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武装鉄鋼アームドローダー  作者: 戦艦ちくわぶ
第七章 若き芽よ
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リンドの希望の灯台

 エルトゥールラ公国北部、ロビウードウ県ボル・レパス陸軍基地、そこの軍病院にの一室にリンドは収容されていた。異国の地ではあるがシェーゲンツァートの最大の軍事同盟国の一つでもあることと同国では上から数えて規模の大きい軍病院であったこともあって、シェーゲンツァートの人間が複数勤務していたため言葉にはあまり困らずに済んでいた。

 リンド達は三〇一機動艦隊に降り立った後本国へと帰投するものと思われたが、寄港地であるエルトゥールラからシェーゲンツァートまでの航路に敵の潜水艦が複数確認されたということでリンド達はここエルトゥールラ公国の病院に入院し手当てを受けることとなったのだ。顔の骨折の処置も終えあとは治るまで暫く入院ということであったが、ALもないので訓練も出来ずただ痛み止めの切れた顔の痛みに耐えたり外の異国の風景を眺めたりするだけの日々が続いた。

 時折気が向いたらここに務めているシェーゲンツァート人からオーラン語を習ったりしつつ、一週間が過ぎた。若さも手伝ってか治りは早く、また件の潜水艦が追い払われるもしくは駆逐されたことで周辺海域の安全性が確保されたことで艦隊が出港することが決まり、クルーペ軍曹と共に再び乗艦することとなる。

「オジュードヴァ(さよなら)」

 リンドは覚えたてのオーラン語で遠ざかりゆくエルトゥールラ公国に別れを告げ船室へと戻る。これから十数日の間波に揺られ本国へと凱旋すると思うと、リンドは心が躍ると同時に初陣で散っていった九人の部下たちがフラッシュバックし顔をこわばらせた。様子のおかしいことに気づいた同室の陸軍准尉は大丈夫かと声をかけたが、リンドの耳にその声は届かない。

 まだ十六そこらの弟たちのような年頃の部下が全員死に本国の家族の下へ二度と帰れなかった、そのことに気が付いたリンドは心臓がエンジンのように高速で拍動し始め、息は荒く早くなり目線が定まらなくなっていた。何故今更になって彼らのことが想起されたのか、リンドには分らなかったがとにかく今の彼は正気ではいられなかった。

 急いで陸軍准尉が医務室はどこだと叫びながら部屋を飛び出し、数分後には軍医を連れた彼が戻ってくる。医師はすぐに過呼吸に陥りつつある彼をすぐさま手際よく適切な処置を行う。処置している間に数人の野次馬が何事かと二人の部屋の周りに集っていたが、すぐに上の階級の者にドヤされて散っていった。



「……ええ話をしていたら急に顔色が」

 軍医を呼んできた陸軍准尉、ラートム准尉は軍医のリリーセス少佐にリンドのその時の様子を話していたが、本当に唐突だったと未だに困惑した様子であった。

 鎮静剤を打たれて落ち着いたリンドは今はぐっすりと眠りについており、先ほどまでの真っ青な顔の面影は全くと言っていいほど見られなかった。

「精神をやった兵士は今までそりゃ何人も見てきましたが……彼は普通に見えたんです、本当に。それが急に顔色が悪くなったもんだから……」

 なるほどな、とリリーセスは聴診器を鞄の中にしまいながら心当たりのあるように頷いた。

「PTSDだな」

「でしょうね……」

 兵士には大抵よく起きる精神的な問題、それはこの星の人類とて同じことでリンドはまだ十代という若さで数十回は死んでいてもおかしくない状況下に置かれ続けたことで精神が慢性的に傷んでいたのだ。

「彼は確か捕虜だったね、顔面に骨折と打撲、内出血の跡が見られたはずだが……収容所での拷問によるものかね……」

「さあ……自分もまだあまり詳しく聞いてはいないので」

「詳しいデータがあればいいがせめて本国に帰らんばかりには何が彼の精神を病ませたのか、その根幹にある原因がわからんからな」

 兵士ともあれば、PTSDになるだけの理由など掃いて捨てるほどあるのだ、銃声や爆発音への恐怖、目の前で戦友が死んだことに因るもの、民間人を殺してしまったこと、何でもある。少佐が目を付けたものの一つに彼の左腕が義手になっているというものであった。

