帰らなければ……
落ち行くクウィールの中で四人の同盟軍の捕虜たちが狂乱の状態にあり、それぞれが悪態をついたり意味もなく叫んだり、神に祈りを捧げたりしていた。このまま機体のシステムが再起動しなければ全員がまとめて機体もろとも真っ逆さまに重力に引かれ、地表に叩きつけられて木端微塵となる運命は想像に易い。
さしものALとて雷には抗えず、あちこちがショートして回路も吹き飛んだ状態ではオーバーホールでもしなければ再起動は難しく、当然こんな落下中に出来る芸当ではないのだ。あとは奇跡を待つだけで、いくつもの死線をくぐり抜けてきた流石のリンドも今度ばかりはもう駄目だと思い、目を瞑ったままレバーを闇雲に動かしていた。
(セレーン……ゴメン!)
その時であった、もう一度機体にしかも今度は完全に直撃する形で雷が命中、機体全体に電撃が走った。
「うわあああーーっ!!」
コックピット内は絶縁されているので四人に被害はなかったがシステムはもう一度雷に晒され今度こそ全ての回路が吹き飛んだのではないか、そう思われたのも束の間なんと驚くべきことに九割がたのモニタとメーターなどが再び光を灯し、完全に停止しかけていた反応炉が高らかに稼働音を上げ始めた。
彼らははじめは訳がわからないといった様子で呆然としていたがすぐに自分たちはまだ生き延びられる可能性があるのだと知って歓声を上げた。
再び鼓動を始めたクウィールは背部ダクトから生命の息吹を吹き出すとすぐにスラスターから機体の下降を止めようとする下方向への噴射を始めた。このまま垂直降下をしていてはエンジンと翼に負荷がかかりすぎるので緩やかに前へ前へと機体を進ませながらの降下を続けていると、遂に雲を抜け眼下には大洋が広がっていた。
「あっ!艦隊が!」
撃たれていないほうの捕虜が声を上げ海上の一角を指さした。そちらの方をアップにしてモニタの端に拡大すると、彼の言う通り複数の艦艇が見えたがどうやらただの艦隊ではなく空母や戦艦を交えた大艦隊であるようで、機内の空気は一変した。もしそれが敵の艦隊なら命運尽きたといえるし、味方であっても現状識別信号は連合軍のものとなっているので誤って撃墜されかねない。
目を凝らしてせめてもの目視によって空母か戦艦の判別さえつけばとも思ったが、別に艦艇オタクではないのでさっぱりわからない。クルーペもこの距離では拡大した荒い画像ではさっぱりという様子であった。
レーダーには既に艦艇が複数捉えられている、つまり艦隊側はとっくに彼らを補足しているということの証明でもある。事実、艦隊には既に動きが見られ駆逐艦らしき艦艇が複数リンドたちの方へと向かっているだけでなく、ヘリ搭載の巡洋艦からヘリが発進を始めていた。
「おーわマズイ……軍曹」
リンドが呼ぶよりも先に既にクルーペ軍曹は無線の回線の変更を試みており、幸いすぐに救難用の国際共用周波数帯域に無線の周波数を変えることに成功し、リンドは呼びかける。
「こちらシェーゲンツァート帝国空軍所属、リンド・オーセス少尉。救助を要請する、敵対の意思はない。負傷者二、いや三名」
リンドはそれを繰り返していると三回目を言い終わったところでようやく返答がありそれはまごうことなきキラロル語であった。
〈……ザザ……こちらシェーゲンツァート帝国海軍第三艦隊所属第三〇一空母機動艦隊、シェーゲンツァート帝国人ならばなぜオースノーツ製の飛行型ALに乗っている〉
「ああよかった……助かる……あーえっとそれは先ほどこの機体を奪取して敵輸送機から脱出してきたのであります」
〈捕虜だったのか〉
「ハイ!そうです!私の他にシェーゲンツァート軍人一人と他の同盟軍の捕虜二名も乗っております!」
〈了解した〉
第三艦隊所属第三〇一空母機動艦隊は、旗艦はマレルーサ級重フリゲート艦八番艦オイミョイナで空母三隻戦艦二隻を要する非常に攻撃力に優れたシェーゲンツァートの主力艦隊の一つで、現在はオキリェエステ・ルル・コリュートナー准将が指揮を務めている。
