鉄の棺桶(3)
リンドがアルグヴァルを走らせようとすると、機体の現在の状態を表す小モニタに、脚部に損傷を負っていることが判明した。躓いた右足の膝の付け根部分の外側を地面にしこたま打ち付けたらしく、オイル循環のチューブとアクチュエータに損傷が起きてしまったようだ。これでは最大速力で走ることができない。
「なんで、そんな……」
体中から血の気が引いていくのがわかる。最早敵航空部隊は目視できるほどに接近しており、それらが自分たちに向かってきていることは一目瞭然であった。
〈急げってんだ!〉
キリルムの怒声に唇をかみしめ、彼は懸命に機体を走らせた。明らかな異常振動が、フレームを通してコックピットまで伝わってくる。そうこうしているうちにも背中には敵の攻撃が加えられ、アルグヴァルの装甲を剥ぎ取っていった。
「クソ!クソ!俺は死ぬわけにはいかないっていうんだ、クソが!」
対地ロケットの警報が鳴る。リンドは足を止め、右の空を見た。と、同時に、空から放たれたロケット弾が三発、彼の目の前に着弾した。土を巻き上げた爆風は、アルグヴァルをもう一度地面に押し倒した。
「そんな……」
彼の眼に映ったのは、無数の航空機とあろうことか飛行型ALであった。飛行型ALを目にしたのは訓練学校で、撃墜されて保管されていたオースノーツ軍の主力飛行型ALシュリーフェンくらいで、実際に動いているのを見たのはこれが初めてであった。
「なん……てこった」
キリルムが空を見上げて声を絞り出すように呻いた。彼自身も飛行型ALと戦うのはこれで二回目である。
同盟軍の対空砲が一斉にそれらに向かって攻撃を浴びせ始めたが、既に散開していたオースノーツ軍の航空機は悠々と躱し、お返しにロケットを陣地めがけて斉射した。誘導のないロケット兵器であるが、これだけ面に放てばそんなこと関係ない。シュクスムやシェーゲンツァートの大勢の兵士たちが爆風に飲み込まれ、陣地は恐ろしい被害を受けた。それでも対空砲やALが懸命に応戦するが、空を飛ぶ目標になかなか当たるものではない。それでも命中弾を受けたALが黒煙を噴きながら地表に吸い込まれていった。
「やるしかないのかよ!」
表面に土を被ったアルグヴァルを起こしながら、彼は男として、シェーゲンツァート帝国軍人として一つの覚悟を決めた。もしここで自分が死んでしまったとしても、遺族手当が家族に……!
機体はさらに損傷を受けている。動けないということはないが……
それよりもこいつの火力なら、空にばら撒けば少しは対空砲として助けられるかもしれない。ALを片膝立ちさせると彼は一斉射の設定をし、ガトリング、ロケットポッドを起動させ空を見上げた。通り過ぎた敵の飛行型ALシュリーフェン四機が、反転してもう一度こちらへの攻撃を試みている。今度は高度をさげ、ロケットではなくマシンガンを撃ってくるつもりらしい。彼はほくそ笑んだ。自ら重装型アルグヴァルの間合いに入ってきてくれるとは。
深呼吸をすると、彼はトリガーを引いた。軽鋼チタン合金の装甲はアルグヴァルの誇るガトリングや機関砲の弾を弾いてはくれなかった。あっという間に機体はバラバラに砕け散り、地面に時速三百キロ弱で地面に降り注いだ。もし生身であればひとたまりもないが、高速で降り注ぐ鉄片から重ヴァルの装甲は操縦者を守ってくれた。一機が右の手足をもがれるも撃墜されずに済んだようだが、右側のウイングをもがれたシュリーフェンはバランスを崩しフラフラと飛んだあと地面に突っ込んだ。
「ハアー……ハアー……やったってのかあ……?」
彼は脱力し、目を瞑った。
ロケット兵器:この星では特殊磁場のためミサイルのような無線誘導兵器が使用できない。また、この星においてはミサイルという概念がほぼ存在しない。有線であれば誘導はできる。
シュリーフェン:FAL/ON06 全高:14.3ミラス 重量:46.2ガトン 最高速度:時速522km
動力:ビックヒース小型動力炉 オースノーツ海軍において運用されている主力飛行AL。主に空母で運用されている。四枚の大型ウイングと三基のエンジンで軽量な機体を飛ばす。翼下に300㎏爆弾を合計四つまたはALR11マルチロケットを四本懸架できる。軽量化のため装甲は薄いがオースノーツの誇る軽鋼チタン合金を曲面装甲で用いているため、防御力はそれなり。主武装は飛行型AL用の58㎜マシンガンや80㎜ヘヴィーマシンガン。変形機能はない。