 左上腕の半分から下が失われたリンドは武器内蔵の軍用義手をつけてリハビリ後すぐにALパイロットとして復帰するというとんでもない精神の太さを持つ若者、というのが彼の判断である。普通は傷痍軍人として後方勤務に移るか傷痍軍人の部隊なり技術試験科などに転科するか、あるいはこの非常時下においては難しいが退役といいう道を選ぶだろう。にもかかわらずリンドは腕を失う原因となった空挺部隊に復帰している、そんな強い精神力をもっている人間がああもなるのだから、今まで以上の恐ろしい経験をしたに違いない……

「とにかく一旦本国でしばらくの間療養に入った方がいいだろうな、いや入るべきだ」

 そう言うと彼は手持ちの手帳にあとでカルテに書き込んで置く情報を書き留める。これらの情報をリンドのカルテに書いておけば、本国で軍に渡して彼の精神を落ち着かせるためにしばらくの間療養所送りに出来るだろう。こうすれば彼はしばらくの間、死地に飛び込まずに済む、家族にも会えるだろうと信じて。



 


 それからシェーゲンツァート帝国のリーヴァ海軍基地に寄港するまでの間、リンドは二回そのような状態に陥りつつも何とか持ち続けた。そうして久々に故郷の地へと降り立った彼は翌朝にはシェーゲンツァート第二の都市ウー・クローミアの病院へと送られた。ここで彼は診察と顔の治療が済み次第、地方にある軍人用の療養地へと送られる手筈となっていた。

「オーセス少尉さん、ご家族からお手紙ですよ」

 看護科の女性兵士から一通の茶色い封筒を渡されたので、ベッドで上体を起こした状態のままリンドは手紙の封を切る。二枚つづりの手紙を読み始めたリンドはやけにその書き出しが重たいことに何か恐ろしいものを予感する。

 冒頭の内容はこうだった、手紙は何度も送ったがリンドがあちらこちらに転戦したり手紙を運んでいる輸送機や輸送船が攻撃を受け手紙が届かなかったことで、知らせたいことが知らせられなかった、という。

 そう何度も手紙を出してまで伝えたかったこととはいったいなんなのかと目を細めて読み進めようとしたところで彼の目は止まった。

「少尉、お母様ですか?」

 看護師は隣の空きベッドの掃除をしながらそう尋ねたが、リンドからの返事はない。手紙に集中しているのだろうと思いそのまま作業を続けていた彼女だったが、突然背後から聞こえる彼の呼吸が荒くなり出したのを聞いて振り返ると、手紙を握る彼の手は震え涙が滲み始めており、荒い息遣いの中で小さく、嘘だ、嘘だ、と絞り出すような声が聞こえ始めたので手紙の内容が良くないことであったことを察知した彼女はすぐにそばにあるナースコールボタンを看護師だけが知っている特定の回数押した。

「嘘だ嘘だ嘘だ!!!!そんなわけがない!!俺は!俺は何のために空挺部隊に入ったと思って!!!嘘だーーーっ!!!」

 発狂したリンドはベッドの上で悶え狂い、駆け付けた医師と他の看護師は手早く彼を押さえつけて鎮静剤の投与に入ろうとしたが、怪我をしているにもかかわらず彼の暴れる力はすさまじく、六人がかりでようやく押さえつけられた。

「一体何が……」

「手紙を読み始めたら急に」

 彼女の話に、軍医はベッドの足元に落ちている手紙を拾い上げた。便箋は先ほどの騒動で踏まれてしまったらしく足跡が付いていたが、内容を読む分には問題なく上から順に目を通していき、半分もいかないうちにある文で目を止める。



 バレイオが通学中に車に轢かれて死にました。



「ああ……」

 リンドは彼が学費を稼いでいた水産学校に通う、大事な弟を失っていた……

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