クウィールは随伴艦から飛び立ったヘリの護衛というよりは監視を受けながら空母ル・シャッツェルレラの甲板にゆっくりと降り立った。とはいっても当然空母への着艦など経験があるはずもなく、思い切り鈍い音とともに着艦させたリンドはそのままバランスを崩してあおむけに倒れ始め、甲板で銃を持ち待機していた乗組員たちは慌てて退避する。それを搭載AIが自動で背部スラスターに噴射をかけて転倒を防ぐと同時にまっすぐ立たせてくれたおかげでリンドはこれ以上甲板をへこませずにそのまま片膝を下ろすことが出来た。揺れる海上では十五m前後の、小さな足二つが接しているだけの不安定なALを甲板で立たせておくなど危険極まりないため、彼の取った姿勢は至極真っ当なものであった。
コックピットハッチを開けまず出てきたのはリンドであった。彼は両手を上げながら真っ先に降り立ち、続いてクルーペ軍曹が降り最後に残りの二人が降りた。リンドとクルーペの顔を見て同じミレース系の人種から味方であることを確信した乗組員たちは警戒は大体解いて最低限の注意だけを払うことにしたようだ。
「受け入れ感謝します。シェーゲンツァート帝国空軍第一機械化混成空挺師団第一AL連隊バルマニエ大隊第一AL小隊所属、リンド・オーセス少尉であります」
「ようこそ少尉、私はル・シャッツェルレラ戦闘部署指揮官のエンラ少佐だ」
彼の顔を見た少佐はまだ腫れの引いていないのを見て色々と察したようで、眉をひそめる。
「自分はアステーレイアー航空整備部所属のビレンゼ・クルーペ軍曹であります」
アステーレイアーの名を聞いてエンラ少佐は険しい顔をした。
「アステーレイアーで同期が防空指揮を執っていた……」
「そうでありましたか……」
アステーレイアーの乗組員たちは一部が回収されたが殆どが艦と共に運命を共にした、という記録が残っていた。クルーペ軍曹もまたその一人として戦死者に加えられていたが敵に救助されていたとは思わなかったので、彼には後程アステーレイアーの最期について証言を求めなければならないと少佐は判断した。生存者の少ない艦だからこそより言質をとりたいのだ。
同盟軍である他の捕虜二名は治療のために連れていかれ、リンドも顔の怪我の具合を見るため別室へと案内された。
「艦隊は丁度本国へと帰投する予定だ、ここに降りてよかったなハハハ」
戦闘を終えた帰りである三〇一機動艦隊は損傷艦の修理や補給、負傷し先に国外の病院に運ばれた乗組員の代わりの補充要員を入れるべく、また長らくの間この艦隊は外洋にて戦闘を行い続けていたのでリフレッシュもかねての帰国であった。それを聞いたリンドは甲板を歩きながら艦隊の様子を見ると、確かに左舷側に艦首が沈下し右舷側にも傾いた戦艦キルレーケや第一主砲に布をかけられている駆逐艦など複数の損傷艦の姿を見た。それだけなく自分の歩いている甲板に目を落とすと生々しい焼け焦げた跡がくっきりと残っており、艦内へと降りていくタラップに手をかけようとすると甲板の端に何か大きな金属の板が突き刺さる用に引っかかっているのを目にし、目を丸くする。
「ああ、あれは被弾した敵機が刺し違えようとして突っ込んできたんだ。何とか外れたが尾翼を引っかけていってね」
「ははあ……」
突っ込む瞬間、その機のパイロットは何を考えていたのだろうかとリンドは考えを巡らせるが、すぐにそんなことを頭から追い出すように振り払うと、今は無事に脱出できたことを喜ぶことにした。全ての部下を失うという悲惨な隊長としての初陣であったが、あれはそのような練度の低い部隊であんな危険な作戦に投入した司令部の責任、そう思うようにして。
だがリンドは知らなかった、本国で待ち受ける、彼をより絶望へと叩き落とす凶報が待ち受けているということを……




