ジルメリデス大断崖の戦い(2)
〈敵先頭、Aラインに侵入を確認。最後尾はまだそれより千mほど後方に伸びています〉
ネバスター隊小隊長のカミシェ少尉は、この谷底の先にあらかじめ設置されている高性能センサーから送られてきた情報を報告する。敵の数や種類は詳しくは不明であるが、多数の観測データをまとめると少なくともAL、AW、AA、戦車、装甲車、歩兵、砲兵と一通りの部隊は揃えてきたようで、これだけでも熾烈な戦いが予想された。いくら彼らに地の利があるといえども、こんな危険極まりない場所で圧倒的数の不利を覆せるようには到底思えなかった。
だとしても、国土を防衛しネメニーアという名を残すためには避けられない戦いであった。それが例え終いにはオースノーツの管理下となり首長国としての独立を、自由を失うことになるとしても……
敵がAラインを突破したことはすぐさま全部隊に知らされ前衛から後衛まで皆の背筋に冷たい汗が流れ始め、動悸を起こす。この国は今までその土地柄故かあまり戦争に巻き込まれることのなかった比較的平和な国であったために、国民のDNAに戦いというものに対して正面から挑む心構えが若干希薄であった。それでも祖国の地を守るためには武力が必要であることを知っていたので、防衛戦争が行えるだけの軍備と備蓄は常に備えてあったようだ。
全員が心を引き締めて構えていると谷の向こうから爆発音が一つ、それに多くのものが心臓の止まる思いであったが音は随分と遠くから聞こえてきたようでその音もこの谷底の狭い壁を何度も何度も反射してようやくここまで届いたようだ。これはこの断崖ではよくあることだ。
〈地雷にでも引っかかりましたかね〉
〈多分な〉
少ない兵力を出来るだけ温存するためにネメニーア軍は自国内とは言え谷底付近限定で地雷などのトラップをあらかじめ多数仕掛けており、最前列のほうでそれらトラップに同盟軍が引っかかったようである。
同盟軍の侵攻部隊が浸入してからおよそ二時間が経過したところで、レーダーに新たな動きを検知、少尉は通信を開いた。
〈敵先頭Cラインに侵入、敵最後尾と思しきものAラインを超えました〉
〈了解した、命令あるまで引き続き待機〉
〈こちら司令部、野戦砲陣地、命令あり次第砲撃を開始しろ〉
〈こちら野戦砲陣地、了解〉
砲兵隊は牽引砲を岸壁をくりぬいて作られた建物の中に砲を引き込んで窓から前方に向けて狙いを定めている。敵ももうかなり近くまで接近しており、先ほどからいくつかの爆発音や破砕音が何度も聞こえてくるので彼らは順調にトラップを浴びているらしい。ネメニーア軍兵士はトラップによって敵がもっと傷つき数を減らしてくれることを切に祈りながら、ライフルを握る力を強めていた。
そして遂にその瞬間は訪れた。ALのカメラ、砲兵隊指揮官の双眼鏡、歩兵隊指揮官の双眼鏡これらが同時に姿を現した戦車を捉えその直後砲兵隊に砲撃開始の指示が下された。
〈砲撃開始!!〉
先制攻撃を行うのは砲兵隊の役目であった、六門の百㎜砲が一斉に火を噴き先頭の戦車に浴びせられた。同盟軍シルシッツェ共和国のMBTメイリは四発の直撃弾を受け初弾と二発目を弾いたが三、四発目が装甲を食い破りダメージを負う。一発が車長を葬りもう一発が左の足回りを吹き飛ばして行動不能に陥らせ僅か一つの侵攻ルートの妨げとなる。
だが道は戦車一両だけで塞がるほど狭くはなかった、ハッチから脱出を始めた戦車の乗員たちの横を新たな戦車が現れたかと思うとそれと同時に砲撃、弾は完全に逸れたものの飛び散った岩片で二名が軽い切り傷を負った。
その戦車はそのまま岸壁に沿うように曲がりながら進み歩兵たちがその後に続く。
〈あっ!ALが!〉
誰が叫んだかはわからないが、戦車と歩兵の後に続いてALも姿を現し始める。シェーゲンツァート製ALのルスフェイラG型である。シルシッツェに輸出されたルスフェイラは前面装甲を同国内にて増加されより前線を押し広げることに特化した機体となっており、このような前面のみを相手にすればいい戦いではこれ以上ない改造を施されていた。
ルスフェイラは本装甲よりも分厚い増加装甲で砲兵隊の攻撃を受け止め戦線を力技で押し上げる。歩兵の方でも対AL携行式ロケットランチャーで膝を集中的に狙ってはいるものの、ひざ周りにも可動の邪魔にならない範囲でスラットアーマーが施されていたため一撃でALの膝関節を破壊できるはずの弾頭は、細い鉄の棒に阻まれてしまう。
そこにようやくAL隊への攻撃開始命令が下った。
〈こちら司令部、AL隊の攻撃を許可する。装甲の薄い天辺を撃ち抜いてやれ〉
「了解!!ネバスター隊、攻撃開始!」
これ以上はAL抜きでは耐えられないと踏んだ司令部は計画よりも幾分か早くはなってしまったもののネバスター隊とボリネ隊に攻撃開始を命令する。
〈よし来た!!お前ら上を狙え!俺とゼガシエスがケツをやるからアルピーとビッデーテは頭を狙え!〉
〈ほい来た!〉
〈了解!〉
〈了解です!〉
前衛を任される彼らのア・レドーニィはヘビーマシンガンと増加装甲によって近、中距離戦闘に対応した改修が施されており、後方のボリネ隊は増加装甲を施さない代わりに長距離精密攻撃が可能なAL用大型ライフルとその予備弾倉をしょい込んでいる。このライフルは非常に大型で最長で十八mにもなるとんでもない代物である。重ALでなければ反動を吸収しきれずまた安定させることも困難だがア・レドーニィの四脚と優れたショックアブソーバーがあれば何ほどのことは無い。
眼前の砲兵隊と歩兵に集中していたシルシッツェ軍は、突如として斜め上から浴びせられた無数の弾丸に大わらわとなっていた。一気にAL一機と戦車二両損失、さらに歩兵に多数の死傷者が出た上にその攻撃がまるで部隊配置に適していないはずの上から降ってきたことが、彼らをパニックに陥らせたようだ。
何も彼らとてALの存在に気づいていなかったわけではない、ALの存在は既にレーダーで確認してはいたものの、この地形の関係でレーダーがたまに誤作動を起こすことや空中に浮いているように映っていたために、ALが存在するのかすらあやふやになっていたのだ。
それに加えてネメニーア軍もALに秘匿用のカモフラージュネットをかぶせていたことで陽の光の殆ど届かぬこの場所でア・レドーニィはどれも皆精々突き出た岸壁にしか見えないのである。ALの存在を知っていながらも見ることの出来なかった彼らは押し上げかけていた戦線を一気に引き戻さねばらなず、燃えさかる残骸を残して引っ込んでしまった。




