知らされた。軍用車両の強力なサスペンションでも、未整備の地面を行くには厳しいところがあった。
行列は続く、常に遠くの砲撃音や爆音、空には飛行機のエンジン音が鳴り響いて彼らの耳を休ませようとはしてくれない。あちらこちらに立ち上る煙にあちこちに散らばる残骸、そして敵や味方の死体たちが彼らの目を腐らせ続ける。衛生状態も悪く、精神的にも苦痛を受け続けている彼らの中には時折脱落者が現れ、彼らはもう歩く体力も残っておらずに戦友に自分たちを捨て置くように訴えるばかりだ。
「折角オルマンスからここまで来たんじゃねえか……」
そう言って肩を貸そうとする仲間の手を力なく押し返して彼らは涙を流しながら首を横に振るのだ、皆一様に。
「俺はもう駄目だ……動けねえ」
そう口にする者は実際に彼らの言う通りやせ衰え目に光は無く、着ている軍用ベストの重みにすら耐えられないようで、足はこの長い長い行脚の末にすり減り棒きれのように動かせない。
「ジュトーに俺の妻と娘と、両親がいるんだ……俺は立派に戦ったって……」
シュクスム共和国の兵士には目の前の他国の兵士が何を言っているかなどわからない、しかし何を言いたいかは嫌というほどわかる。今まで何人もそうやって斃れてきた仲間を見てきたのだから、それにそうやって震える手で出せなかったボロボロの手紙と写真を渡されれば……
「シェーゲンツァートだな……」
袖の国旗章と浅黒いミレース人らしい肌を見ればおおよその見当はつく、名もなき一等軍曹はそう言い残して息絶えたシェーゲンツァート陸軍高射砲兵の手紙とあちこちが破れた写真をベストの胸ポケットに大事そうにしまい込むと再び歩き出した。
ああ、戦争は地獄だ……




