天地鳴動
時系列がよくわからなくなりました。
以前の話を一部日付を変更しました。
リンドがあってはならなかった手紙を受け取った日からさかのぼること約三週間、オースノーツ共和国ウーティマース州にあるウーティマース空軍基地の病院の一室にヴィエイナ・ヴァルソーは腰かけていた。エシャネーアーカ内での捕虜脱出騒動において腕をへし折られた彼女は応急処置を機内で受けてはいたもののこうして地上にて本格的な設備のある場所で検査機器を用いてしっかりと診察と改めて処置を受けていた。
幸いにして折れた骨が体外に突き出るような重傷には至らなかったもののそれでもやはり上腕の骨が折れるという大きな骨折ではあったので、手術を受けて特殊な素材のボルトを打ち込まれていた。そうして無理矢理治しはしたものの切開した部分が塞がるのと骨がくっつくのを待つこと、そしてその後のリハビリのために一月以上は彼女は飛ぶことが出来ないことが決まっていたため、非常に不機嫌そうである。
「大尉」
病室を訪ねてきたのはザーレ准尉となんと次兄のグラズヴァール・ヴァルソーであった。ザーレは二日ぶりの見舞いであった上彼女とはプライベートでも親しい間柄なので別段驚くこともなかったのだが、よもや二番目の兄が見舞いに訪れるとは微塵も予想していなかったので思わず狼狽えて言葉に詰まってしまったほどであった。
「あ、えっ……ガッ、グラズヴァール兄様……」
腕を吹き飛ばされたときでさえ、父がどうにか合間を見つけて短い時間であったものの見舞いに二度来てくれたくらいであったのに対し、次兄であるグラズヴァールは陸軍の通信部隊の指揮官として国外へ出兵していたために見舞いのメールを送ってきたくらいであった。
「ロビーで丁度大尉のお部屋をお尋ねになられていたので、ご一緒させていただいたんですよ」
「ああ……」
接点のない筈の二人が同時に入ってきたわけがわかった。
グラズヴァールは通信部隊の指揮官としてあちこちに引っぱりだこにされていたために非常に忙しくあちこちを行き来しており今もそのはずだ。それが何故国内にいるだけでなく見舞いにまでこれたのかが不思議でなかった。
長兄のジェルザイムと違って痩せぎすな次兄は見舞いの手土産の入っているらしい箱を小脇に抱えたまま妹の弱っている姿を見て困った様子で同じく言葉に詰まっていた。
「あー……大事には至らなかったみたいで……安心した……よ。いや、腕を折られたんだったな」
「えっと、はい……でも手術も済んだので後は骨の接合を待つだけだから」
「そうか」
居心地の悪そう、というよりは兄弟との間でうまく場を持たせるための語彙をあまり持たない彼らはザーレが横で見守る中でやはりぎこちない様子でいたが、それをうまい具合に電話がその場を切り替えてくれた。
「悪い……はい、グラズヴァール・ヴァルソー少佐であります……はい、ええ、明日の十時の列車で、え?はいわかりました……いえ、では」
電話を切った彼は一つため息をつくと抱えていた箱をベッドの上に置いて別れを切り出した。
「呼び出しだ、いかないと」
普通ならば折角久々に会えた家族の再会を切り上げさせられる羽目になったのだから残念そうにするはずなのに、隠してはいるがどこか安心したように思えるグラズヴァールは、ザーレにも軽く挨拶すると病室を後にした。
「素敵なお兄様ですね」
「そう?」
「ええ」
陸軍の兵にしては痩せすぎているきらいのあるグラズヴァールのことをハンサムだと思ったことは無かったが、ザーレが言っているのはそういうことではなかった。それに気づかないヴィエイナは眉間に皺を寄せて不思議そうである。
「あ」
と、ここでヴィエイナは足元に置かれた箱を取り上げると包みを開けてみた。グラズヴァールの趣味はよく知らないが、そこまで面白いものを持ってくるようなユーモアのある人だとは思っていないので、何かしら出先で手に入れた異国の調度品とかそんなものだろうと思って開けてみると、その予想は半分当たっていた。
「ふっ……フフ」
「なんですかこれ」
二人とも笑いを漏らしながら箱から取り出したそれを明かりの下に出して見てみると、より一層意味不明なそれに顔を見合わせてまた笑ってしまう。
「どこかの……動物ですかね」
「……さあ……」
木彫りで四つ足の置物は、両掌に丁度乗っかるくらいの大きさで、どことなくシャーピエナ(※1)のようにも見えるが、馬にも見える。しかし馬にしては背が低いので、何なのか見当がつかなかったが木彫りの動物の置物らしいということだけはわかった。歴史の教科書にも載っていないようなそれを何故兄が見舞いの品として持ってきたのかがどうしても理解できなかったのだが、これもグラズヴァールなりの兄弟愛の表現なのかもしれないと思うと、許せる気もした。
「本当に変な置物ですねえ……」
置物の台座にはやはり見たことのない不思議な文字が刻まれており、それがこの動物らしきものの名前を表しているのか、作者の名前なのか、題名なのかすらわからなかったのがまた笑いを誘った。
彼女は知るまい、自分の腕を折ったあの憎きシェーゲンツァート人が彼女とは真逆に絶望のどん底へと突き落とされ、精神を崩壊させられかけているということを。もしそれを知ったら彼女はその様子をほくそ笑むのだろうか、それとも哀れむのだろうか……
それから再び視点はシェーゲンツァートのリンドへと移る。
あの手紙を受け取って十二日後、彼はロートバーウン病院に移されていた。ここはより深刻な精神的障害を受けた兵士達が収容されるところで、都市部から離れ人里離れた自然あふれる地方に建てられており、様々な精神疾患を負った哀れな兵士達は今日もどこかを見ていた。
暖かくなり始めた日差しを鉄格子越しに浴びながら、リンドはベッドの上に横たわっていた。彼の病室にはベッド以外には何もないのは万が一に自傷を防ぐためであったが今の彼にはそのような気力さえなかった。
虚ろな目をしたリンドは、日差しから顔を背けもう三時間もずっと同じ一点を見つめ続けており、一言も声を発してはいない。現在は朝の十時、起きてから丁度三時間でつまり彼は起床してからずっとそうしていたということになる。食事を殆どとっていないため、僅かな日数ながらも彼はやせ衰える兆候を見せ始めていたのは、やはり精神的な負担が強く影響しているのだろう。
たった一年足らずで彼は幾度となく死にかけ、仲間を失い、小隊長としての初陣で年下の学徒兵の部下を全員失い、そして大事な弟をも失った。これ以上彼に何が降りかかるというのだろうか、運命というならばそれはあまりにも……あまりにも……
※1 シャーピエナ:プルーツ大陸南部にいる大型の鳥。四つ足で歩き虫や草、果物を食する。見た目は凶暴そうに見えるが温厚で家畜としてよく飼われている。またペットとしても飼育されている。




